君は死神。僕は運命 (03)
「もう、お兄ちゃん。ちゃんと起きてよ」
 杏の声が響く。
 涼は寝ぼけ眼のこすりながら、んーと生返事を返していた。
 昨日あの後、食事は杏に譲り買い置きのカップラーメンをすする事になったが、どうも
胃にもたれて寝付けなかったのだ。
 もっとも寝付けなかったのは、そのせいだけでもない。
 死神と名乗った少女達。彼女らがいろいろな意味で普通ではない事はわかったが、しか
しなぜ自分につきまとってくるのか、何をしようとしているのか、気になって眠れなかっ
たのだ。
 おかげで朝だと言うのに目がすっきりせずに、頭がぼぅっとして身動きがとれない。
「ねむい……」
 呟いてふらふらしながら顔を洗う。
 冷たい水で少しはすっきりとする。
「お兄ちゃん。もー、はやく準備しないと遅刻するよ」
 杏はすでに制服に着替えており、その上にエプロンを身につけている。どうやら朝食の
準備をしていたらしい。
「わかってるって……」
 涼はそう答えて、おぼつかない足取りで、それでもダイニングの方へと向かう。
 きちんと湯気を立てている朝食が準備されていた。
 ご飯と味噌汁。目玉焼き。簡単なものではあるが、それでもまともな食事を目の前にし
て涼のお腹は大きな音をたてて自己主張していた。
「いただきます」
「うん。食べて食べて」
 杏はにこやかに微笑んで、なんだか嬉しそうな顔で涼をじっと見つめていた。
「何か嬉しそうだな。どうした」
「べ、別に嬉しくなんかないよっ。そんな事より早く食べて学校いかないと遅刻しちゃうっ
て」
 言うと同時に杏はぷいっと顔を背ける。
「とにかく、はやく食べちゃってよ」
 杏は言いながら立ち上がって、エプロンを外す。
 それから自分の部屋の方へと戻っていた。
 変な奴と思いつつも、涼は朝ご飯を平らげていた。

「お、涼。おはよ」
 教室に入るなり声がかけられる。
「おはよう」
 涼も素直に声を返して、それから声の主の前の席に腰掛けた。
 涼に話しかけてきたのはクラスメイトの芳典(よしのり)のものだ。
 さわやかな笑顔がかなり嘘くさいと涼は思う。
 綺麗に整った顔つき。優しそうな目がより彼を引き立てている。芸能事務所に所属して
いてもおかしくないような容姿だけに、クラスの女子達からも人気がある。
 しかしその中身は少々おかしい。
「今日は転校生がくるらしいぜ。どんな子かな。可愛い子だといいけどなぁ」
「別に僕は興味ないけど」
 さらりと答える涼の肩を芳典がつかむ。
「何を言っているんだ。お前。可愛い女の子はありとあらゆる男子の希望。潤いだろう。
一人の可愛い子がそこにいるだけで、俺ならご飯三杯はいけるね」
 何か訳のわからない事を熱弁していた。
 周りで何名かの男子がうんうんとうなづいている。
「このクラスの女の子達はみんな可愛い。可愛いが、さらにその中に可愛い子が増えれば
さらに幸せってもんだろう」
 芳典は殆ど立ち上がろうとするくらいの勢いで告げる。
 ちなみに芳典はクラスのどの子の事も全て可愛いと考えているらしい。もちろん美醜は
人の好みもあるだろうが、要は女子なら誰でも可愛く見えるようだ。
「まぁ、とにかくだ。やっぱり転校生がどんな奴なのかは興味があるだろう」
 芳典はなにやらにへらと口をゆがめて笑う。
 この笑みがなければ文句なしに美形なのにな、と涼は思う。この笑みを浮かべた時の妙
に崩れた顔は、非常に印象が悪い。
「まぁね」
 軽く答えて、それと同時に開始のチャイムが鳴り響く。
 いつもの事ではあるが、このクラスの担任の先生は少しくるのが遅い。チャイムがなっ
ても2分くらいはここにはいない。しかし今日は特に入ってくるのが遅かった。その間に
もクラスの中では転校生の話題で持ちきりだ。
 教室の扉が開く。
 同時に皆の注目が一同に集まる。
「やぁ、おはよう」
 そう言いながら若いスーツ姿の男性が入ってくる。担任の若林だ。
 そしてその後ろをゆっくりと長い髪の少女が入ってきていた。
 教室内にどよめきが沸く。
 透き通ったような白い肌。大きく開いた瞳。背はかなり低い方だろう。それだけだと小
学生のようにも見えなくもない。
 まるで人形のように端正に整った鼻立ちに、潤いを帯びた唇。
 文句なしに可愛らしい。
「みんなももう知っているようだが、転校生だ。名前を」
 若林は言いながら黒板にチョークで書き綴っていた。
「志木葵さんだ。みんな仲良くしてやってくれ。じゃあ志木さん、挨拶を」
 志木葵と呼ばれた少女は軽くお辞儀すると、長くまっすぐそろえられた髪が一緒に揺れ
る。
「志木葵です。よろしくお願いします」
