僕まほ2「昨日の夢を見つけたら」 (17)
「現在、鷺鳴様を始めとして天守の術士は、殆ど姿を見せません。ただ唯一、紫苑だけが
ケガをして倒れているのを見つけました」
 冴人は皆を見回して、ゆっくりと告げる。
「紫苑は現在も療養が必要な状態です。しかし少しだけ話を聞く事が出来ました。
 鷺鳴様を始めとした術士の多くは、黒蛇教団の生き残りと戦い負傷したそうです。私が
捕らえた女性は、そのうちの一人に過ぎないようですね。
 そこで忌み杜(いみもり)へと引いたようです。雪人(ゆきと)をつれて」
「忌み杜に!」
 声を上げたのは咲穂だった。
「なんだ? そのイミモリって?」
 きょとんとした声で洋が訊ねる。
「忌み杜も知らないのか!? おい、天守の一族は一体どんな教育をしているんだ!」
 咲穂は大声で冴人に向け食ってかかっていた。
「ふぇぇ。ご、ごめんなさい。私がきちんと話してなかったからです。ごめんなさいです。
冴人くんは何も悪くないです。洋さんも」
 結愛が慌てて言葉を挟む。ふん、と咲穂は吐き捨てるように告げた。
「いや、俺の勉強不足だ。結愛は悪くない。それよりだ、今はそんな事を言ってる場合じゃ
ないんだろう? 悪いが説明してくれ」
「そうですね。話を先に進めましょう」
 洋の言葉に、冴人が一同を見回す。皆、誰も異存はないようだった。
「忌み杜は、守の民の隠れ里の一つです。ただし、誰も住まない。天と地のみが住む里で
すけどね」
「どういう事だ?」
「忌み杜は守の民の里でありますが、守の民はそこに決して立ち入る事はありません。な
ぜなら、そこはもっとも天と地に近い場所だからです。
 すなわち、恐らく黒蛇教団の生き残りの目的。天の降臨を叶えうる場所でもあります。
そこは中津国のどこよりも結界が薄く、天の者も地の者も近く、召喚がたやすくなるので
す。
 天守も地守も、その地を守り続けているのが存在理由の一つでしょう。だから、強力な
結界を張り誰も立ち入らないようにしていた。
 しかし万が一にも雪人を渡す訳にもいかなかったのでしょう。そこで敢えて禁断の地に
立ち入ったと考えられます」
 冴人はゆっくりと告げる。
「雪人、か」
 洋はぽつりと呟いた。
 かつての事件。結愛と再会した時の事件も、雪人を狙って起きたものだった。
 雪人は、守の民の宝。意思を持つ力だ。
 その力は天をも揺るがすといい、その正体はかつての守の民達の魂の集合体なのだ。
 従って雪人という一人の人物がいる訳ではない。そして雪人という物がある訳でもない。
 ただ確かに守の民の意思に応え、力を貸し意思をつなぐものなのだ。
 天守と智添。あるいは地守と力添が互いの力をやり取り出来るのも、場合によっては意
思を伝えられるのも。雪人を通じて契約を結ぶからだ。
 魂の集合体である雪人は、互いの魂を結び付ける力がある。
 だがそれゆえに、もしも雪人の力を手に入れたとすれば、多大な力を扱う事が出来る。
天すら脅かす程の、力。
 しかしその為に、結愛は天守から見捨てられる事になった。忌々しい力。
「私達も、とりあえず忌み杜に向かう事にしましょう。恐らく敵も忌み杜へと向かうはず
です。雪人がそこにある以上は」
 冴人の言葉に皆が頷く。
 どちらにしても仲間と合流した方がいいのは間違いない。現状を完全に把握した方がい
いし、もしかするとこうしている今にも侵攻されている最中なのかもしれない。
「そうだな。雪人を奪われる訳にはいかないだろう。天守だけでなく、地守にも雪人は大
事な宝だ」
 咲穂が苦々しく告げる。
「雪人……雪人。そういえば、何か忘れているような」
 結愛がきょとんとした顔で、首を傾げる。しかし思い出せないのか、そのまま身体ごと
ゆっくりと左へと倒れていく。
「あ!」
 突如、ぽん、と柏手を打って、結愛は洋へと視線を移す。
「雪人っていえば。みゅう! みゅうってばてば、あの子、どこにいったんでしょう?」
「そういや、みないな」
 洋が思いだしたかのように答える。
「ふぇ〜。みないですみないですー。あの子の事だから、心配はいらないと思うんですけ
ど」
 結愛は眉根を寄せて、むぅぅぅ、とうなり声を上げていた。
「まずいですね。万が一、綾音さんが荷担しているとすれば、彼女はあの忌々しい小動物
