崩落の絆 (24)
「紅い瞳が使えるか。だが、ならこれは避けられないだろ。《ゴルトファルベンランツェ》」
 誠也は全く動揺も見せずに、その手をすっと振るう。その瞬間、金色の光が誠也の手の
動きに合わせて、何本もまっすぐに放たれる。
 だが、その金色の光の束をまるで見えているかのようにツヴァイは避け続けていた。
「これも避けたか」
 淡々と呟く。だが、ツヴァイがなぜこの力を避けられたのかはわからなかった。紅い瞳
(レーテプヒレ)の力では光や闇は見渡せないはずなのに。
 そう言えば美咲もフィーの蒼の装弾(ブラオレーデン)をかわして、フィーの元へと飛び
込んでいた。光をはっきりと捉えているかのように。
「なら、その力。見せてもらうまでだ。金色の槍(ゴルトファルベンランツェ)」
 誠也は一気に走り出して、金色の光の槍を放つ。だがツヴァイはそのことごとくを避け
続けていた。紅い瞳では捉えられないはずの光を。
 しかしすでに誠也の目は確かに捉えていた。ツヴァイが超高速に右目をウィンクし続け
ている事を。
「そうか。目を瞑る事で刹那的に紅い瞳(レーテプヒレ)の映像を封印し、光すら捉える。
それがこの技の正体か」
 誠也は完全に技のからくりを解いて、そのまま勢いを止めずに走り続ける。
「銀の息吹(ズィルバーアーテム)」
 ツヴァイの目前にまで迫ると、ほぼゼロ距離に等しい位置で銀の息吹を解き放つ。
 ツヴァイはしかしそれも寸分の狂いもなく身を翻し、上空へと飛んで逃れる。
「上かっ」
 だがそれを逃す誠也ではない。空中で動きのとれないツヴァイを襲おうとして金色の槍
を解き放とうとする。
 しかし、その瞬間。
「蒼の装弾(ブラオレーデン)」
 フィーの使った蒼い光の流星が降り注いでいた。
「くっ」
 例え最強の冷血動物である誠也と言えど蒼い装弾は避けるしか迎え撃つ方法がない。触
れれば原子の状態にまで分解されてしまうのだから。
 駆けていた勢いを殺さずに、そのまま前へと一気に飛び込む。アスファルトの上を転が
り、そのまま立ち上がる。その間にすでにツヴァイは屋根の上に着地していた。
 大きな口を叩くだけはあった。特にツヴァイはフィーは使いこなす事が出来なかったし
力を確実に効果的に使用している。戦いにおいて力の多寡は確かに勝負を左右するが、そ
れだけで決まる訳ではない。むしろ力が弱くとも百パーセントの力を使いこなす事の出来
る者の方が強敵となる事は珍しくもない。
 ツヴァイはその両方を持っていた。上空に逃れたのは誠也の意識をそちらに向けるため。
そこに蒼い装弾を落とす事で誠也の追撃を避け、有利な位置をとった。相手よりも高い場
所にあれば力を降らすだけで済むが、低い位置にあれば撃ち上げるか、あるいはそこまで
登り追いかけなくてはならない。
「なら、先に親父を殺すだけの事だ。金色の槍(ゴルトファルベンランツェ)」
 両堂めがけて、金色の光の槍を一気に送る。幾本もの光が急激な速度で襲いかかった。
 だが。
「《ブラオンライゲン》」
 両堂自身が強く言葉を放つ。その瞬間、影がふっと横切り、そして超マイクロレーザー
の輪舞がまるで壁のようになって金の槍を包み防ぐ。
「ばかな。力を使った?」
 冷静さを保ち続けていた誠也も、さすがにこれには驚きが隠せなかった。いや、冷血動
物の名に相応しくどこか心の底は冷静で居続けていた誠也だが、両堂を自らの父親を目の
前にした時だけは冷静でいられなかった。
 恐らくは先程の銀の息吹を防いだのも、この力を使ったのだろう。
「ばかな。お前はただの人間だろ。なぜ力を使える。それともお前自身が冷血動物(カル
トブリュータァ)になったのか? 俺の血を受け入れて? ――おぞましい真似を」
 誠也は声を大にして叫んでいた。自らの中には確かに両堂と同じ血が流れている。だが
誠也は両堂の姓を捨てた。実験の為に妻を殺し、子を歪めた男とのつながりを放つように。
