僕まほ2「昨日の夢を見つけたら」 (27)
「洋さんっ、洋さんっ、洋さんっ。私、お腹が空きました。ご飯にしまょうっ。ごっはん、
ごはん」
 結愛の平和な声と謎の歌が響く。
 いつもの通り、結愛がご飯を作る。洋はそれを居間でこたつに入ってゆっくり待ってい
る。
 時々、突然ここに座っていた少女の事を思い出しながら。
 事件は綾音が命を引き取った事で、終結を向かえていた。
 十六夜は門を開く理由を失ったから。綾音を守るという理由。
 もちろん放っておけば世界が滅ぶからでもある。だがそれよりも、世界を守る為の犠牲。
そんなものを出したくなったから。
 それで終わるくらいなら世界なんて滅びてしまえばいい。十六夜はそう思っていた。
 冴人は、あの後無言のまま綾音を抱いてどこかへ行ってしまった。あの時、何を思った
のだろうか、洋にはわからない。
 あれからもう一月が過ぎた。洋も結愛も、綾音の死を受け止めていた。ただ冴人だけが、
どこにもいない。
 いや、今は天守の里にはいるのかもしれない。しかし洋はもちろん結愛もあれから殆ど
天守の里には戻っていない。
 ただ何事も無かったかのように、毎日が過ぎていくだけだ。
「なぁ、洋」
 亮が新聞を広げながら、ぼそりと呟く。
「なんだ、親父?」
「お前、なんか顔が変わったな。いや、お前だけじゃない。結愛ちゃんも」
 亮は新聞を降ろし、じっと洋の顔を見つめる。
「そうか。自分じゃわかんないけどな」
「ふむ」
 答える洋に、頷き返す。
「さては、ついに結愛ちゃんと寝たか」
「げほっげほっ!?」
 亮の言葉に、思わず洋がむせ返す。
「この馬鹿親父っ、何あいかわらず変な事いってんだよ!」
 容赦なく父親の頭を拳で殴りつける。
「ふぐぉ!? おおっ、なんてことをするんだねっ。この暴力息子めっ。もう私は先がな
い年寄りなんだ、少しはいたわったらどうだ」
「うるさい。殺しても死なないような奴が何いってんだっ。帰れっ、帰ってケニアでライ
オンにでも食われてこいっ」
「残念だったな。洋。ケニアにはもういかん。そもそも、あれは本業じゃなかったしな。
次からはシリア辺りにいく事になりそうだ」
「そうか」
「来月あたりから、また留守にする事になりそうだ。しっかり留守を守ってくれよ」
「ああ。心配するな」
 亮の言葉に、淡々と答える。
「ああ。そう。その際、一つだけ言っておく事があった」
「うん、なんだ?」
「いいか。よくきけよ」
 もったいぶって言葉を止める。亮の口元がニヤリと歪んだ。
「ちゃんと避妊はしろよ」
「死ねっ。シリアで犯罪に巻き込まれて死んでこい!」
 洋が叫んだ瞬間。ばたんっと台所のドアが開く。
「結愛!?」
 なぜか洋が慌てて声を漏らす。
「ふぇ? どうしました、洋さん。あ、待ちきれなかったですか? えっと今日のご飯は
お鍋にしました。暖まりますよっ」
 下ごしらえをすませた鍋をもってきて、カセットコンロの上に設置する。
 洋は、ふぅ、と溜息をついた。
 その、瞬間だった。
 ぴんぽーん、とベルが鳴る音が響く。
「あれ? 誰でしょう。みてきますね」
「あ、いい。俺がいく。結愛は準備を続けていてくれ」
 結愛を遮って、洋が玄関へと向かう。
「はいはい。どちら」
 がらり、と扉を開けたそこにいたのは。確かに冴人の姿だった。
「冴人」
「おひさしぶりです。ご無沙汰してましたね」

 そう答えた冴人の顔は。いつも通りの冷淡な鋭い表情だった。
「どうしてたんだ、お前。いや、まぁ、こんなところで立ち話も何だから、あがれよ。ちょ
うど結愛が鍋作ったところだしさ、食っていけ」