 透き通った、しかしやや冷ために感じる声で告げる。
 少し教室の中がざわめくが、彼女は気にした様子はない。
「よし。志木くんは一番後ろの窓側の空いている席に座ってくれ」
 若林先生が指さしたのは、涼の隣の席だった。
 若林先生の声にうなずいて、葵はゆっくりと歩いていく。
 席に腰掛けると、それから涼に向けて一言だけ呟く。
「放課後、屋上で待ってるから」
「え?」
 突然の言葉に涼は振り向く。しかし葵はもう何も気にした様子はなく鞄から教科書を取
り出していた。
「それでは今日のHRはここまで」
 そして若林先生のHRの終了を告げる声と同時に、葵の周りには沢山の人が集まってい
た。
 葵は何事もなかったかのように、ごく普通にクラスメイト達と語り合っていた。どこか
らきたの、とか、趣味は、とかたわいもない話ではあったが、特別に変わった話もなく盛
り上がっていた。しかしその会話の中に涼は入っていけずにいる。
 唐突に告げられた言葉にどうしたものなのかわからない。
 涼は葵の事は知らない。
 しかし少なくとも彼女は涼の事を知っているのだろう。あるいは彼女もここのところ何
人も現れている死神の仲間なのかもしれない。
 ただなぜかはわからないが、涼は彼女が自称死神達の仲間ではないだろうとどこかで感
じていた。理由は何もない。強いて言うなら勘としか言いようがないが、どこか彼女のま
とう空気が現れた死神達と異なっていたかもしれない。
 今にして考えてみると、死神達も独特の空気をともなっていた。普通の女の子のように
も見えるが、どことなく不思議な雰囲気をのぞかせていた。
 葵も同じようにどこか他にはない空気を身にまとっている。
 ただそれが死神達と異なっている。
 今も普通に話しているものの、何か冷たいと感じさせていた。
 放課後。涼は彼女の言うとおり屋上に向かっていた。
 無視しようかとも思ったのだけれど、おそらくそうしても後からつきまとわれる事にも
なりかねないし、知らずにいれば涼自身も何か気持ち悪いものが残りそうな気がしていた。
 それにすでに死神を名乗る女の子達につきまとわれている。ここで何か一人くらい増え
たとしても、大して変わらない。そんな気持ちもどこかにあったかもしれない。
 葵はいつの間に抜け出していたのか、すでに一人で屋上でたたずんでいた。
 涼の姿を認めると、風でなびく髪を手で束ねて少し歩み寄ってくる。
 ただまだ距離はとったままで、それから端麗な顔にわずかばかりの笑みを浮かべていた。
「待ってた」
 彼女はぼそりと呟くように告げて、それからどこか憂いの色をのぞかせる。しかしすぐ
に首をふるって、また一歩涼の方へと向かう。
「いったい何の用?」
 涼はやや警戒しながらも葵に向けて話しかける。
 彼女もやはり死神の仲間なのか、それともまた何か違うのか。そしていったい何をしよ
うとしているのか、気にならずにはいられなかった。
「とりあえず死んでもらおうかと思って」
 葵はさらりととんでもない内容を呟いていた。
「は?」
 思わず涼も間抜けな声を漏らす。
 葵がなんといったのか、もういちど頭の中で整理してみる。
 死んでもらおうかってどういうことだ。僕を殺すってことか。なぜだ。彼女も死神の仲
間なのか。死神だとしたらわからなくもないが、しかし他の自称死神達はそんな事は言わ
なかった。だとしたら違うのか。
 考えはいくつも頭の中を巡っていくが、もちろんのこと答えはでない。
 ただそんな涼の考えを見抜いたかのように、葵はさらに言葉を続ける。
「君をこのまま生かしておくわけにはいかないの。まさか魔王が現世に復活するとは思わ
なかったけど、本当にいるとはね」
 けれど続く彼女の言葉に、さらに涼は訳がわからなくなる。
 ぞくにいう電波系なのだろうか。頭が痛くなる。
 葵の手には拳銃のようなものが握られていた。
 もちろん涼は本物の拳銃を見た事はない。だからそれが本物なのかどうかはわからない。
しかし今も耳元でびりびりと残る振動音は、かなりの衝撃を伴っていた事を伺わせている。
「それ……本物かよ……!?」
 涼はもちろん驚きを隠せない。
 ただ葵は平然とした顔つきで、拳銃をもう一度涼へと向ける。
「そうよ。ピエトロ・ベレッタM92。ただし魔物にも通用するようにいろいろと改造し
てあるけどね」
 彼女は言いながらも涼から銃先をそらそうとはしない。
「……まぁ、魔王には通用しないかな、とは多少は考えはしたんだけど。まさか避けられ
るとは思わなかった」
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