 冷血動物としての本能は、全ての悲しい記憶を封じた。母親の姓を名乗り両親は行方不
明だという暗示をかけて。常に冷静でいようとある意識が、冷静さを全て失わせていた。
 それなのに、その俺の血を体内に取り入れて再びつながりを造ったというのか。誠也は
思う。いま目の前にいる男を全て壊したいと。
「答える義務はないな。だが再びプロイェクトを進める為には誠也、まだお前が必要だ。
ヌルとして責務を全うしてもらう。茶の輪舞(ブラオンライゲン)」
 両堂が呟くと共に、マイクロレーザーの輪舞がまるで壁のように幾重にも生まれ、乱れ
咲く。それはゆっくりと、だが確実に誠也へと迫っていく。
「この術がどんなものかは知らないが、こんなにのんびりした動きでは俺を捉える事は出
来無いぞ。銀の息吹(ズィルバーアーテム)」
 誠也は大きく手を振るい、同時に銀色の息吹が両堂の放った茶の輪舞を捉えていた。全
ての分子運動を停止させる力の前には、物質であれば動きを止める以外の結末はない。だ
が両堂の放った力は、銀の息吹を受けてすら微動だにしない。
「銀の息吹(ズィルバーアーテム)がきかないか、ならば粒子の群という事だな」
 誠也の力はあくまで絶対零度を作り出すもの。音や光といったものは捉えられない。音
や光は凍らないからだ。だがもちろん誠也もそれぐらいは予想の範疇に過ぎない。
「ならば金色の槍(ゴルトファルベンランツェ)はどうだ」
 同じ光同士である。両堂はこの力を同じ術で防いだ。ならばその逆が可能でも不思議で
はない。
 金色の槍が幾本にも両堂の放ったマイクロシャワーの輪舞へと打ち込まれていく。
 しかし、そのことごとくが打ち消されていく。両堂の力は全く衰えないというのに。
「防御は出来ない、か」
 だがこの速度では避ける事は容易な事だった。並の人間であってもかわす事は難しくな
いだろう。ましてや音速の鞭さえ捉える誠也の瞳には、動いていないも同然だった。
 しかし誠也は必要以上に大きく右方に飛んで避ける。その瞬間、光の輪舞も誠也と同じ
向きへと方向を変えていた。
「やはり、追尾型の力」
 誠也はぼそりと呟く。この速度からある程度の予測はついていた。油断してぎりぎりで
避けていればその瞬間、餌食になると言うわけだ。しかし誠也はそれすらも見破っていた。
 追尾型の力は得てして、力そのものは大きくないし精度も高くはない。壁際で一気に避
けてやれば、自然と瓦解するはずだった。
「黄色い蛇(ゲルプシュランゲ)」
 だがツヴァイがそれを許さなかった。黄色い蛇が頭上より降り注ぐ。
 この技はけっして見切れない技ではない。だがそれはこの技だけを相手にすればの事だ。
ゆったりとした速度とは言え、追いかけてくる力がある。下手に相手をすればツヴァイも
両堂もそこで力を放ってくるだろう。
 今なら蒼の装弾(ブラオレーデン)を使えば確実に誠也にとどめを刺せる。いかに誠也が
巨大な力を持っているとは言え、この二人を相手にするには不足があった。両堂の力はい
まだ未知数だが、ツヴァイのもつ力は下手をすれば始祖である誠也すらも凌駕する可能性
がある。
 しかし両堂とツヴァイも簡単に勝利を納めるという訳にはいかない。誠也を殺してしま
う事は出来ないのだ。少なくとも両堂は誠也を捕らえ再び実験材料にするつもりなのだか
ら仮に誠也にも勝るとも劣らない力があったとしても簡単に力を使う訳にもいかない。そ
こが誠也にとっての隙のつきどころだった。
 むしろ気をつけるべきは両堂よりもツヴァイの方だろう。力だけでも誠也と同等以上の
ものがあるが、その戦い方には隙がまるでなかった。幾度か誘うような隙をみせていたが、
それにのって迂闊に手を出したなら痛い目をみる事は間違いがない。先ほどの蒼の装弾
(ブラオレーデン)を放った時のように。
 誠也は黄色い蛇を必要以上に大きな間合いで避ける。両堂の茶の輪舞(ブラオンライゲ
ン)から距離をとるを意味合いもある。
 だがその瞬間だった。
