僕まほ2「昨日の夢を見つけたら」 (16)
「さて。厄介な状況になりましたね」
 冴人が淡々と声を漏らした。
「そうだな。まさかあいつがこの件に関わっているだなんて、俺も思いたくはないが。し
かしこの状況からすれば、間違いないようだ」
 咲穂が苦々しい声で呟く。
「私だって信じたくはありませんね。まさか。まさか守の民から、裏切り者が現れただな
んて」
 冴人は右の眉をつり上げる。
「あの鬼は。あいつが呼び出したものなのか?」
 洋は、二人を見回す。咲穂が「恐らく、な」と答える。
「先程もお話した通り、黒蛇真教の生き残りの女性を捕らえました。貴方達がみた映像で
私が闘っていた羅刹は、彼女が呼び出したものです。しかし私達が彼女を捕らえ、尋問を
行っている最中にも、同じ羅刹が現れる。これは偶然でありえません」
 苦々しく呟く。
「羅刹を呼び出す。この事自体、実力のある術士でなくては行えません。しかも常に同じ
羅刹を使役するとなると、かなりの術力が必要となります。
 これがどれだけの力を必要とするのか。恐らく天守の里でもこれが可能なのは、綾音さ
んくらいのものでしょう」
 そこまで言って、冴人は一度、皆の顔を見回していた。咲穂の顔が、やや悲しげに引き
つっている。
「しかし、私と咲穂さんの二人で捕らえた黒蛇真教の女性は名うての術士ではあるでしょ
うが、そこまでの力はありません。つまり、彼女は羅刹を制御する力だけを与えられてい
たのであり、彼女自身が羅刹を呼び出した訳ではない。
 羅刹を呼び出したのは、その背後にいる人間。他者に自分の呼び出した羅刹を制御させ
る事が出来る程の術士。
 だけど」
「それほどの術士は殆どいない、か」
 洋が冴人の後をついで呟く。こくりと冴人が頷く。
「そうです。そして、結界を破らずに天守の里に入る事が出来るのは。守の民と、それに
つれられた者のみ。
 しかし結界を破った様子はありません。ならば、黒蛇真教の女性は守の民の誰かが連れ
てきた事になる。
 そして、それだけの力を持つ術士は天守には一人。綾音さんだけ。彼女の姿も今は見え
ません。その可能性もない訳ではないでしょう。
 しかし、もう一人だけ候補がいます。それが」
「……地守の術士。そして俺の力添。十六夜だ」
 咲穂が苦々しく呟く。
 ぎゅっと物干し竿を握りしめる。
「あいつが!?」
 洋は思わず声を荒げていた。
 言われてみれば思い当たる節はなくもない。
「ええーっ。でもでもでもっ。十六夜さん、地守の中でも重要な立場にある方ですし。ま
さかまさかまさかですーっ。そんな筈ないですよ」
 結愛が慌てた声を漏らす。
 洋自身も、まさか、とは思う。確かに天守に対して、いい感情はもっていないようだっ
た。しかし、それならばここにいる咲穂の方がよほど強い感情だった。その為にここまで
やるとは考えにくい。
「十六夜が呼び出したと限った訳ではない。誰か他の守の民が、強大な術士を伴って連れ
てきたのかもしれん」
「……そうですね。それに、考えたくありませんが、綾音さんがこの事態を巻き起こした
可能性だって0ではないのです。
 彼女もどこか様子がおかしかった。何かを知っているのかもしれません」
 今度は冴人が苦々しく告げる番だった。
「綾ちんが!? そんなことないよっ。綾ちん、いつもあんな態度だけど、ホントは天守
のみんなが大好きなんだからっ。そんなこと絶対ないっ。ないったらないよっ」
 結愛が珍しく声を荒げていた。
