僕まほ2「昨日の夢を見つけたら」 (23)
「てんたく、からい、ふうすいさんち。
 八卦より選ばれしもの。互いを合わせ、更なる威を駆れ! いけっー、離為火(りいか)
!」
 結愛が強い声で叫ぶ。
 しかしその術は十六夜へ向けられたものではなかった。
 咲穂の眼前にいる阿修羅めがけて放たれていた。
 そして奇しくもその瞬間、冴人も術を放っていた。あるいは結愛の動向に気が付いてい
たのかもしれない。
 大成と大成。二つの術が絡まり合い、壮大な雷火となり阿修羅へと襲いかかる。
 例え阿修羅と言えど、天使の光を受けている最中である。この一撃には堪えられない。
「ぐぉぁぅぅぅぅ!?」
 強い叫び声をあげた。
 その瞬間。
 ズン! 咲穂が、一刀のもとに阿修羅を叩ききっていた。
 ……だくだくと、その身体から血を流しながら。
「咲穂さん!」
 結愛が強く声を響かせていた。
「く……」
 咲穂が片膝をつく。天使の光を堪えきれず、傷を受けていた。額と、脇腹から静かに、
血をにじませている。
「大丈夫だ。命に別状がある程の傷じゃない。それより、あいつらを……」
 阿修羅を失って、固まっている黒蛇真教の男達が奥へと逃げようとしていた。
「させるかっ!」
 洋が叫ぶ。
 ぎゅっと拳に魔力を込める。その拳に込めた魔力の固まりをとばそうとして、後ろに腕
を引いた瞬間。
「やれやれ。いま彼等を倒される訳にはいかないんだよね。予定が、狂う」
 十六夜の声が響いた。
 ぴんっと指を鳴らす。
 その瞬間、天使が彼等を守るようにして洋との間に入る。
「あと3分。もうすぐ、天神之清門(あまかみのせいもん)が開く。十年前の事件、あの
精算をしなくてはいけない」
 十六夜の言葉に応えるように、その隣に綾音が寄り添っていく。
「そう。あの時に決着を。十年前の事件に」
 綾音が淡々と呟く。
 だが、どこかに切り裂くような痛みを感じたのは嘘だったのだろうか。
「十年前の事件!? それは?」
 洋が叫ぶ。
 十六夜と綾音の二人。彼等が何を望んでいるのか、何を求めているのか。それがわから
ない。
「あの。事件ですか」
 ふと後ろから響いた声。冴人も傍へと近付いてきていた。
「知っていたの?」
 綾音が意外そうな顔で呟く。
「あの事件の事は、守の民でも殆どが知らないはず。特に貴方はまだ幼かったはずなのに」
「知っていましたよ。――いえ、わかりました。私は、貴女の添だから」
 冴人は、ゆっくりと綾音の顔を見つめる。
「そう」
 綾音は僅かに顔を背けた。
 だがそれも一瞬。振り返って、皆に目を合わせる。
「それは……!?」
 洋が、ふと呟く。綾音が一瞬、首を振るい、そして静かに唇を震わせる。
「いいわ。話してあげる。
 十年前。黒蛇真教が、ある天守の助けを借りて隠し里へと攻め入った。目的は天使を降
臨させる事。その為の生け贄を得る。私は、それに選ばれた」
 綾音が、ゆっくりと。ゆっくりと話し始めていた。だが。
「時間稼ぎはそのくらいにしてもらいましょうか。私にはすでに貴女の目的がわかってい
ます。同情も出来る、納得も出来る。でも、それを果たさせる訳にはいかない」
 冴人がやや早口に呟く。
「貴女を止めます。命をかけても」
 冴人は。強く。淡々と、呟いていた。
 瞳から涙を流しながら。
「どうしてでしょうね。ずっとはっきりとは分からなかった。でも、こういう状況になっ
て初めて貴女の心が届いた。私の中に」
 冴人は叫びながら、印を組み続けていく。
 大技を使うつもりだ。それがはっきりとわかる。
「無駄よ。貴方達じゃ、私達を止められない」
 綾音が印を結び始める。十六夜も、その隣で印を結んでいた。
「いいえ。止められます。彼と結愛さんが止めます」
 冴人は、洋と結愛の二人をそっと見つめる。
