君は死神。僕は運命 (04)
「…………」
 涼は唖然として何も答えられなかった。
 確かに避けたのは避けたのかもしれないが、あくまでも偶然に過ぎない。葵が言うよう
な魔王としての力などある訳もないし、そもそも涼は運動神経は決して人並み以上ではな
い。
「いや、めちゃくちゃ偶然なんだが」
「まぁ、でもそれが魔王としての力が覚醒しはじめているって事かもしれないな」
 しかし涼は全く涼の話は聞いていない。一人でうんうんとごちている。
「いや、人の話きけ。お前らみんな……」
 本来ならば銃をつきつけられれば、恐怖で動けなくなっていても不思議ではない。
 ただあまりにも不自然な状況に半ば涼の頭も麻痺してきていたのかもしれない。不思議
なほどに冷静さを保っていた。
「しっつれいね。私はちゃんと話きいてたでしょ」
 しかし次の声は涼の背中側から響いていた。
 振り返るとそこには死神を名乗った少女、梨花の姿があった。
「ここで涼くんを殺されちゃったら困るのよね。主に私が」
 にこやかにいいながら、指先を思い切り葵へと突きつける。
「なので、ここは私の出番って訳ね」
「……あなた、誰?」
 葵は憮然とした顔を隠せない。
 だが梨花はまるで気にした様子もなく、胸の前にその腕を突き出す。
「死神。悪いけど、貴方にはちょっーと黙ってもらおうかな」
 梨花はにこりとほほえみながら告げる。
 同時に手の中の空間にゆがみが走り、同時に光の輝きがいくつも生まれる。そして光は
やがて一つに収束し、巨大な鎌へと姿を変えていた。
「……なるほど。さすが魔王。すでに死神がついているとは想定外だったわ」
 葵は苦虫をかみつぶしたような顔をのぞかせながら、再び銃を構えなおしていた。
「正直何がなんだかわからないんだが」
 涼は呆れた声でため息をもらす。
 少し視線を落として、首をゆっくりと左右に振る。
 本来であれば恐怖に震えていてもおかしくはない状況ではあるのだが、あまりにもコミ
カルな梨花達の様子と、矢継ぎ早に起きている不条理な出来事に感覚が麻痺してきている
のかもしれない。
「まぁ、その辺の話はゆっくり話するとして。ここは私にまかせといて。いっくわよー」
 しかし梨花はむしろ楽しげに大鎌を振るう。
 葵は大きく後ろに飛び退くと、そのまま銃の引き金をひいていた。
 いくつかの激しい音が響く。
 思わず涼は目をつむっていた。
 だが同時に鋭い金属音が響き、銃弾が地面へと落とされる。どうやら鎌で銃弾をたたき
落としたらしい。
「なっ……」
 これにはさすがに葵も驚きを隠せない。
「ち、ち、ち。それっくらいの攻撃じゃあ、この梨花ちゃんには通用しないよん。伊達に
死神やってるんじゃありませーんっ」
 梨花はにこやかに告げて、再び鎌をかまえる。
「悪いけど、この場は穏便に引いてもらえると助かるんだけどなー。そうでないなら」
 梨花は鎌を一度手元に引く。鎌の柄を地面にたてると、地面を打つ冷たい音が響く。
 そして口元には笑みをこぼしたまま、すっと目を細める。
「……容赦はしないよ」
 ぞっと背筋が震えていた。
 涼は思わず一歩後ずさる。
「わかりました。この場は引きましょう。しかし絶対に覚醒はさせませんから」
 葵は言い放つと、そのままきびすをかえして駆けだしていた。彼女も梨花の放つ得体の
知れない威圧感に気がついていたのだろう。
 梨花が自分の事を死神だと告げるのを、涼はどこか信じ切れてはいなかった。
 だが今度こそ確信する。
 この少女は普通の人間じゃない。
 もしも人だとするのなら、どこかが壊れている。
 しかしそう思う涼をよそに、梨花は再びあっけらかんとした態度で涼へと振り返った。
「危なかったねー。でも間に合ってよかったぁ。これも全てこの私。梨花ちんのおかげ。
と、いう訳で、涼くんは私を担当にしてくれるって事で決定って訳で一つよろしく!」
 そしてぬけぬけとそう言い放っていた。