 いや、彼女が声を大にする事は珍しくはない。しかし人の言葉に反抗するような声は、
滅多にあげる事がなかった。
 基本的に人とずれているからでもあるが、彼女自身、あまり人の意見に反論するタイプ
ではない。十六夜の時も反応はしていたが、強い反論ではない。
 だけど今は確かに強く反応していた。
 かつて候補生時代、綾音と結愛はいつも一緒に行動していた。かたや天守の天才、かた
や落ちこぼれ。しかし相反する二人は、しかしなぜか惹かれあっていた。いや、結愛が一
方的につきまとっていたという表現も出来るだろうが。
 結愛は綾音が好きだった。綾音がどう思っているのかは、はっきりとはわからないが、
結愛が綾音を好きな事は端からみてもよくわかる。
 憧れ、なのかもしれない。
 綾音は結愛にないものを多くもっている。術の才能。強い魔力。賢さ。要領の良さ。精
神的な強さも。綺麗で冷静なところも、落ち着きがあり自立しているところも。
 結愛はなれるものなら、綾音のようになりたかった。強く願っていた相手。
 彼女が天守の里へ敵を導き入れたなんて考えたくもない。
「もちろん、そうと決まった訳ではありません。しかし考慮の一つに入れておく必要はあ
ります。例え万が一の場合、不意を付かれる事になりかねませんから」
「……うん」
 冴人の声に、こくりと頷く。しかしその顔は納得したものではなかった。
「何にしてもだ。天守、あるいは地守の随一の術士、どちらかが相手になる可能性が高い。
心してかからなくては」
 咲穂が絞り出すような声で告げる。彼女も口ではなんと言おうと、十六夜を尊敬してい
た。そして辛い立場にある。
 恐らく彼女にしてみれば、天守とこうして協力関係を築きたくなどないだろう。しかし
十六夜が、自らの力添が引き起こしたのだとすれば、この事態を捨て置く訳にはいかない。
 長老直系の血筋として。将来、地守を背負ってたたなければならないものとして。
「いえ。それは違います」
 冴人が不意に咲穂の声を遮る。
「どう違うっていうんだ?」
 咲穂が怪訝な顔で、冴人を見つめていた。どうみてもこの状況では、誰か守の民が手助
けした確率が高い。違うはずもないのに。
 しかし冴人は何気なく。何もなかったかのように、ゆっくりと告げた。
「どちらか、ではありません。最悪、二人を同時に相手する必要があります。もしかする
と二人は手を取り合っているのかもしれないのですから」
「な!?」
 咲穂が叫んでいた。洋も、ごくりと唾を飲み込む。
「二人に接点は殆どありません。たまに行事の時に顔を合わせる程度。確かに考えにくい
事です。しかし、だからといってないとは言い切れません。私達は術士です。他にわから
ない方法で連絡をとる事とて容易い事ではないですか?」
 冴人の言葉に、皆が言葉を失っていた。
 もちろん術を使えば、その痕跡は残る。鋭い術士なら、その痕跡を辿る事は可能だ。し
かし綾音に十六夜の二人に敵う術士など、殆ど存在しない。さらに彼等が連絡をとりあっ
ていたとしても、それを不思議に思う者など皆無に等しいだろう。二人は互いに守の民な
のだから。たまたま出会ったその時に親交を深めたとしても不思議ではないし、二人は異
性同士だ。恋に落ちた事だって考えられなくはない。
「物事は常に最悪の事態も把握しておかねばなりません。特に」
 冴人は、いちど言葉を区切る。
「難敵を相手する為には」
 淡々と告げたその言葉に、どこか寂しさを感じたのは。
 洋の気のせいだったのかもしれない。