の事を知っています。
 力を、手にしているかもしれません」
 冴人は静かに告げる。ただその表情に、やや憮然としたものが浮かんでいるのは、隠し
きれていなかった。
「みゅう? 何の事だ?」
 咲穂は、眉を寄せて尋ねる。それも無理の無い話だ。みゅうの事を知っているのは、洋

と結愛、冴人と綾音の4人だけのはずだから。
「みゅうは、みゅうみゅうなくからみゅうなんです」
 結愛がずれた答えを返す。
 このぼけぶりも久しぶりに見た気がする。当然のことだが、咲穂は余計にわからなくなっ
て、眉間に皺を寄せる。
「みゅうは仔猫だ。ただし、雪人の欠片のな」
「雪人の!? どういう事だ?」
 洋の言葉に、咲穂が大きく声を上げた。
 雪人は大きな力を持つ存在である。みゅうは例えその一部とは言え、それでも十分な力
を持っている。
 もしもその力を手に入れられれば、普通の術士よりもずっと強い力を行使できる。
「話せば長くなるけどな。とにかく、雪人の一部が仔猫に姿を変えているんだ。そいつが
みゅう。俺の家に住んでいたんだが、ここ数日、確かに姿を見ていない」
 洋の説明に、咲穂はますますその顔を憮然とさせる。
 もしかすると例え一部とはいえ、守の民の至宝である雪人が知らないうちに個人の傍に
ある事が気に入らなかったのかもしれない。
「まぁ、とにかく事情はわかった。綾音もそのみゅうとかいう猫の事を知ってるというん
だな。もし、彼女がその力を手にしていたとすれば、厄介なのはわかった」
 咲穂はしかし、物干し竿をかちゃんと鳴らした。
「だが、どちらにしてもいくしかないだろう。その猫を探し回る訳にもいくまい。天守の
長老達と合流すれば雪人の力もあるはずだ。所詮欠片は欠片だ。問題にはなるまい」
「そうですね。とにかく合流した方がいいでしょう。私達だけでは彼等に対抗するのは難
しいですしね」
 咲穂の言葉に冴人が頷く。
 ただ結愛だけが、どこか寂しそうな顔をして、俯いていた。



「ここが入り口?」
 洋は思わず呟いていた。何の変哲もない、ただの森の中だ。確かに「忌み杜」というだ
けに森の中にあるのかもしれないが、それにしても守の民がずっと守ってきた聖域とはと
ても思えない。
「只人が入られないように、封印を施してあるんだよ。もちろん結界も天守や地守の里よ
りも強く張ってある」
 咲穂は洋へと振り返りもせずに言葉を紡ぐ。
 その間にもいくつかの印を切り、そして口の中で軽く呪文を唱えていた。
「開け! 四海の門。人智外の場所よ。我が血、我が言(こと)に応え」
 カ! 辺りが一瞬、強く光る。
 その瞬間。確かに、そこに小さな道が開かれていた。先程まで鬱蒼と茂る木々だけが見
えたというのに。
「この呪文は守の民の中でも決まった人間しか唱える事が出来ない。……俺は里長の血を
引いているから。最近、教えられた」
 淡々と呟いていた。ただその中にはっきりと苛つきを感じていたが。
 ここにいる四人が四人とも、程度の差はあれこそどこか雰囲気が悪い。
 自らの相方たる人間が、あるいは友人が敵対するかもしれないこの事態にか。
 特に咲穂は感情を隠すのは苦手なようだった。洋にも、彼女の苛つきははっきりとわか
る。
 もっとも洋にしてみれば、彼女が苛ついていない表情は見た事も無かったが。思えば初
対面から斬りつけられたりして、散々な出会いだったのだから。
「洋さん」
 結愛が珍しく小声で洋の名を呼んだ。
 ぎゅっと、服の裾を握る。まるで迷子の子供のように。
 結愛にはやや子供っぽいところもある。しかし端から見えるほど子供でもない。彼女な
りの強さを持っているから。
 だけど今は、どこか不安に怯えていた。
 これから起こる何かを感じ取っているのだろうか。
 洋は何も言わずに、結愛へと振り向く。
 だけど笑えはしなかった。微笑む事も出来ない。
 ただ。
 結愛の手を、ぎゅっと握り返した。
 冬空にか、それとも襲い来た感情にか。その手はとても冷たかった。
 だけど。静かに、温もりが伝わっている。
 結愛の顔が、僅かに解ける。
「いきましょう」
 その瞬間。冴人が囁くように、告げていた。
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