「……いや、決定してない」
 涼は呆れ半分にため息をもらす。
 一瞬みせた緊迫した空気はもうどこにもない。
 ただそこにはごく普通の明るい女の子が一人いるだけだ。
 だけど、今度こそ自分の身に降りかかっている何かが、人生全てを狂わせるような出来
事だと言う事を感じ取っていた。
「えー。せっかく助けてあげたのにぃ」
 梨花はぶつぶつと口の中で文句を告げる。
「それは自分も困るからなんだろ。だったらお互い様だ。でも助けてくれた事には感謝し
てる」
 ぶっきらぼうに言い放ち、それから梨花の目をじっと見つめる。
「だから話はきいてもいい。ただしきちんと僕にもわかるように話をすること。それが守
れるなら、話はきくだけきく」
「うーん。ま、しょうがないか。なんかいろいろ横槍も出てきちゃったみたいだしね」
 梨花は両手を広げて、それから一度背を向ける。
 屋上からじっと街を眺めるようにして、手すりから体を少し乗り出す。
 そしてもういちど振り返って、涼をじっと見つめていた。
 今までと少し違う真剣なまなざしに涼はやや姿勢を正す。
「さっきの子は君の事を魔王だとか言っていたみたいだけど、まぁ、それもあながち間違
いじゃないと思う」
「どういう意味だよ」
「君の中には今、クラス5の魂が入っているんだよね。と、いっても涼くん自身の魂のこ
とじゃないの。かつてこの世界で魔王を名乗った人物の魂が紛れ込んでいるんだよね」
 言いながら涼の胸を指さす。
「ここにね。入ってるの。第六天魔王、織田信長の魂がね」
「は?」
 涼は間抜けな声で聞き返していた。
「それって、戦国時代に活躍して日本の大半を手中に治めながらも、あと一歩のところで
配下の明智光秀に裏切られて殺されたあの信長?」
「うん、そう。その信長」
 梨花はあっけらかんとした顔で告げる。
 ただどこかその表情が楽しげに見えて、涼は思わず眉をひそめた。
「そんなむちゃくちゃな。僕は信長とは縁もゆかりもないし、好きでも無ければ嫌いでも
ない。正直、興味もない。なんで僕と信長とが結びつくんだか、わからないよ」
 涼は明らかに嫌そうな顔を浮かべたまま、ため息をもらす。
 何が飛び出すのかと身構えていたが、まさか信長なんて言葉が出てくるとは思わなかっ
た。
 そもそも信長は魔王を名乗ってはいたものの、歴とした人間だ。
 その才覚はもちろん並の人間とは一線を画していたかもしれない。
 しかしどこぞのマンガでもあるまいし、信長に不思議な力があった訳でもないだろう。
その信長の魂があるからといって、大騒ぎするほどのものだろうかとも思うし、そもそも
信長の魂があると言われてもはいそうですかと納得はいかない。涼はさらにこめかみを寄
せる。
「別に血縁に限ってそうあるって訳でもないもの。私も信長本人とは会った子とがないか
らわからないけど、たぶん霊的な波動がごく微細なところまで似ているんじゃないかな。
たぶん適合率が99.9999999%くらいあるんだと思う」
 梨花は涼の胸を指さしながら、ゆっくりとした言葉で告げる。
「信長自身はやっぱり無念だったからか、ずっと魂がさまよっていたの。それは自分と魂
の形を同じにする相手をみつけ、そしてその体を乗っ取る事でかつての野望を果たすため
だと思う。でも残念ながらというべきか、それとも幸いながらというべきか、かなり特殊
な波動をしていた信長は、なかなか適合する相手がいなかったの。霊はとりつくだけなら
出来るんだけど、体を自由に動かすレベルとなると、誰にでも乗り移れるって訳でなく、
適合する相手にしか乗り移る事はできないの。だから、チャンスを探していたのだと思う」
 梨花の説明に涼は声を失っていた。
 彼女が現れてからというもの、唐突に不思議な自体にばかり見舞われているが、それも
信長の魂のせいだったのだろうか。声には出さずに問いかける。
