僕まほ2「昨日の夢を見つけたら」 (26)
 洋は強く歯噛みする。自分の意志をまとめる時間もなく事態が進行していく。
 少なくとも綾音も十六夜も嘘はついていない。洋にはそう思えた。
 言葉の中にある痛み、歪み。そんなものを感じるこの言葉が嘘の筈はないと。
 その上で止めるべきか、止めざるべきか。洋は悩んでいる。洋は只人に過ぎない。天守
の里の中でも異端扱いされているのだから、逆に守の民の掟に縛られる必要もない。
 だけど。
「洋くん、貴方はどうする? 私達を止める? それとも」
 綾音の言葉に、洋はぐっと手を握りしめた。顔を上げ、まっすぐに綾音へと視線を返す。
「俺は守の民の義務も掟も気にしない。ただ、結愛を守りたいだけだ。今、門を開いたな
ら意識の無い結愛も巻き込まれてしまう。だから、俺も。俺も、お前らを止める」
 意志を込めた言葉で、強く言い放っていた。
 その瞬間、冴人の術が解き放たれる!
「震(しん)!」
 十六夜を狙った一撃だ。結界を解こうとしている十六夜の邪魔をするつもりだ。
「させない! 巽(そん)!」
 しかし冴人の術が十六夜を襲う前に、綾音の術が止めていた。風が雷の軌道を逸らし、
辺りにまき散らしていく。
「ま、これで決まりね。お互い闘うしかないって事ね!」
 綾音は印を結び始める。
「乾兌離震巽坎艮坤(けんだりしんそんかんごんこん)。八卦より選ばれしもの、我は汝
を使役せす。いきなさい、震(しん)!」
 雷を招来する。
 雷は三点にわかれ、冴人と洋。そして結愛へ向けて襲いかかる!
「な!? 俺の魔力よ、力の限り広がれ!」
 結愛の上に覆い被さるようにして、洋は魔力を広げる。洋の魔力と反応し、バチバチっ
と火花が散った。
「綾音! なぜ結愛まで。こいつは気を失っているんだ。敢えて倒さなくてもいいだろう
!?」
 洋が叫ぶ。
「前に冴人が言った事があるわね。闘いは弱いところからつぶしていくのが常道だって。
今は気を失っていても、いつ取り戻すかわからない。なら倒しておくに越した事はないも
の」
 綾音は静かに、淡々と告げる。
「それに洋くん。貴方は、こうでもしないと本気にならないでしょう?」
 いつものような飄々とした笑顔で、綾音はくすっと口元に笑みを浮かべる。
「そして、僕を本気にさせる為でもある、ですか」
 冴人の表情が微妙に変わる。今までどこか仮面を被っているように感情を感じさせなかっ
た顔に、僅かにいらだちが浮かんでいた。
「結愛さんを傷つけさせる訳にはいきませんね。洋さん、貴方に頼るのは癪ですが、そう
も言ってられません。貴方は結愛さんを守っていてください。僕は」
 冴人は、きっと綾音を睨みつける。
「彼女を倒しましょう」
 冴人はその手を、大きく振りかざしていた。
「綾音さん、僕は貴女には力では敵いません。しかし僕は貴女の事を何よりも知っている。
ならば貴女の弱点を突かせていただきますよ」
 冴人が軽い言葉で言い放つ。
「私の、弱点? 何かしら、それは」
 綾音が興味深そうに訊ねる。冴人はしかし答えようともいない。
「乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤(けん・だ・り・しん・そん・かん・ごん・こん)。
 天・沢・火・雷・風・水・山・地(てん・たく・か・らい・ふう・すい・さん・ち)」
「大成? なら」
 冴人の呪文に応え、綾音が術を組み立てていく。しかし冴人は全く気にもせず、呪文を
続けていく。
「八卦より選ばれしもの。互いを合わせ、更なる威を駆れ! 雷はその身を持って震と為
る! 震為雷(しんいらい)!」
「風雷益(ふうらいえき)!」
 冴人の呪文に綾音も大成で応じる。
 雷同士が、ばちばちと互いに火花を散らす。だが、その瞬間だった。
「雷球(らいきゅう)!」
 冴人の術が綾音の足下に炸裂する。
「え!?」
 綾音は完全に不意を突かれていた。綾音の身体が軽く宙に舞う。
「っ!?」
 なんとかバランスを取り、地面に着地する。だが、そこに冴人が駆けこんでいる。
「雷火(らいか)!」
 威力の小さな、しかしそれでも人を殺める事が出来る程度の術を次々と解き放つ。
「巽(そん)!」
 なんとか綾音は術をはじき飛ばす。しかし時折間に合わずに小さな傷をいくつも受けて
いく。
「綾音さん。これが貴女の弱点です。あまりに大きな力を持ちすぎる故に、小技を効かせ
る事を知らなかった。逆に僕は誰よりもこの小技を使うのを得意としている」
 冴人は言いながらも、いくつも術をどんどんとばしていく。
 そしてついに防ぐのが間に合わず、ほぼ直撃に等しく術を受けていた。
「あぁぁーーーっ!」
 綾音の声が強く響いた。
 がくり、と膝を落とす。