「大した手際の良さね。恐れ入るわね」
 綾音は淡々と呟いていた。どこかの部屋の中で、ぐるぐる巻きにして椅子に座らされた
状態で。
「そうかい? おほめに預かり光栄だね」
 十六夜は煙草に火をつけて、一気に吸い込む。
 ぶわ、と煙を吐き出していた。
「で、どうしてこんな真似を仕出かしたのかしら? 地守の長老部に入る事すら渇望され
た貴方が」
「おや、まだ気が付いてないのかな。君ならとっくに気がついてるとばかり思っていたけ
どねぇ。十年前のあの事件を知っている君ならね」
 煙草を灰皿に置くと、にやりと口元に笑みを浮かべていた。
「あの事件、ね。じゃあ天守への復讐ってとこかしら?」
 綾音はつまらなそうに声を漏らす。
「おー、ビンゴ! 正解」
「嘘つき」
 楽しそうに言う十六夜に、冷たく声を返す。
「貴方はそんな事は考えていない。例えあの事を恨みに思っているにしても」
 綾音の言葉に、不意に十六夜が笑みを零す。先ほどまでの不敵な笑みではない。どこか
優しげな、微笑み。
「だけど、妹は、確かにあの時死んだ」
 台詞とは全く似合わない十六夜の微笑みをみていると、急に綾音の肩がぞくりと震えた。
 怖い。
 確かにそう思った。いつもへらへらとした笑みを浮かべていた彼。その彼が、ただ普通
に。普通に微笑んでいるだけなのに、どうしてこんなに怖いのだろうか。
「天守の不手際の為に」
 彼は全く怒りなど感じていない。ただ冷静に、淡々と告げているだけ。その中にはどの
ような感情も含まれていない。
 綾音にはそれが、怖かった。得体の知れない。
 十年前の事件。「天使」を降臨させようとした黒蛇真教の。その事件、彼がどう思って
いるのか、わからない。
 天使と言えば、人は聖なる物をイメージするかもしれない。翼を持つ、神よりの使者。
 だが「天使」は決して、そのようなものではない。大きな力と意志を持つ生き物。人と
は異なる次元の力を持つ。
 彼等には聖も邪もない。彼等なりの理論と行動があるだけだ。
 だが彼等を人から判断するとすれば。大いなる災いである。天使は、人を滅ぼす為に存
在しているのだから。
 天守は天から人を守る為に存在している。しかしその天に棲む力有ル者に魅せられる者
もいた。
 自らの願いを叶える為に。
 強力な力さえあれば、天使と言えども従える事は出来る。あるいは彼等と契約を結ぶ事
で力を手に入れる事も。
 黒蛇教団は天使の力を手に入れようと、天津国(あまつくに)と中津国(なかつくに)、
つまり天使の棲む世界と、この人の住む地上とを繋げようとしていた。
 だが秘密裏に進められた計画に、天守はこの計画の発見が遅れてしまっていた。
 結果。
 天使を降臨させる為の生け贄として。
 十六夜の妹。夕月(ゆうづき)は死んだ。
 夕月は将来を渇望された力ある地守候補生だった。
 しかし生け贄の候補として上げられていたのは、本来夕月ではなかった。ここにいる綾
音その人が、生け贄の候補となるべく選ばれた少女だったのだから。
 十に満たない処女の娘。そして強い力を秘めたものである事。それが生け贄の条件であっ
た。
 だが。
 結果として綾音は選ばれなかった。
 彼女は。生け贄になる資格を満たさくなったから。
 この事件の背後にも、守の民の裏切りがあった。しかし彼の苦情の選択でもあった。悲
しい、事件だった。
 この事件は当事者を除いて、殆ど知られていない。特に地守の一族には。十六夜の守で
ある咲穂もこの事件の事は知らない。
「それなら私も恨んでいる、かしら? 私の代わりだものね」
 淡々とした声で再び綾音は答えていた。
 冷たい声で。
「恨んでいないと言えば嘘になるかね。しかし、君にどうこう言うつもりはないよ。君は
あの頃、幼かったし。それに、ある意味、君こそが一番の被害者なのかもしれない」
「憐れみかしら?」
 綾音は、静かに静かに訊ねる。あの事件は、今思い起こしても忌々しく思う。
 恐らくは、十六夜が思うのと同じように。あるいは、それ以上に。
「あるいは」
「そう。ありがたい事ね」
 淡々と、ただ淡々と答える。
 そして、その瞬間。すっと立ち上がった。縛めなど無かったかのように。はらり、とロ
ープがほどけて落ちる。
「まぁ、それはおいておいて。今回の事、なぜひき起こしたのかしら?」
 綾音はじっと十六夜を見つめる。
「十年前の事件が原因だなんて言わせない。ううん、確かに関係はあるのよね。でも、そ
れが直接の原因じゃない」
「……」
 十六夜はふと言葉を失っていた。
 鋭い視線。その中に込められた、静かな怒りをも感じていたから。
 もしもそうなら許さない。そう言外に込められた言葉を。
「まいったね。さすがは綾音ちゃんか。わかった。君には話そう。だけど、話した後には
選んでもらう事になるよ。
 生きるか。死ぬかを」
 十六夜はにやりと口元に笑みを浮かべた。
Back Next
良かったら読んだ感想を下さい!
タイトル
お名前 (必須)
メール

★このお話は面白かったですか?
すごく面白かった  面白かった  まぁまぁ面白かった  普通
いまいち  つまんない  読む価値なし

★一番好きな登場人物を教えて下さい
洋  結愛  綾音  冴人  みゅう
咲穂  十六夜 

★もしいたら嫌いな登場人物を教えて下さい(いくらでも)
洋  結愛  綾音  冴人  みゅう
咲穂  十六夜 

★好きな台詞があれば


★印象に残ったシーンがあれば


★その他、感想をご自由にどうぞ!