「茶の輪舞(ブラオンライゲン)、茶の輪舞(ブラオンライゲン)、茶の輪舞(ブラオンライ
ゲン)」
 両堂は一気にその力を解き放っていた。誠也を囲うようにしてマイクロレーザーの輪舞
が回っていた。
「くっ」
 避ける場所がない。いや両堂の力だけであれば防ぐ方法はある。だがその先をツヴァイ
が狙っている事は間違いがなかった。
 黄色い蛇は単体であればただの超高速の鞭に過ぎないが、単純な力であるがゆえに他と
連携を取りやすい。逆にフィーやあるいは美咲の力は、あくまで単体でのみ力を発揮する。
下手をすれば仲間すらも巻き込みかねない力だからだ。ましてやフィーの翠の劫火などは
強力ではあるが、他者を巻き込む率の高い力だった。汎用性に満たない。
「なら、前かっ」
 ツヴァイから距離をとり、両堂へと一気に距離を縮め、力を避ける唯一の道。だがもっ
とも危険な道でもある。両堂がもし茶の輪舞以外の技を使えば、誠也にはかわす場所が完
全にない。
 それでも誠也は前へと進んでいた。もしも捕らえれるとしても、最後に一つでも証をみ
せたいと。両堂への非服従の意志の形を。
「無駄だ」
 両堂がすっと手を伸ばす。だがその瞬間、誠也の目が影をはっきりと捉えていた。
「上かぁっ」
 大きく叫ぶと、右腕を頭上に。いや正確には両堂の遙か上空へめがけて金色の槍を解き
放つ。
 刹那、ぎぃぅと鈍い叫び声が響き。そして、誠也と両堂の前に、しっとりとした雨が降
り注ぐ。紅い色の雨が。
「気付いたか」
 両堂が呟く。その瞬間、すでに茶の輪舞(ブラオンライゲン)の術は消え去っていた。
 ずんっと大きな音を立て両堂の隣に何かの塊が落ち、それはすぐに続いてべちゃっと水
しぶきを跳ねさせた。
 地面の上に汚らしく広がると、真っ赤な液体が崩れ去ったアスファルトの上に降りる。
「冷血動物(カルトブリュータァ)……いや出来損ない(ニヒツヌッツ)か。出来損ないにも
強力な力を持っている奴がいた、という事か」
 両堂自身が力を使っていると見せかけて、出来損ないに力を使わせていたのだ。仮に両
堂を攻撃していたとしても、この術は消えない。捕らえられていただろう。
「正解だね。彼は出来損ないのわりに術(クンスト)を使えた。空を飛ぶことが出来る異能
な欠片(シェルベ)もね。これは冷血動物(カルトブリュータァ)と同等以上の力だよ。でも、
惜しいかな。反応速度や肉体能力がそこまでついてこなかった」
 ツヴァイは楽しそうに告げて、あはははっと再び笑みをこぼす。
「ツヴァイ。余計な事をいう必要はない」
 両堂は冷たい声で制止をかける。わざわざ手の内をさらす必要もない。戦いの場におい
ては不利こそなれ有利に働く事は殆どない。絶対的な力を持って屈服させるのでもなけれ
ばだが。
 しかしツヴァイは軽く肩をすくめただけで何も答えはしない。そもそもツヴァイはそん
な事は百も承知の上で話しているのだろう。
「ふん。まぁ、所詮はもう壊れた素材の話だがな。奴もなかなか貴重なサンプルだったの
だが。まぁ、誠也。お前と比べれば所詮は屑にしかすぎん」
 両堂はすぐ近くの潰れた肉片に視線を移すと、もういちど誠也へと向き直る。その目に
は特別な感情は含まれていない。両堂の目にはただのタンパク質の固まりにしか見えてい
ないのだろう。
 そして目の前にいる誠也も自らの息子ではなく、興味深い実験材料としか捉えてはいな
い。両堂の瞳には感慨といったものが、全く含まれていない。
「貴様がいなければ、誰も傷つかずに済んだのに。母さんも死なずに済んだのに。誰も、
誰も」
 誠也は大きく叫んでいた。どこかにおいてきた気持ちを、いま吐きつけるようにして。
 人でいたいと願い、人である事を望み。それでも叶わずにいた想いが、だけどそうさせ
た当人の前では感情を吐露する事が出来る。皮肉な事に。
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