 直撃を受けたとはいえ、術をいくつも張り巡らせていた最中だ。命を失うところまでは
至らないだろう。
 通常、天守が敵対するのは鬼等の人外のものか、あるいは強力な術士だ。こういった小
さな術は殆ど使う事がない。
 それが逆に綾音の対抗策を浮かばせなかった。しかも小技は術を使うスピードは何より
速い。考える間を与えなかったのだ。
「でも、綾音さんはこれでしばらくは戦えませんね」
 そう言って十六夜へと視線を移す。
 にやりと口元に笑みを浮かべていた。
「綾音くんには悪いけど。君達の相手をしてもらっている間に、門は開かせてもらったよ」
 十六夜が淡々と言葉を紡ぐ。みると確かに止まりかけていた門が、再びぽっかりと穴を
広げている。
「知ってます。貴方が門を開いていた事は。でも、これからまた閉じれば済む事です」
「さて、君達に。俺っちを止める事が出来るかな?」
「止めます」
 冴人が静かに呟く。
「いくら貴方が天才と言えど、僕達は二人いるのですよ。さらに貴方も門を開く事で力尽
きているはず。止められます。いえ、止めます」
 冴人はちらりと洋に視線を送る。
 こくりと頷いて、洋も立ち上がる。
「こうなった以上。俺もあんたを止める。そうじゃなきゃ、何のためにここまでしたのか、
わからなくなってしまうしな」
 洋がぎゅっと拳に力をいれる。光が放たれていた。
「いくぜ!」
 洋がまず飛びかかっていた。右の拳を十六夜へと振るう。
 十六夜は佐助を取り出し、刃で洋の拳を受ける。
 キィィィィ。と冷たい音が響く。
 拳と刀がぶつかり合ったとはいえ、どちらも魔力に包まれている。特に洋はむき出しの
魔力そのものだ。魔力が身を守っていて傷つく事はない。
「震(しん)!」
 冴人が術を降ろす。
 電撃が、その指先から走る。
「きたねっ。艮(ごん)!」
 十六夜の言葉に応えて、土壁が生まれる。
 だが、その瞬間。僅かに隙が生まれた。洋の拳が十六夜へと向けられる。
「もらった!」
 十六夜の腹めがけて、殴りつける。
 だが、捉えたかと思えたその瞬間。十六夜が大きく跳躍していた。
「残念だったね。予め巽の術を唱えておいたんだよ。足下に渦巻く風が跳躍力を増したと
いう訳だ」
 十六夜は飄々といってのける。
「そして、これは術への布石でもある。雷風(らいふう)!」
 飛び上がった頭上から、冴人と洋めがけていくつもの風と雷の術が降り注いでいた。
「冴人くん。君は小技の連携が得意みたいだけどね。それは俺っちもなんだよ。そして俺っ
ちと君達とでは力の差は、大きい!」
 十六夜は、いくつもいくつも。本当に連続して雷撃を放っていく。
「く。雷球!」
 十六夜の術を打ち落としていく。だが、呪文を問えるスピードが敵わない。上空から撃
ち下ろす方が、圧倒的に有利だからだ。
 負荷が掛けられ続けていく。このままでは術が間に合わない。
「ならば、昆(こん)!」
 冴人が山を意味する八卦を招来する。
 十六夜から視界を防ぐようにして土壁が生まれていた。
「無駄だよ。昆(こん)!」
 十六夜の術に答え、十六夜の身の回りにいくつもの小石が表れる。その石つぶてのいく
つかが土壁に向かい、破砕していく。
 だが、そこにはすでに冴人はいない。
「どこをみているんです?」
 冴人の姿が、十六夜の後ろにあった。以前にも使った視界を隠し、瞬間移動する術だ。
 十六夜の後ろから手を伸ばす。背後をとれば術士と言えど、対応は出来ない。
 出来ないはずだった。
 だが、突如、十六夜の周りに残った石つぶてが冴人めがけて襲いかかっていたのだ。
「ぐぅ!?」
 冴人がうめき声を放った。
 そのまま後ろへと倒れていく。
「残念だったね。君が視界を防いだ瞬間。こうくる事は予想できてたよ。だから、全ての
石つぶてを放たず、残しておいたのさ」
 十六夜は淡々と告げ。そして。
「でもこのまま延々と勝負を続けている訳にもいかない。この辺で、一つ片をつけさせて
もらうよ」
 十六夜が佐助を大きく構えていた。
 冴人めがけて、刀を振り下ろす。
「させるかっ!」
 洋が魔力の刃を打ち出す。
 だが。十六夜はその魔力の刃を軽く佐助で払うと、にやりと口元に笑みを浮かべる。
「洋くんか。君の相手は後でゆっくりしよう。だから、今は邪魔しないでくれるかね。震
(しん)!」
 雷撃が放たれていた。
 洋ではなく、結愛に向けて。
 離れた位置にいる結愛。結愛を守れば、その間に冴人は倒されてしまう。だが、結愛を
放っておく訳にはいかない。
 刹那。洋は結愛へと飛び込んでいた。魔力の鎧を広げる。
「悪い、冴人」
 洋が呟く。ドン、と甲高い音が響いた。
「さよなら。冴人くん」
 その瞬間、十六夜の声が響いた。
 刀が、振り下ろされる。
「冴人、避けろ!」
 洋の声が響く。だが、冴人は動けない。
 ザン!
