僕まほ2「昨日の夢を見つけたら」 (24)
「あっ、ダメですっ。ダメですっ。逃がしませんよ。昆(こん)!」
 山を意味する八卦を呼び出す。それと同時に、生き残りの男達の眼前に土壁が現れてい
た。
「もう一つですっ」
 結愛の声に反応して、土壁がまた現れる。そして最後には彼等を取り囲むようにして封
じ込めていた。
「ふぅ。これで一安心で……す」
 結愛が呟いて、くるりと振り返った瞬間。
「結愛!」
 洋が思わず叫んでいた。だが、間に合わない。
「きゃぁぁぁぁ!?」
 ドン! 悲鳴と共に高らかな音が響く。
 光が結愛を包み込んでいた。光が。
「てん……し?」
 結愛がたどたどしい声で、呟く。
「結愛っ、結愛っ」
 洋は慌てて結愛へと駆け寄る。結愛の服はぼろぼろに破れ、あちこちから血を滲ませて
いる。
「あは……は。私、ドジっちゃいました」
 結愛が軽く微笑みながら、静かに告げる。
「いい。喋るなっ。いま、魔力を送る! そうすれば、そうすれば無事に済む筈だ」
 洋はどこか混乱しながらも、それでも結愛の手をぎゅっと握りしめて、自らの魔力を送
り込んでいた。
「だめっ。だめですよ……洋さん。まだ敵がそこにいるのに……そんな事してたら……や
られちゃいます……です」
 途切れ途切れに、結愛は言葉を紡ぐ。
 だが洋はその手を離す事はなかった。いまこの手を離せば、結愛は力尽きてしまうだろ
う。
 天使が、ゆっくりと近付いてくる。
 冴人が、咲穂が止めたはずなのに――


「だから。いっただろう。それはどうかな、とね」
 十六夜は、にやりと口元に笑みを浮かべていた。
 天使はここにはいない。静止の念を振り切り、洋達の元へと向かった。
「とはいえ、天神之清門(あまかみのせいもん)は開ききっていないみたいだね。さて、
もう一押し、必要か」
 綾音へとちらりと視線を送る。
 こくん、と無言で頷くと綾音は洋と結愛達の元へと急ぐ。
「咲穂ちゃんはね。まだ地守になっていない。候補生なんだよ。だから、私との繋がりも
薄かったという訳だ。だから私の念を制しきれなかった」
 十六夜は淡々と告げると、すっと愛刀の佐助を手にする。
「冴人くん。咲穂ちゃん。君達には恨みもないが、どうしても門は開かなければいけない。
しばらく眠っていてもらおうか」
 十六夜が静かに、言い放つ。
「十六夜! 確かに俺は未熟かもしれない。まだ候補生かもしれない。でも、それでもや
らなきゃいけない時がある!」
 十六夜は物干し竿を十六夜へと向けると、強く。苦々しい顔をして、叫ぶ。
「冴人。お前が彼等を助けにいってやってくれ。俺は失敗してしまった。だから」
 ぎゅっとその手に力を込める。
 静かに魔力が物干し竿に満ちていく。
「俺が。十六夜を抑える」
 言い放って、冴人へとちらりと視線を送る。
 冴人は無言のまま、すっと背中を見せると綾音を追いかけていた。
「おっと、行かせる訳にはいかない! 昆(こん)!」
 十六夜の声に合わせて土壁が出没する。
 だが、冴人はそれも予測していたのかすでに風の術を解き放っていた。ふわっと身体が
浮かばせ、土壁を乗り越えていく。
「十六夜!」
 術を解き放った直後は、どんな術士と言えど隙が出来る。咲穂はその隙を逃さずに斬り
かかっていた!
 キィン! 冷たい金属が打ち合う音が響く。すんでのところで、十六夜は一撃を受け止
めている。
「おっと。危ない。さて物干し竿相手に佐助で闘うのは、ちょっとばかり骨が折れるね」
 十六夜はギリギリと鍔迫り合いを行いながらも、余裕を残した声で告げる。
 しかし物干し竿は太刀。それも長太刀である。小太刀に過ぎない佐助とは、間合いも違
えば切れ味も違う。接近戦を行うのは不利には違いない。
「十六夜! 俺は術力も魔力もお前には勝てない。しかし、剣術なら負けない。こうして
間合いを詰めた以上、術を使う間もなく押し続ければ勝てる!」
 叫ぶと一旦、後ろへと飛びすざる。剣術には自信があったが、力ではやはり十六夜には
敵わない。
 十六夜に優っているのは速さと技。細かく攻め続ける事だ。
 咲穂は反動を利用して、そのまま十六夜へと再び上段から斬りつける。
 十六夜はすんでのところで左へ跳ぶ!
 だが、それは予想の範疇だったのか、そのまま流れるように左へと刀を返した。
 十六夜はなんとか佐助を縦に構え、その一撃を抑える。
「さすが咲穂ちゃん。剣術では俺っちも敵わないね」
 十六夜はひゅうと唇を鳴らすと、その手に力を込める。
 咲穂はすぐに刀を戻し、鍔迫り合いになるのを避ける。
 そして雨のように突きを繰り出していく!
 十六夜は殆ど間一髪でその突きを避け続ける。だが勢いに押され。
 ザシュ! 刀が十六夜の左腕を捉えていた。血が噴き出していく。
「どうだ!?」
 咲穂が強い口調で叫ぶと、刀を十六夜へとまっすぐ突きつけていた。
「やるねぇ、咲穂ちゃん。でもね」
 十六夜はにやりと口元を歪ませる。
「手をゆるめたのは失敗だったね。巽(そん)!」
 十六夜は風の術を解き放っていた。
 咲穂は十六夜が瞬時に十分な威力の術を唱えられる事を失念していたから。
 いや、本当は。自らの添を傷つけてしまった事への、若干の焦りと後悔。
 まだどこか踏み切れてなかったのだ。
 咲穂は、風にぎゅっと耐える。特に傷をつけるでなく、ただ強風を吹かせただけ。
 しかし十六夜にはそれで十分だった。身動きを止めた咲穂に向かって、術を解き放つ!
「悪いね、咲穂ちゃん。眠っていてもらうよ」
 ドン! 十六夜の台詞と共に、雷が大きく降り注いでいた。
「くぅぅぅぅ」
 雷になんとか耐えようとして、咲穂は力を込めるが。しかし、耐えきれない!
「ぐぅぅ!?」
 強い悲鳴をあげ、そしてその場にゆっくりと崩れ落ちる。
「いざ……よい……」
 静かに、最後に言葉を残して。

