君は死神。僕は運命 (02)
 こうみえて涼の足はかなり速い方だ。全力で疾走しながら、あちこちの角をまがり、追
いかけてくる三人をまく。かなりしつこく追いすがられていたが、それでも何とかふりきっ
ていた。
「もういったいなんなんだよ」
 一人ごちると、ため息をもらす。
 必死でかけているうちに、いつの間にか自分の家の前までたどり着いていた。やや古ぼ
けた一軒家ではあるが、涼にとっては住み慣れた家だ。ひとまずかえってゆっくりしよう
と思い、玄関の扉をあける。
「はぁ。ただいま」
「あーっ。お兄ちゃん。やっと帰ってきた。もー、ずっと待ってたんだからね」
 帰ってくるなり、甲高い声が響く。妹の杏(あんず)の声だ。
 居間の方から廊下へと、ひょこりと頭だけをのぞかせている。肩よりも長いまっすぐの
髪がゆっくりと揺れる。
「なんだよ、あんず。別に何も約束したりはしていなかっただろ」
 帰るなり文句を言い放つ杏に辟易して、涼は再びため息をもらす。
 やっと残念な女達から逃れてきたと思ったのに、今度は杏かと声には出さずに呟く。
「そうだけど。お父さんとお母さん、今日帰ってこられないんだって。なんか悪天候で飛
行機止まっちゃったらしいよ。それでさ、ご飯とかどうしようかと思って」
 杏はちらちらと部屋の方を気にしながらも、顔はだしたまま涼へと告げる。
 みると肩からピンクのエプロンの紐をのぞかしている。どうやら料理中のようだ。
 両親は二人とも医者であり今日は学会か何かの為に地方へと飛び立っていた。涼は興味
がない為、詳しい事はきいていなかったが、日帰りで戻ってくるという話ではあったが、
どうやら戻れなくなってしまったようだ。
「どうしようって。いま、お前が作っているんだろ」
「えへへ。わかる? たまには私も何か作ろうと思ってさ」
 杏は言うと同時に廊下から姿を表す。
 白いブラウスにやや薄緑色のフレアスカート。杏、そして涼も通う学校の制服だ。その
上に杏のお気に入りのピンクのエプロンを身につけている。
「それはまともに食べられるのか?」
「ひっどーい。そんなこというんだったら、お兄ちゃんはご飯抜きなんだからねっ」
 杏はすねた様子でぷいっと顔を背けた。
 いつもと変わらない杏の様子に、涼はやっとほっと息をついていた。
「悪い悪い。もう言わないから、飯抜きは勘弁」
 涼はほっとしながらも笑いながら告げる。
「もうお兄ちゃんは仕方ないなぁ。許したげるのは今回だけだからねっ」
 そういいながらも杏も特に気にした様子もなく、またキッチンの方へと戻る。
 涼はその様子を横目で眺めながらも、階段を上って自分の部屋へと向かう。
 そして部屋の扉を開けた瞬間だった。
「あ、おかえりー。待ってたんだよ」 
 梨花がなぜか部屋の中、ベッドの上に腰掛けていた。
「な!? なんでお前がここにいるんだ?」
 さすがに涼もこれには驚きが隠せない。声を荒げながらも一歩後ずさる。
「そりゃ涼くんはそのうちここに戻ってくると思ってね。へへー、私って賢いでしょ?」
 言いながら梨花は立ち上がり、少しだけ首をかしげる。
 そしてまた少し上目遣いで涼を見上げていた。
「ど、どうやって部屋に入ったんだよ!?」
「どうやってって、そこから入ったんだけど」
 言いながら指さす先は二階の窓だ。確かに今も窓があけられていて、風が吹き込んでい
る。
「よじのぼったのか!? こそ泥か、お前はっ」
「ううん。そんな面倒な事はしないよ。鎌にのって飛んで入ったんだよ」
 言いながら梨花は右手をひょいと掲げる。
 その手の先に杏が手にしていたのと同じような巨大な鎌が姿を現す。それを横向きに倒
して手を離す。しかし鎌は空中に浮かんだままで床に落ちる事はなかった。
 そしてその上に梨花は腰掛ける。
 梨花は完全に空中に浮かんでいた。
「……やっぱり、お前らはまともな人間じゃないんだな」
「そりゃあ、だって死神だもの。人間じゃあないよ」
 梨花はにこやかに告げて、それから鎌から飛び降りる。同時に鎌が宙に浮かんだまま姿
を消していた。
「まぁ、そんな訳でっ。ねぇねぇねぇ、いいでしょ。私を君の担当にさせてよ。涼くんっ
てば、魂ランクが特Aなんだもの。担当になれれば、食いっぱぐれないっていうか、なん
というか。担当がゼロになったと同時にこんないい物件が手に入るなんて、もうこれは運
命というしかないっていうかっ。ね。だから。いいでしょ?」
 梨花は最初にあった時にのように矢継ぎ早に告げると、涼の顔をのぞき込むようにして
近寄ってくる。
 涼は思わず一歩後ろに下がるが、梨花は止まらない。そのままずずいっとすり寄ってく
る。
「ねぇねぇねぇ。ねぇってば。いいでしょ、ねっ」
「ちょっ、ちか」
 目前まで迫ってきた梨花にさらに一歩後ろに下がる。
 その瞬間、足下においていた鞄に足をつまづけて真後ろへと体が滑る。
「うわっ」
「え!?」
 梨花を巻き込むようにして、完全に背中から倒れる。思い切り鈍い音が響いていた。
「いててて……」