 刃が突き立てる音が響く。鮮血が霧のように吹き出していた。
 紅が世界を染める。十六夜と冴人を濡らしていく。
「どう、して」
 冴人が何とか声を振り絞っていた。
 目の前に立つ、綾音の姿を確かに認めながら。
「どうして貴女が傷ついているのです!?」
 冴人はなんとか立ち上がり、よろよろとしながらも声を振り絞る。
 十六夜の、その凶刃を胸に受けた綾音を前に。
「綾音くん。君は」
 十六夜がぽつりと呟く。
「もう、終わりにしようと思って……」
 綾音が静かな声で。絞り出すような声で、告げる。
「十六夜は……言わなかったけど……もう一つだけ、方法があったの……」
「喋らないでください! いま、今、僕の力を送ります。これくらいの傷、すぐに」
 冴人が慌てて声を漏らす。ふらつく綾音をそっと抱き抱える。
「無理よ……。佐助で貫かれたんだもの……。魔力を送ったくらいでは、もう」
 綾音は、やや目を細め。そして腕を冴人へと伸ばす。白い指先をそっと頬に触れさせる。
「相変わらず、綺麗な……顔。なのにどうして……哀しい瞳をしているの」
 綾音は、くすっと微笑んで。冴人の眼鏡を外した。冴人の、度の入っていない眼鏡。
 そこにいるのは一人の素顔の少年。素直になれなかった、いつも素顔を隠していた少年。
「綾音……さん」
 冴人は、思わず目の前で抱きしめている彼女の名前を呼んだ。
「その瞳はいつも……貴方はいつもあの子をみていたね」
 綾音はちらりと結愛へと視線を移す。洋が大事そうに結愛を抱きかかえていた。
「何を!?」
「私、いつも笑ってみてた。でも、ほんとは、……私、少し妬けた、かな」
 綾音はにこやかに、今までない程ににこやかに微笑む。
「綾音さん!?」
「だって、私、本当は貴方のこと……」
 満面の笑みで。何よりも嬉しそうな笑顔で。
 綾音は小さな声で呟いて。
 そして、ゆっくりと目を閉じる。
 その声は、もうどこにも届かない。
「綾音さん!! 目を、目を開けてください!」
 冴人が強く叫ぶ。
 十六夜も、洋も。何も告げない。
 ただ。静かに時が流れていく。
「うわぁぁぁぁぁぁ!?」
 冴人が、叫んでいた。
 綾音は、何も答えない。ただ力無く、その腕をぶら下げているだけ。
 抱きしめた腕の中に、鼓動は何も聞こえない。まだ、暖かい。暖かいのに。
「死んだ、か」
 十六夜がぽつりと呟く。
「何を!?」
 冴人がきっと睨みつける。
 そして言葉を失った。
 あんなにも、憎たらしいほど飄々としていた十六夜が。その唇を噛み締めていた。血が
にじみ出ていた。
「こうさせたくなかったから。だから俺っちは、門を開く事を決意したというのに。なぜ。
なぜだ!?」
 十六夜が文字通り天を仰ぐ。
「……綾音がいっていたもう一つの方法っていうのは。これ、だったんだな」
 洋が呟く。
「そうだ。門が開こうとしているのも、奴の綾音くんへの執着心から。だから綾音くんが
いなくなれば、それも終わる」
 十六夜が静かに囁く。
「だが、もう犠牲はまっぴらだ。夕月(ゆうづき)だけで十分だ。だから俺っちは一人で
門を開こうと思った。この事実を天守が知れば間違いなく綾音くんが犠牲になる。だから、
俺っちは」
「十六夜。あんた綾音のことを……」
 呟きかけた洋に、十六夜が口を挟む。
「そんなのじゃない。そんなのじゃないんだ。そんなのじゃ……」
 十六夜の呟きは、誰にも届かない。
 ただ。
 傷ついて、傷つけて。
 そして傷ついた。男が、いるだけ。
「どうして。結末は、いつも残酷なのですか」
 冴人のその問いに。答えるものはいなかった。
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