僕まほ2「昨日の夢を見つけたら」 (21)
「そうだ。お前を使役する為に呼び出した。黒蛇の元にな」
 黒蛇真教の男が告げる。
『使役する? ばかばかしい。我が人間などに使われると?』
 冷たい声で答える。
「そうは行かないわ。貴方は私が使役する」
 綾音が淡々とした声で呟いていた。
 その、瞬間。ただでさえ強大な綾音の力が、一気に増していくのがわかる。
「雪人の力を引き出しているのか!?」
 冴人が叫んだ。
 しかし綾音はそれには答えない。ただ天使に向けて、強く命ずるだけだ。
「さぁ、私の意志に従いなさい」
 綾音は静かに告げる。
『……ぐぅ……ぐが……』
 天使は、その言葉に抵抗の様子を見せる。
 しかし、それも一瞬の事。その目から意志の光が消える。
「それでいいの。私に従うのよ。世界を、滅ぼす為に」
「そうだ。中津国は滅びるべきなのだ。そして、新しい世界を我々の手で作ろう」
 黒蛇真教の男が笑いながら叫ぶ。
「それもお断りするわ」
 綾音は、微笑みながら。天使に命じていた。
「まずは、地を這う者を片づけなさい」
 天使に、そう命じていた。
「なに!?」
 黒蛇真教の男が叫ぶ。
 その瞬間。天使がふわりと音も無く翼を広げて、彼等へと向かっていた。
「裏切ったか!?」
「心外だな。俺っちは初めから協力するつもりなどない。あんた達を利用させてもらった
だけだ。天使を降臨させる為に、必要な磁場を揃えるのにね」
 十六夜はけだるそうに呟くと、その時初めて気が付いたように、洋達へと視線を移した。
「おや。ご到着だね。それでは、これから始まる劇を君達も閲覧していくといい」
 十六夜はまるで何事も起きていないかのように、悠々とした声で答えていた。
 そして。その刹那。
 天使が、鋭い爪を伸ばし黒蛇真教の一団へと襲いかかる!
 ガキィ! 鋭い音が響く。
 だが、黒蛇真教の男は全くの無傷のままだった。なぜなら、天使の爪はすんでのところ
で防がれていたからだ。
 異形の鬼によって。
「羅刹……いや、阿修羅か!?」
 冴人が思わず叫んでいた。
 冴人の視線の先に立っていたのは、手が六本もある異形の鬼。
「ばかな!? 神位(かむい)にある霊族が二体もあるだと!?」
 咲穂が叫ぶ。
 神にも等しいと呼ばれる力を持つ者達。それが、いまここに二体ある。一体でも人を滅
ぼす事が出来ると言われているのに。
「ばかめ。天津神を呼び出したとて、いい気になるなよ。こちらにも国津神がある。完全
を期す為に天使を求めたが、阿修羅だけでも十分行えるわ!」
 黒蛇真教の男が叫ぶ。にやり、と嘲笑すら浮かべて。
「どちらでも構わないわ。私は、いえ私達は貴方達に協力するつもりなんてないし。かと
いって」
 綾音が皆の方へと振り向く。
「守の側に組みする気もないもの」
 綾音は、どこか愁いを込めたような声で呟く。
 だが。
「まずは、その阿修羅を倒しなさい。その間に私達は」
 綾音はゆっくりと告げる。
「守達を、止める」
 静かに、告げていた。
「綾ちんっ。どうして? どうしてこんな真似をするの? 雪人まで連れ去って。どうい
うつもりなの? わからないよ、私、わからない」
 結愛が思わず声を高らげていた。
 困惑した瞳で、しかしまっすぐに綾音を見つめて。
「結愛。私は貴方が好きよ。天守の多くから落ちこぼれだと言われ続けて、それでも、ど
んなに辛くても、前を向いていた貴方が」
 綾音は静かに答える。
「貴女は力では到底、私には及ばない。魔力や術力の量も、技の巧みさも、術士としての
駆け引きも。でも、それでも私は貴女が羨ましかった。
 いつでも前を向いていられる心が。何にも負けない強さが。
 私は、勝てなかったから」
 綾音は静かに、まるで感情が無いような声で告げる。
「私は里の誰からも一目おかれていた。でも、それだけ。あるいは、腫れ物のように思わ
れていたかもしれない。里長すら及ばない私の力に。皆は、畏敬こそ抱いても」
 綾音は、ゆっくりと皆を見回していた。そして。一同を。
 結愛を、洋を、冴人を、じっと見つめる。
「愛されてはいないから」
 綾音は、鋭く切り裂くような声で告げる。
 そして、それが闘いの合図だった。綾音が印を切り始める。
「綾音さん! それは……」
 冴人が叫びを上げる。
 しかし、それも次の瞬間。かき消されていた。
 風が音を止めていた。
 空気が、一気に収束していく。強く、濃い凝縮された空気によって、空間が歪む。
「ばかな。この場の空気を全て集めるつもりか!? そんな事が」
 出来るはすがない。咲穂が叫ぶ。
