僕まほ2「昨日の夢を見つけたら」 (20)
「意気込んで助けにきた割には、結局出し抜かれたんだってね。相変わらず全く役立たず
な事ね」
 結愛や冴人、あるいは綾音と比べるとやや年上の女性が、刺々しく告げていた。社の中
の空気が、ぴんと冷たく張り詰める。
「奈月。言い過ぎ。皆。がんばった」
 和服の女性が、ぷつぷつと途切れ途切れの言葉で嗜める。しかし奈月と呼ばれた女性は、
短めの髪をかきむしって、いらいらとした口調で言葉を続けていた。
「星佳の言いたい事も分かるけどね。ま、出来そこないに、只人に。半人前の候補生に、
裏切者の添じゃ、期待するだけ無駄だしね」
 奈月は、ぶつぶつと告げながら一同をじっと見詰める。
「お言葉ですが、私達より先に出し抜かれたのは貴女達の方でしょう。雪人を守る事も出
来なかった守につべこべ言われたくはありませんね」
 冴人はふっと鼻で笑うと、辺りをくるりと見回した。
 主だった術士は殆どここに揃っている。だが皆殆どが怪我で動く事すら出来そうもない。
 奈月と星佳の二人の天守だけが、なんとか体を動かす事が出来るくらいだ。しかし彼女
達にしてもあちこちに痛々しく傷跡を残しており、とても戦うに足るとは思えない。
「ふん。冴人、そもそもあんたが自分の守の動向も掴めていなかったから、こんな状況に
陥ったんでしょうが。少しは責任感じてほしいけど」
「責任は感じていますよ。少なくとも天守の主格でありながら、雪人を守る事も出来なかっ
た人よりはね」
「なんですって」
 二人の険悪な様子に、星佳と呼ばれた女性が割って入る。
「奈月。今。それ。違う」
「はいはい、わかったわかった。本題に入ればいいんでしょ。とにかく知っての通り、綾
音と十六夜の二人が裏切って雪人を連れ出した。雪人がなぜあの二人に応えたのか分から
ないけど、二人とも守の民だしね。強力な術士でもあるから、そのせいかもしれない。雪
人は自分自身の意思はあるけど、善悪の判断はしないから」
 奈月はどこか苛ついた声で告げると、辺りを見回した。
「目的はわからないけど、黒蛇真教の生き残りが里に襲ってきた事から考えても、それと
何か関連があるはず。そこで彼等の行く先を調べて欲しい。私もいきたいところだけど、
今は動けないから」
 奈月が鋭い声で、言い放っていた。
「分かりました。それでは僕達四人が行ってくるとしましょう」
 冴人が見かけだけは恭しく告げ立ち上がろうとした瞬間、ふと奈月が口を挟む。
「冴人はまだしも、結愛。貴女は皆の足を引っ張らないようにね。貴方が天守になれたの
は、半分はお情けなんだから」
 冷たい声で告げる。だが、その声に答えたのは結愛では無かった。
「まてよ。あんた何いってんだよ」
 今まで口を挟もうともしていなかった洋が、不意に声を荒げる。立ち上がり、その目を
すぅと細めた。
「結愛が天守になれたのは、結愛のがんばりがあったからだろう。それを不当に卑下する
なんて、あんた何様なんだよ」
「……貴方が、雪人のお情けで添になれた只人か。ま、落ちこぼれのあの子にはぴったり
の添かもしれないけど」
「なんだと」
 洋の声に、険悪なものが含まれる。
「洋さん洋さん洋さんっ。いいんですいいんですっ。私は何言われてもも平気ですから。
だから、早く行きましょう。いっこくを争うますですっ。ほら、はやく」
 結愛が二人の間に割って入ると、洋を押すようにして、二人だけで外へと向かう。
 確かに時間もない。綾音の様子も気になる。ここで喧嘩している場合ではないのは分か
る。渋々と洋は外へと向かっていく。
「結愛。お前は頭にこないのかよ?」
「……私は落ちこぼれだから。仕方ないんです。いいんです。これからがんばるですから。
そしたらきっと認めてくれます。ふぁいとーっ、ですっ」
 えへへ、と声に出して笑いながら、結愛はガッツポーズを一つ。
「そうだな。あいつに認めさせてやろう。見返してやらなきゃな」
 ぽんと頭に手を置いて。そして、ちらりと今いた部屋を見つめてみる。
 咲穂が後から一人出てきていた。ふん、と冷たく声を漏らした。ただ、その視線が今ま
でよりも、暖かくなったような、そんな気もしていた。


「追ってくるかしらね」
 綾音が淡々と声を漏らす。山道を二人、走っている。
「そりゃ、もちろんくるさ。雪人は守の民の宝だしね。それをうちらが連れ去ったとなれ
ば、追ってこない訳がないよ」
 十六夜は飄々と言ってのけると、走りながら懐から煙草を出す。
「私は煙草は嫌いよ」
「へいへい。わかりましたよ。いまは従いましょ。時間もない事ですしなぁ」
「ええ。時間がないわ。間に合わせなければ。私の時間が何だったのか。わからなくなる
もの。あの時の事、未だに忘れられないわよ」
 綾音が苦々しく呟く。
「ま、俺っちはその件についてはノーコメントでいかせてもらうよ」