「そしてとうとう現れた自分の分身。つまり涼くんに乗り移ったという訳」
 涼は梨花の説明では一つも理解できない。
 正確には説明自体は頭では理解していた。そう難しい話でもない。ただ気持ちが全く納
得できていないのだ。
「いやまぁ、わかった。全く理解できないけど、まぁ、そうはいっても話がすすまないか
ら、仮にそうだとしよう」
 涼はため息をもらしながらも、何とか頭の整理をつける。あまりに突拍子もない話では
あるものの、すでに遭遇している事態そのものがとんでなもない状況だ。常識がどうのいっ
ても納得できないだろう。
「だからといって、それで何で僕が死神にとりつかれたり、転校生に命を狙われたりしな
きゃならないんだよ。そりゃ信長はすごい奴かもしれないけどさ。まさかだからって世界
が滅ぶとか、どうとかいう訳でもないし、日本が再び戦国時代になるって訳でもないだろ。
まぁ確かに僕の中に別の人間の魂がいるっていうのは気持ち悪い話だけどさ」
「んー。さっきのあの子が何で涼くんを狙うのかはわからないけど。私達、死神が狙うの
は単純な話だよ。クラスの高い魂を冥界につれてかえれば成績があがるっていう話。信長
の魂はクラス5で最高ランクだからね。もう一年他の魂をつれてかえらなくても、成績が
確保出来るくらい」
 梨花はあっけらかんとした態度で告げる。
「そして信長の魂と同じ波動をしている涼くんも、当然クラス5だしね。いまのうちにつ
ばつけておきたいの」
 慌てた様子で駆け寄る梨花を梓は右手をのばす。
 梓はただ手を伸ばしただけにも関わらず、梨花はびくんと体を揺らして体を止める。
 いや梨花だけではない。涼も何か不穏な空気を感じて寒気が走っていた。
「暗黙の了解はルールではありませんし。私はこれだけの大物を前にした時にも適用され
るとは思いませんから。それに何なら私の担当すべてを先輩に譲ってあげてもいいですよ。
全員足しても魂ランクは涼さんの半分にも満ちませんから」
 梓は今度は右手でリボンで結んだ髪を触りながら、口元に笑みを浮かべる。
「うぅ……。それは。でもでもでもでも、最初に見つけたのは私だし」
 梨花は何とか言い返そうと言葉を漏らすが、梓は鼻で笑い軽く首をふるう。
「まぁ何をいったって、結局選ぶのは涼さんですからね。私達は選ばれるのを待つしかな
いんですよ。ね、涼さん」
 振り返ると梓はにこやかな笑顔を涼へと向けていた。
 梨花へ見せるどこか小馬鹿にした態度とは一線を画した、楽しげな笑顔だ。もしこの笑
顔だけみていれば、とても明るく元気な女子としか見えなかったかもしれない。
 ただその直前に感じさせた迫力の様なものが、涼の言葉を濁らせる。
「いや……僕には何が何だかわからないよ」
「いいんですよ。涼さんは何も知らなくても。ただ私に任せてくだされば、決して涼さん
に悪いようにはしませんからね」
 梓は優しく、ただ優しく微笑んでいた。
 それなのに涼は彼女に頷く事はできなかった。
「なんだよ、それ……」
 半ば絶句しながら呟く。涼には全く意味がわからない。
 死神だけに魂を狙っているというのは理解出来る。いや正しくは理屈には合っていると
認識出来る。しかし魂のランクが高いの低いの言われても、一つも納得できる訳がない。
「つまりー」
 そこに梨花が再び説明を始めようとした瞬間。
 激しくつんざくような音と共に屋上の床が吹き上がる。
 床の一部が粉々になり白煙のように舞って、そのままぱらぱらと涼達の頭上に降り注い
でいた。
 そしてその煙の向こう側から一人の少女が姿を現していた。
Back
良かったら読んだ感想を下さい!
タイトル
お名前 (必須)
メール

★このお話は面白かったですか?
すごく面白かった  面白かった  まぁまぁ面白かった  普通
いまいち  つまんない 

★好きな台詞があれば


★印象に残ったシーンがあれば


★その他、感想をご自由にどうぞ!