 当然の事ではあるが、ここは洞窟の中とはいえ大気はどこまでも続いている。いちぶ失
われたとしても、必ず力から補給されるのだ。
 確かに空気を全て無くせば人は呼吸も出来なくなる。
「仕方有りません。こうなっては、どうあっても止めるしかありませんね」
 冴人が、冷たい声で呟いていた。
 その瞬間。天使が、羽根を広げ。そして一同を巻き込んだ闘いが、始まろうとしていた。
「巽(そん)!」
 冴人が呪文を唱える。
 綾音の術に干渉しようというのだ。しかし綾音の術は強力で、それだけでは崩れようと
はしない。
「ただでさえ強力な力が、雪人によってさらに強化されていますか。私程度の術では、対
抗できませんね」
 冴人は焦りも見せずに淡々と告げる。この術のもろさも見破っていたからだ。
「雪人! ここにこい!」
 冴人が叫ぶ。
 その、瞬間。ゆっくりと雪人が姿を現していた。
 雪人は守の民の強い願いによって姿を現す。恐らく綾音や十六夜は、それを利用してこ
こに連れてきたはずだった。
 だが、綾音や十六夜の言葉にしか反応しない訳ではない。
 ぼんやりと姿を現していく。一人の、見目麗しい青年の姿をとって。
「僕を、呼んだのは。君だね? 冴人」
「ああ。雪人、君は忌み杜に戻るんだ。強い願いが聞こえるだろう?」
 冴人の声に、白い肌の青年――雪人は、静かに首を振るう。
「確かに聞こえる。でも、それ以上に強い願いがここにある」
 静かに告げる雪人に、しかし冴人は再びゆっくりと返す。
「その、願いは? 一体」
 冴人の言葉に、ぴくんっと綾音が震える。
「雪人。構わない、帰りなさい」
 となえかけた術すら中断して、綾音は鋭い声で答えた。
 雪人は軽く手を挙げて、すっと消える。
「さすがは冴人ね。そんな風にこの術を破るなんて。雪人は守の民に対しては嘘を付く事
も隠し事も出来ないものね」
 綾音の言葉と共に、薄くなり掛けていた空気が、むぅっと濃さを増す。
「考え直しませんか? あの阿修羅を倒して、天使を天に還しましょう」
 冴人は、まっすぐに綾音を見つめる。しかし綾音は軽く首を振った。
「それは、出来ない相談ね」
 寂しげに、告げた。

 一方。他方では天使と阿修羅の闘いが始まっていた。それは、壮観というしかない風景。
 光が、炎が、風が、轟音と共にまき散らされ、生まれ消える。
 その前に。黒蛇真教の生き残り達が立ちふさがった。
「守の民どもめ。はかったか? しかし、もはや構わん。全て殺せば済むまでの事」
「殺されてたまるか! 地守として、俺はその阿修羅を封印する」
 咲穂が叫ぶ。
 ちゃっ、と音をたてて物干し竿を抜きはなった。
「乾兌離震巽、坎艮坤(けんだりしんそん、かんごんこん)。
 八卦より選ばれしもの、我は汝を使役せす。誘え、艮(ごん)!」
 山を意味する八卦を招来する! それを物干し竿の上に力を乗せていた。
 刀を振るう! その瞬間。鋭いトゲとなった石つぶてが、黒蛇真教の生き残り達にめが
けて降り注ぐ。
「ばかめ、この程度の術はきかぬ」
 黒蛇真教の男はにやりと笑みを浮かべて、手を大きく翳した。
 その瞬間、影、が現れていた。
 男の足元から、蛇の形をした影が何匹も宙に具現化する!
 キシャー! 咆哮を上げ、石つぶてをことごとく食らう。
「影師か!」
 咲穂は怒鳴るようにして声を上げると、物干し竿を眼前にまっすぐに立て、呪文を唱え
始めた。
「いでよ、震(しん)!」
 雷を召還する! 物干し竿にこんどは雷撃が宿り、ばちばちと火花を散らす。
「なら、影のスピードが俺の剣についてこれるか。試してやる!」
 物干し竿を脇に構え、そのまままっすぐに駆け出していく。
 影蛇が、男から咆哮を上げながら向かう!
 しかしその影を切り払い、あるいは避けながら男へと踏み込む!
「もらった!」
 咲穂の渾身の一撃! 大きく上段から、一気に物干し竿を振り下ろす。
 だが。
 ガギィ! 鈍い音を立てて、影が咲穂の刀を止めていた。
 今までの影と違う、太く濃い影。
「こいつが本体か!」
 咲穂は、さっと横っ飛びで避ける。
 その瞬間、今いた場所に幾重もの影の槍が放たれていた。
 ザン! その影を全てまとめて叩き斬る。
「震(しん)!」
 同時に、雷を呼び出す。雷はバチバチっと大きくスパークさせ、大きな光を放った。
 影が、刹那消える!
「とどめだ!」
 咲穂の一撃が、影師の男を捉えようとしていた。
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