 咲穂は、気を失っていた。


「どうしたらいい。どうするべきだ、俺は」 洋は声にはせずに口の中で呟くと、ぎゅっ
と結愛の手を握りしめる。
 結愛はすでに声を出す事も出来ないくらいで、はぁはぁと荒い息を吐き出すばかりだ。
 いま結愛の手を離せば、結愛は命を失うだろう。洋の送り込んでいる魔力だけが、かろ
うじて彼女の命を止めているのだから。
 だがこのまま天使を前にしていても、殺されるだけだ。
「どうすればいい」
 思わず声にして呟いたその瞬間。ふと洋の意識の中にかつての風景が横切る。
 洋が無謀な賭けに出たとき、結愛がしてくれた事。
「そう、か」
 洋は結愛の手を離し、そっと立ち上がる。
 天使の前へと。
 だが、その意識は常に結愛が離れてはいない。洋と結愛は守と添だ。心がつながってい
るから。魔力を共有する事が出来る。
 普段、洋自身が結愛へと魔力を送る事を意識してはしない。ごく自然に当たり前のよう
に力を使えるから。
 だが洋が意図して結愛へと力を流し込めば、直接魔力を送り込んでいるのと同じ事だ。
「あとは、闘いの最中でもそれを忘れない事か」
 ぐっと拳に魔力を込める。光が集中していく。
 洋一人で天使に勝てるはずはない。相手は神に等しいとすら言われる存在だ。ろくに術
も使えない洋が、勝てるはずはない。
 だが。それでも何とか時間を稼げば、結愛も立ち直るはず。
 闘うにろ逃げるにしろ余裕が出来るはずだ。
 だから。
「こいよ。たたきのめしてやるぜ」
 洋は一人、独白する。
 天使の羽根が音もなく羽ばたいていた。
 洋は駆けだしていた。出来るだけ結愛から遠く離れるように。近くで闘えば、巻き沿い
を受けるかもしれない。それでは何のために闘うのかわからない。
 天使が光を放っていた。
 洋はそれをすんでの所で避ける。操られているせいか天使の攻撃は単調だ。攻撃を避け
るのはさほど難しくない。
 ドン! 背中で大きな音が響く。
 攻撃は単調でも、威力は比べ物にならない。いかに洋が魔力の鎧を作る事が出来るとは
言っても直撃すれば怪我ではすまないかもしれない。一度でも受ける訳にはいかない。
「いつも俺は分の悪い闘いばかりやってるな」
 自分の力の無さを悔いながらも、しかし負ける気はしなかった。
 守るものがある。それは時に足かせになるかもしれない。だが120%の力を出せる時
だってある。
「120%でも200%でも。俺に出来る事はやってやる」
 強く、叫んでいた。
 洋は一気に天使へと駆けだしていく。天使の手が、すぅと動く。
 その瞬間、翻すように左へと跳ぶ。光が今いた場所を通過していく。
 天使が光を放つまでには一瞬の間がある。その瞬間さえ捉えれば、光を避けるのはさほ
ど難しい事ではない。
 だが、近付く事は容易ではない。光の直径は1メートル近くに及んでいる。近距離であ
れば飛び退こうとも避けようがない。
 それでも洋はまっすぐに突っ込んでいた。
 天使が手を伸ばす。光が放たれる。
 洋は――避けられない。光が直撃する!
 かと思えた瞬間。
 洋は天使の足下に、滑り込んでいた!
 光の下をくぐり抜ける。
「くらえ! 俺の一撃を!」
 滑り込んだ勢いで、そのまま天使の足を払う!
 天使が一瞬、宙に浮いた。そのまま地面へと転げ落ちる。
「これで終わりだ!」
 天使の上に飛びかかるようにして、ずんっと拳を振るう。
 ぐぅ。と奇妙に柔らかい感触が手に響いた。
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