「忘れましたか。私と貴方は、そして咲穂さんと十六夜さんは守と添です。お互いが繋がっ
てさえいれば、お互いを止められる」
「冴人!」
 綾音が強く叫ぶ。
「結愛さん。いってください。この奥に天神之清門(あまかみのせいもん)へ続く道があ
ります。実際に門を開いているのは、黒蛇真教の男達です。だから彼等を止めれば、事件
は終わる。彼と――」
 冴人が叫ぶ。洋へと視線を移す。
「……わかった」
 洋は小さく頷き、結愛へ顔を向ける。
 結愛は無言のまま頷いて。駆けだしていた。
「いかせない!」
 綾音が叫ぶ。天使が二人を遮ろうとして動き出す。
 その瞬間だった。
「いくな!」
 冴人が叫ぶ。同時に天使はぴたりと動きを止めていた。
「え!?」
 綾音が思わず声を荒げていた。
「綾音さん。私と貴女の心はつながっている。すなわち、天使は私の命令も受け入れる。
そういう事です」
 淡々と。冷たい声で、告げる。
「そういうこと。なら私と十六夜の二人で命じたらどうかしら」
「同じ事です。十六夜の守である咲穂さんがいるのですから」
 冴人の言葉に、にやりと十六夜が口元に笑みを浮かべた。
「それはどうかねぇ。いけ、天使よ」
「咲穂さん、念じてください。止まれと」
 十六夜の言葉に冴人が叫ぶ。
「……止まれ! 行くなっ」
 咲穂が、強く念を込める――


「結愛。追いついた、あいつらだ!」
「はいっ。洋さん」
 洋の声に応え、結愛が大きく相槌を打つ。
「ち。守の民どもめが。だが天神之清門(あまかみのせいもん)は必ず開くぞ。彼奴(きゃ
つ)らが何を企んでいるのかは知らぬが、どちらにしても思い通りにはさせぬ」
 黒蛇真教の男が叫ぶ。数人の男達がいるが、実質的に戦える術士は彼一人のようだった。
咲穂相手に影を使っていたが、それもすでにネタがばれている。注意して戦えば、勝てな
い相手ではない。
「俺はまだ世界を終わりにされる訳にはいかないんだよ」
 洋が苦々しく呟く。
 世界を終わりにする。その言葉の意味はわからない。綾音と十六夜が何を企んでいるの
かも、目の前の男達が何を企んでいるのかも。
 それでも。正しくない事をしようとしているのはわかる。
 いや、本当はそんな事はどうでも良かった。
 結愛が、泣いているから。
 洋にとって、理由はただそれだけで十分だった。いつも笑っているはずの結愛の笑顔を
取り戻したい。それだけで。
「結愛、いくぞ。奴らを止める」
「はいっ。洋さんっ」
 元気良く応える結愛。しかしその顔にいつもの笑みはない。
 綾音の事が気になっているのだ。彼女の唯一といってもいい友達の事が。
「奴らを止めたら。皆の元にすぐ戻ろう」
「はいっ」
 洋は微笑みながら、静かに答える。
「いきますっ。いきますっ。
 八卦より選ばれしもの、我は汝を使役せす。いっちゃえーっ! 離(り)!」
 得意の炎の術を生み出していた。
 炎はいくつもの円と化して、男めがけて襲いかかる!
 黒蛇真教の男は、影を何とか操り術を防いでいくが、それで手一杯だった。前から横か
ら襲いかかる炎を影ではたき落とし、それに対抗する術も持たない。
 それと同時に洋が駆けていた。男の眼前に迫る。
 影が突き出される。しかしその影は拳に乗せた魔力でなぎ払った。
「悪いな!」
 洋が叫ぶ。その拳に魔力を乗せて男を正面から殴りつける。
「くぅ!? ぐぅわぁぁぁ!?」
 男が絶叫する。洋の懇親の一撃を受け、大きな絶叫を響かせる。
「死にはしないだろうけど、もう闘う事は出来ないな。さて、お前達は術は使えないよう
だが、まだ続けるか?」
 洋の台詞に、「ひっ」と黒蛇真教の生き残り達が叫んで、散り散りに逃げ出していく。
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