 十六夜は両手を肩の辺りで広げて、綾音の顔をちらりと横目で盗み見る。
「……私は弱いかしらね。これも逃げているのかもしれない。あの時の屈辱は、今も私の
中にあるもの。私は、やっぱり天守を憎んでいるのかもしれない。あの時、連れ去られる
のを防ぐ為に無理矢理」
「それ以上言わなくていい。俺っちは、事の顛末を知ってる。そして、あの時以来だ。俺っ
ちも天守を憎みだしたのは」
 十六夜が僅かに顔を伏せる。
「でも、貴方は強いわ。いまも憎しみで動いているのではないもの。私は、私は違うかも
しれない」
「さぁ、わからないね。とにかく、雪人を連れて『天使』を呼び出そう。
 世界を。終わりにする為に」
 十六夜はただ、静かに呟いていた。
 綾音がこくりと頷く。
 時間がない。もう時間がないのだ。
 あと一時間もすれば、全てが始まってしまう。間に合うだろうか。綾音は一人、自らに
問い合わせる。
 だが、間に合わせない訳にはいかない。
 世界が、終わる前に。早く。
 綾音は足を速める。ただ、気だけが急いていた。


「黒蛇真教は、かつて冷鍾洞(れいしょうぐう)という洞窟の中に本拠を構えていました。
冷鍾洞は霊場の一つで、儀式的な術を使うのに適していたのです。まずはそこに向かいま
す」
 冴人は淡々と告げる。皆の答えも聞かずに印を組み始めていた。
「ふぇ? でもでもでも、あそこは封印されたってききましたーっ。そんなところにいっ
ても意味あるのかな? どうなのかな?」
 結愛はきょとんとした顔で訊ねる。ぐぐっと首を左に傾けていた。
「この手の封印は時間を掛ければとけない事はない。かつての本拠地であれば、特性を知
り尽くしているからな。利用していてもおかしくはないだろう」
 咲穂は、印を結んでいる冴人に変わってか、やや高揚した声で答えていた。その目が、
どこか柔らかくなっているのは、気のせいではないだろう。
「ふぇ。なるほどなるほどですーっ」
 結愛がぽんと目の前で柏手を打つ。
 その瞬間に、冴人の術が発動していた。有無を言わせずに全員を包み込む。
「巽(そん)!」
 移動の術を唱えていた。巽の術では霊場である冷鍾洞に直接飛ぶ事は出来ないが、近く
まで移動する事は出来る。
 びぅん。と冷たい音が響き、風が皆を包み込んでいく。
 ふ。と、目の前が真っ暗になって洋はまぶたを閉じる。ぐっと、圧力が身体に掛かる。
 この移動の術も、何度となく体験してきたが、未だに慣れはしない。
 しばらくして、ふっと身体にかかる重圧が消える。
「ここで、当たりのようですね」
 不意に冴人が声を漏らす。
「綾音さんは、ここにいます。この洞窟の奥に」
 冴人は、強い意志を感じさせる言葉で呟く。
 感じているのだろうか。綾音が、自らの守がいる事を。
 洋も感じた事がある。結愛の想いを。
 心の奥底で確かに二人は繋がっているのだと感じた。
 そっと、その中にあった温もりも。
 思い出して、ぎゅっと手を握る。
 その、瞬間だった。
 つんざくような鋭い音が響いたのは。思わず耳をふさぐ。
「なんだ!?」
 洋は怒鳴るように呟く。
 何かが、この奥で始まっていた。
 鋭い、軋むような音。冷たい音。
「ふぇぇ。私にもわからないですっ。でもでもでも、とにかく行ってみましょう。大変な
事が起きてるです。きっと。例えていうならハリネズミが……」
「そうだな、いくぞっ!!」
 結愛の台詞を途中で遮ると、洋はだっと走り始める。
「あああっ、皆まで聞いてください! 洋さん、いじわるです」
 結愛が寂しそうに告げるのを横目に、冴人と咲穂も駆けだしていく。
「ふぇぇっ」
 小さく呟いて、結愛も仕方なくその後ろを追った。
 洞窟の中は暗い。
「離(り)!」
 冴人が小さく呪文を唱え、術の明かりを作り出した。
「向こう側のようですね」
 確かな音は今でも鳴り響いている。
 キィィィィン、とだんだんと甲高く、つんざくような音へと変じながらも。
「なんだか。違和感を感じないか?」
 洋がぽつりと呟く。
 その瞬間だった。
「……まさ、か!」
 冴人が強く叫んだ。
「天使が、降りた!?」
 響かせた声と共に、皆は一気に走り出す。
 しばらく走ると同時に、洞窟は天井の高い広いドーム状の空間へと姿を変えていた。
 そして、そこに。
 数人の男女。恐らくこれが黒蛇真教の生き残り達だろう。黒い儀式衣装に身を包んでい
た。
 その向かいに、綾音と十六夜の姿。
 それから、彼等を見渡すようにして。その間に、一人の、天使が降りていた。
 白い翼。白い衣装。
 確かに、天津国の住人。
 人を、汚す、もの。
『私を呼びだしたのは、お前達か』
 天使は、神々しいとすら思える声で、静かに告げる。
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