君は死神。僕は運命 (01)
「えーっと、こんにちは。初めまして」
 涼(りょう)の目の前に立つ少女は、唐突にそう呟いて笑う。
 うつむきがちにした涼の視線の先に、短めの赤いチェックのプリーツスカート。そこか
ら見える、すらりと伸びる欲しい足と黒のニーソックスの間に見えるふとももが少しまぶ
しい。
 少し顔を上げると、ベージュのロングニットの下に白のブラウスが見て取れた。雰囲気
からするとどこかの学校の制服だろうか。ただこの辺りでは見た事がない。
 さらに視線を移すと、にこやかに微笑む朗らかな顔がみてとれた。涼とほぼ同じくらい
の年頃だろう。中学生高学年か、せいぜいが高校生一年くらいだろう。ただそこから漏れ
る少しどこか挑戦的な瞳が、涼の目を釘付けにさせていた。
「涼くん、だったよね」
 ただ見知らぬ少女はなぜか涼の名前を呼び、そしてややうつむきがちにして、上目遣い
で涼を見つめる。
「あのね、お願いがあるんだ。ちょっと聞いてほしいんだけど」
「な、なに?」
 唐突な話に涼は驚きを隠せない。
「えっとね。簡単なことだよ。あのね、私を貴方の死神にして欲しいんだ」
 少女の言葉が涼には全く理解できなかった。
「……君はいったい何を言ってるんだ?」
 涼は少女の言葉がまるで理解出来なかった。
 いや、言葉の意味そのものはわかる。しかしその意図が全く不明だし、そもそも死神と
言うには彼女はどうみてもごく普通の女の子のようにしか思えなかった。
 ふと少女の顔をみつめる。
 整った顔立ちをしているとは思う。長いまつげはぱっちりと開いた目をより大きく見せ
ていたし、色白できめ細やかな肌にやや赤く上気した頬が愛らしく感じさせる。
 普通の女の子というよりも可愛い女の子かな、と内心思う。
 しかしそれだけだ。それ以上に変わったところは何も見受けられない。
 それだけにこの言動は残念な女の子とも言えるかもしれない。
「何って。そのままの意味だよ。私、とうとう担当が誰もいなくなっちゃって困ってるの。
ね、ね、いいでしょう? 私を君の担当にさせて」
 少女は拝むようなポーズをとりながら、涼に向けて視線を投げかける。
 可愛らしい少女に何かおねだりをされるのは、涼も正直悪い気もしない。ただそれだけ
に怪しさ以上のものはなかった。
「断るから。じゃあね」
 はっきりと告げて、それから少女を無視して再び歩き始める。
 君子危うきに近寄らずだ、と声には出さずに呟く。
「え、え、え。ちょ。まって。まってよ。なんで。理由をきかせてよ。理由」
 少女は涼の後ろを慌てて追いすがってくる。
「ねぇねぇねぇ。まってよ。ねぇってば。なんでなんでっ。なんでなの。どーして断るの」
「……いや、どーきいたって怪しいだろ」
 涼は呆れた様子でぽつりと呟く。
 やはり残念な少女だな、と心の中で思うと、また家への道へと戻る。
「いやいやいやっ。ぜんぜんっ。ぜんぜん怪しくないって。ね。ちょっとだけ話を……」
 少女は諦めずに涼の背中から声をかけていたが、不意にその言葉を中断させていた。
「そこまでだ!」
 同時に響いた新しい声は、まるで戦隊物のヒーローが悪を止めるかのような台詞だった。
 振り返ると目の前の家の塀の上に新しい少女がたっていた。
 ジーンズ姿にラフなTシャツ姿。すらりとのびた背は、恐らく涼よりも高い。涼よりも
少し年上のようにも見えるが、はっきりとは分からない。
 ややつりぎみの目は、少し勝ち気な様子もみせる。何よりも長い、腰まで届こうかとい
う黒髪が目にとまった。
 とても綺麗な女性だと思う。
 ただ意味もなくブロック塀の上に登る娘は、どう考えても残念な少女以外には思えなかっ
た。
「あーっ、橘さん。なんでここに」
 声をあげたのは、始めに現れたプリーツスカートの少女の方だった。
 橘と呼んだのはどうやらジーンズ姿の少女の事らしく、どうやら二人は知り合いらしい。
残念な少女同士知り合いなのは有りそうな話だったが、何が起きているのか涼には理解が
出来ない。
「梨花。この件はぬけがけは無しだと言っておいただろう。きっちり話し合いで決めよう
じゃないか」
 橘はゆっくりと、しかし鋭い口調で告げると、ひょいとブロック塀から飛び降りる。彼
女が梨花と呼んだのはプリーツスカートの少女の事だろう事は涼にもわかる。
「ぬ、ぬけがけっていうか。ちょっとばかり事前に交渉しようかなーって思っただけだよ」
 梨花と呼ばれた少女は顔を背けたまま橘と顔を合わせようとはしない。
「世間ではそれをぬけがけと言うんだ。わかるか、梨花」
 橘はつかつかと歩み寄ると、そのまま涼の眼前まで向かう。
 そしてやや不敵な笑みを浮かべながら、涼へと手を差し出してくる。
「このたびはこの娘が大変失礼した。まぁ、この娘の事は忘れて、私の死神になってくれ
まいか」
「って、ちょーっと。橘さんっこそぬけがけっ」
 橘の言葉に慌てて梨花が間に割り込んでくる。
「ふ。この世は抜け目のないものが勝つのだよ」
「橘さんには絶対ぜったいぜぇーーーったい渡しませんからねっ」
 梨花は橘へとビシッと指さす。
 そんな様子をみて、この二人とは関わり合いになるまいと涼は心の中で堅く誓う。残念
な少女同士でやり合っている間に早く帰ろうとその場を離れる。