「では、遠慮無く。……と、言いたいところですが。今日は時間がありませんから」
 冴人は深々と礼をして、そしてじっと洋を見つめていた。
「ただ一つだけ許可をもらっていこうと思いましてね。貴方の」
「俺の? なんだ、許可って」
 頭を捻る洋に、冴人は真剣な眼差しでじっと見つめていた。
「あの忌まわしい小動物を借りていきます」
「……みゅうの事か? でも、みゅうならずっと姿を見せてないんだ。あいつはただの猫
じゃないから、どこかで事故にあったとかって言う事はないと思うだけどな」
「当たり前です。あれは仮にも雪人の一部なのですから。いくら忌々しい小動物の姿をし
ていようと!」
 冴人は憮然とした顔で呟くと、眼鏡の位置を直す。
「それに、あの小動物なら。ここにいますから」
 冴人は、そういって洋へと背中を向ける。
 その瞬間、背中に張り付いているみゅうの姿が見えた。
「みゅ、みゅう! こんなところに」
 洋が思わず叫んでいた。
 本当にこんなところに、だったが。
「みゅう?」
 みゅうは小さく鳴くと、ぽんっと冴人の背中から飛び降りて洋へとよじ登ろうとする。
 その前にみゅうを拾って、洋はにこりと微笑みかけた。
「お前、どこいってたんだ? 心配したんだぞ」
 その洋の声に答えたのは、みゅうではなく冴人の声だった。
「綾音さんの中です。綾音さんは雪人を連れ去った。その時、いちど綾音さんは雪人と深
く繋がったのです。すなわち、この雪人の欠片である小動物とも」
 冴人は静かに語り続ける。
「そしてこの小動物自体を取り込んでいた。つまりこの小動物の中には、綾音さんの精神
も残っています。そこから、私は綾音さんを呼び戻したい」
 冴人は飄々と告げていた。
「出来るのか!? そんな事が!?」
「出来ませんね。もちろん」
 思わず声を荒げた洋に、冴人は淡々と答える。
「でも可能性は、ゼロではない。綾音さんの身体は、私の施術で富士の霊窟に眠らせてい
ます。傷痕はもう残っていない。中にいないのは心だけ」
 冴人は、ただ感情の無い声で。言葉を紡ぎ続ける。
「でも万に一つ、億に一つでも可能性があるなら、それに賭けたい。いえ、本当は、それ
にすがりたい。僕はまだ綾音さんに答えを返していないから」
 冴人は静かな声で告げると、洋へとすっと手を伸ばす。
「だから、この猫をしばらく僕に貸していただけますか」
 冴人の目は冗談を言っている目ではなかった。まっすぐな真剣な眼差し。
「……わかった。連れて行ってくれ。いいな、みゅう。それで」
 みゅうに小さく訊ねかける。
「みゅう!」
 みゅうは大きく鳴いて答えると、洋の腕を抜け出しぴょんと冴人へと飛び込んでいた。
「うわっ。わわわっ!?」
 冴人が慌てた声を上げる。
 別に猫恐怖症が治った訳ではないらしい。
「ふ、ふぅ。い、いいですか? 変な真似をしたら承知しませんからね」
「みゅう!」
 冴人の肩にのっかったまま、みゅうが誇らしげな声を上げた。
 それから大きくふぁ、とあくびを一つ。
「それでは私はこれで失礼します。次にお会いする時は、きっと」
 冴人はそこで言葉を止めると、そのまま背を向けて歩き出す。
「ああ。楽しみにしているぜ」
 洋は、にやりと口元に笑みを浮かべる。
 冴人は何も答えない。
 ただ静かに、夜の暗闇の中に消えていった。
 その背中に想いを込めて。叶わなかった昨日の夢を見つけだして。

                了
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