 思わず背中を抑えようとする。しかし涼の体の上に梨花が馬乗りに座り込むような形に
なってしまっており、殆ど自由がきかない。
「ど、どいてくれ……おも」
「あーっ。涼くん、ひどい。私、重くなんかないもん」
 ぷぅっと口をふくらませながら、そのまま涼を両手でたたきつけていた。
「わっ。やめっ、や……」
 その瞬間。
 急にカチャリという音が響いて部屋の扉が響く。
「お兄ちゃん。うるさいよ。何やっ……て……」
 そこに杏の声。何とか顔をそちらに向けると、涼の頭のやや斜め後ろに杏の姿が見えた。
 すらりとのびた白い足と、その上に薄緑色のフレアスカート。白いブラウス。そして杏
の怒りに満ちた顔がのぞかせている。
「……うるさいと思ったら。お父さんとお母さんがいない間に女の子連れ込んでたんだ。
……邪魔して悪かったね。ごゆっくり」
 杏は言いながらにこりと笑顔を浮かべていた。
 ただどうみてもその目は笑ってはいない。
「ご、誤解だっ」
「お兄ちゃんは、晩ご飯はいらないよね。あとお父さんに言うからね」
 言い放ちながら、ドシンっと鈍い音が響くほどに激しく戸を閉められる。
「……あはは。何か怒らせちゃったみたいだねぇ」
 梨花はやや顔を背けながら、困ったような様子でこめかみをかく。
 涼はもはや呆れて何も言うことも出来ないでいた。
「とりあえずどいてくれ……」
 まだ涼の上に座り込んだままの梨花に、何とか声をかける。
 驚きやら怒りやら、様々な感情が渦巻いていて、しかしそれをどこにぶつける事も出来
ない。梨花に感情的に当たり散らしても良かったのだが、もともと涼はそういった性格を
していない。感情を表面に出すのはどちらかといえば苦手な方だった。
「あ、あはは。ごめんごめん。まぁ、そのね。うん」
 梨花は立ち上がり、ぱんぱんとスカートの裾を払う。
 そして涼に視線を合わせないままで、背中を向けてしまう。
「えーっと。今日は帰るねっ。また明日っ」
 そう言い放つと、そのまま鎌を取り出してその上に腰掛ける。
 同時にひゅんと音をたてて窓の外へと飛び立っていく。
 あっという間に姿が見えなくなるが、涼はため息を漏らしながら窓の外に向けて呟く。
「……もうこなくていいから」
 ただその願いは叶えられないのだろうな、という事は涼にも何となくわかっていた。
「さてと。杏の誤解を解かなきゃいけないな」
 そう思うものの、具体的にどうすればいいかはわからない。
 何をどう説明すればいいものか悩めども答えは出ない。そもそも涼自体何が起きている
のか、全く理解していないのだから当然の話だ。
「とりあえず下に降りてみるか」
 自分の部屋を出て、階下へと向かう。
 そっと台所へと顔をのぞかせてみる。
 ダイニングテーブルにぶすっとした顔で座る杏の姿が見えた。
「お兄ちゃん。彼女ほったらかしちゃだめじゃん」
 涼の姿を認めて杏がにらむようにして涼へと顔を向ける。
「いや、別に彼女じゃないし。そもそもよく知らないん相手なんだよな」
「……お兄ちゃん。不潔」
 涼のいいわけにさらに誤解を深めたのか、ぷいっと顔を背ける。
「いや、そうじゃなくて。なんかよくわからないけど、つきまとわれてるんだよ。俺が連
れ込んだ訳じゃなくて」
「え、何? ストーカーなの? そういう風には見えなかったけど」
 唐突に心配げな顔になって、涼の顔をのぞき込んでくる。
「いや、まぁ、ストーカーなのか何なのかはわからないけど。とにかく彼女を連れ込んだ
とかそういう訳じゃないよ。とりあえずもう帰って行ったし」
 涼もなんと答えていいものかわからずに、こめかみをかきながら告げる。
 つきまとわれているのは確かではあったが、梨花が普通の人間ではない事はもはや疑う
までもない。死神なのかどうかまではわからなかったが、少なくとも鎌を自在にだせたり
空を飛べたりするのは普通の人間には不可能だ。
「ふぅん。そっか……うん、そうなんだ」
 杏は一人何か納得した様子でうんうんと頷く。
 それから不意に慌てた態度で呟く。
「あ……えーっと。うん。お兄ちゃん。これ食べる?」
 少しだけ口をつけられているハンバーグの皿を、よそよそしく差し出してくる。
「それお前が食べていた奴だろ」
「うん。そうなんだけど。うん……でも、うん。食べて」
 杏はなにやらばつが悪そうに一人ごちる。
「出来れば食べかけでないのがいいんだけど」
「あ……あはは。もうない……よ」
 杏は顔を背けて、キッチンの方へと視線を泳がせる。
 涼もそちらへと目線を向けてみて、それから大きくため息をもらした。
 三角コーナーにできあがったハンバーグや他のおかずが詰め込まれている。どうやら怒
りにまかせて捨てられたらしかった。
「……なるほど」
 涼はうなずいて、大きくもういちどため息をもらした。
 あいつらは死神というよりも疫病神だな、と心の中で呟いた。
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