 二人は気がついてないようでなにやら互いにまだ言い合いを続けていた。
「なんなんだ、いったい……」
 涼は出来るだけ音を立てないようにその場を後にする。まだ二人は気がついていない。
 すばやく角を曲がり、二人の姿が見えなくなったところで息を吐き出す。
「ふぅ」
「大変だったよね〜」
「ああ。いいかげんにしてほしいね」
「ほんとですよねー」
 ふと聞こえてきた声に応えて、それからすぐに慌てて顔を上げる。
 長い髪の両側を大きなリボンで絞っている少女が目の前にたっていた。
「もー、先輩達ってば、すっごいがっついちゃって、困ったものです。涼さんは事情も何
もわからないっていうのに、ひどいですよね−」
 言いながら、くすくすと口元に笑みを漏らす。
「君も彼女達の仲間なのか」
 思わず話しかけてしまうが、それでも少し後ずさりながら距離をとる。
「はい、そうですよ。私は梓っていいます。これから長いつきあいになると思いますし、
よろしくお願いしますねっ」
 再びくすくすとどこか不敵に微笑んでいた。
 梓と名乗った少女は唐突に涼の手を握りしめる。
 え、驚きを見せる前に、梓は涼の手を少しひいて涼をそばへと寄せた。
 梓の顔が涼の目前に迫る。
 あまりの近さに涼の胸が大きくはねる。
 梓は満面の笑顔で、そのまま涼へとすがるようにして寄り添う。
「でも。代わりといったら何なんですけど、梓のお願いきいてくださいねっ」
「お、お願いって何だよ」
 涼は警戒心をみせて慌てて離れる。
 何が起きているのか全く理解出来なかったが、やはり彼女も何らかの目的があって近づ
いてきているのだ。 
「簡単なことですよ。梓を涼さんの死神に認定してくれたらいいんです」
「さっきから死神、死神って……なんなんだよ。僕に何をさせたいんだよ。僕の魂でも刈
るつもりなのか」
 呆れ声で告げる涼に梓はにっこりと満面の笑顔を向ける。
「あ、鋭いですね。さすがです。そうですね。似たようなものですねっ」
「はぁ!?」
 梓の答えに今度は完全に呆れきった声を漏らす。
 何を言っているのか理解出来ない。
 残念な少女達の仲間は、やはり残念な少女でしかないという事だろうか。声には出さず
に呟く。
「お前ら、頭どこかネジが抜けてるのか?」
 思わず辛辣に言い放つ。
「あ、ひどいです。先輩達はともかく、私はネジなんか抜けてませんよ。まぁ、とはいえ
信じてもらえないのも無理もありませんよね。じゃあいま証拠を見せますから、待ってて
ください」
 そう言い放つと、梓は大きく手を掲げる。
 同時にぶぅんと鈍い音が響いた。
「今から起きる事は全て現実のことですよ」
 そう言うと共に手の先の空間が歪む。
 そして何かが現れていた。
 梓の手には梓自身の身長よりも巨大な鎌。
 刃が凶悪な鋭い光を放ち、人間の体など簡単に両断できそうだ。
 かなりの重量のようにも見えるが、しかし梓は軽々と鎌を掲げる。
「ほら、これが俗に言う死神の鎌ですよ」
 言いながら梓は思いきり鎌を振るう。
 涼には避ける暇もない。あ、と思う前に涼の体は一刀両断のもと真っ二つにされていた。
 いや、涼にはそうされたかのように思えただけだ。
 涼の体を確実に突き抜けたにもかかわらず、涼は全く傷ついていない。痛みもなければ
血も流れていない。
「……今のは何を」
「デスサイズは魂を刈る鎌ですからね−。肉体には全く効果がありません。……意図しな
ければ、ですけどね」
 涼の質問への答えにはなっていないが、梓はそう答えて再びくすくすっと笑みを浮かべ
る。
「ちなみに今のはただ振るってみせただけですよ。意味はありません」
 梓は冷笑とすら言えそうな笑み顔をのぞかせて、それから鎌をもういちど大きく掲げる。
「でも、意図すればこんな事だって出来ます」
 巨大な鎌を片手で大きく振るう。
 同時にびゅんっと風がなびいた。
 今度は涼の体にふれはしない。
 しかし涼のすぐ右側にある塀にぶち当たると、激しい音を奏でてブロック塀が崩れ落ち
る。
「こんなことくらいなら簡単にできるんですよ。ね。私達が死神だって信じてくれました?
」
 梓は何事もなかったかのように涼しい笑顔を涼へと向けていた。
「手品か何か……というには、大げさ過ぎるか」
 涼は目を見開いて崩れた壁を見つめる。
 だが次の瞬間。
「あーっ、いたー!」
「こっちにいたのか。まちたまえ」
 さすがに壁が崩れた音に気がついたらしい。梨花と橘の二人が駆け寄ってきていた。
 せっかくまいたのに、と声には出さずに呟く。
「あー。やっちゃいましたね。せっかく先輩達を出し抜いたと思ったのに。私、すぐ調子
にのっちゃうんですよねー。あはは」
 梓がその後ろでくすくすと笑みを漏らしている。
 涼はため息をもらしたあと、すぐさまきびすを返す。
 とにかくかけて三人をまこう。心の中で誓うと、唐突に走り出した。
「あー、待ってくださいよ」
「涼くーんっ。まって、まってよーっ」
「涼。少し話をききたまえ」
 後ろから三人の声が響いてくる。
 しかし涼は振り返りさえせずに全力にてかけだしていた。
 とにかく逃げるしかない。
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