僕まほ2「昨日の夢を見つけたら」 (15)
「……なんだ!?」
 洋は思わず声を荒げていた。
 他の人達が急に薄くなったような、そんな感覚。確かにそこに人がいるのはわかるのだ
が、しかしどこか蜃気楼のような幻にしか感じられない。
「洋さんっ。これ、結界です。私達二人を取り込むようにして、結界が張られました」
 結愛の声が突然、大きく変わる。
「結界? 天守の里に張ってあるとかいうのと同じようなやつか?」
 もっとも俺はそれ自体がよくわからないんだけどな、と洋は口の中で続けると結愛へと
じっと視線を合わせる。
「えっと。あれとはちょっと違うですけど、でもにたような感じです。この術は場所では
なくて、人を取り込んで他者からの隔離をはかります」
 結愛がきりりと答える。
 普段、どこかずれた答えを返す事の多い結愛だが、さすがにこと術に関しての答えははっ
きりとしている。
「誰かが、私達二人を結界に取り込みました。いま、私達の姿は他の人達から見えないは
ずです。でも、注意して欲しいのは、見えないだけで私達はいなくなった訳ではありませ
んから」
「もしも、術が当たれば被害を及ぼすって事か」
「そういう事です」
 洋の答えに、結愛がこくりと頷く。
「で、この結界はどうやったら解ける?」
「えっと。結界を張った相手が意図的に解除するか、もしくは」
 結愛が答えかけた瞬間。
「結界を張った相手を倒す。それだけだね」
 横手から声が響いていた。
「あんた!?」
 声のした方向へと振り返る。そこに立っていたのは、十六夜、その人だった。
「いよっ。ひさしぶりだねぇ。元気してたかい?」
 白々しく声をかけると、十六夜はにこりと微笑む。
「この結界は、あんたが張ったのか?」
 洋は思わず身構えていた。
 なぜ十六夜がここにいるのかわからない。間違いなく洋と結愛の二人を追ってきたのだ
ろうが、彼が二人を追いかけてくる用件が全く思い浮かばなかった。
 ここで遊んでいる事に、天守はいい身分だと嫌味の一つも言いに来たのだろうか。洋に
はその程度しか思いつかない。
「そうだねぇ。ま、ちょっとばかり他の人には邪魔されたくなくてね」
 十六夜は煙草の煙を吐き出して、にやりと口元を歪ませる。
「まぁ、とりあえずこいつを見てもらえば話は早いかね」
 十六夜は懐から、柄に水晶のついた懐剣を取り出す。そしてなにやら呪文を唱えだした。
 ぶぅん、と空気が震える音が響き、そして目の前に見覚えのある風景が映し出された。
「冴人くん!」
 結愛が叫んでいた。映像の中には、確かに冴人の姿があった。そして、その前に対峙す
る鬼の姿も。
「でかおに!? どうして!? なんで!? 天守の里に鬼が現れるはずがないのに。ど
うしてなんでどうしてー!?」
 結愛が声を上げていた。この態度は結愛の最大限の驚きの声だ。
 確かにあの時であった大鬼と同じような姿の鬼が、天守の里にある。しかし洋にはどこ
か違和感を感じていた。あの時出会った鬼よりも、強いプレッシャー。
「大鬼? いや、何か違う。もっと、強い力を感じる」
「へぇ。わかるかい? さすがに元は只人とはいっても智添なだけはあるね。気配を感じ
る力は強い訳だ」
 十六夜はくわえていた煙草を手にとって、ほぅ、と声を漏らす。
「あれは羅刹だ。……といっても、君にはわからないかね。まぁ、大鬼よりもさらに強い
鬼だと思ってくれていい」
「大鬼よりも強い」
 十六夜の言葉を繰り返す。
「ふぇぇっ。あれが羅刹ですか!? 大変です大変ですっ。冴人くん、一人じゃ勝てない
かもです。綾ちんは!? それに他のみんなは!?」
 結愛が叫ぶ。確かに天守の里の割には、他の皆の姿が見えなかった。
「わからん。だが、このまま放っておく訳にはいかないだろう? 私が君たちを迎えにき
たのは、この事態を知らせにきたんだ。何が起きているのかはわからない。私一人では心
許ないからな」
 十六夜は煙草の火を携帯灰皿で消して、吸い殻をしまう。
「結界を張ったのもそのためだ。この状況、みてもらわなければわからないが、他の人に
見せる訳にもいかないだろう」
「そう、だな」
 洋はこくりと頷いて、結愛へと振り返る。結愛も無言のまま頷き返す。
 だが、どこか何かひっかかるものを感じていた。何か、心に呼びかけるものがある。
 しかし迷っている場合ではない。冴人は気にくわない相手だが、しかしこのまま放って
おく訳にもいかない。
「いこう! 結愛。風だ!」
「はい!」
 結愛が大きく答え、そして呪文を唱え始める。
 風を呼び出し、それが二人を包んでいく。
 そのまま姿を消していた。天守の里へと向かったのだ。
「さて。これで準備は整ったかね」
 十六夜はふと口元を歪ませた。


「ついた、か」
 目の前が明るくなってくるにつれて、視界がはっきりとしてくる。どうもこの転移呪文
には、未だになれない。
 天守の里は、いくつもの家屋が壊れ、煙を噴き出しているものすらあった。幸い火事に
至っている家はないようだが、ぼや程度が起こった家は数多いようだ。
 もうここに冴人も鬼の姿もない。死体が転がっていない事を考えれば、冴人が鬼を無事
退治したと考えるのが妥当だろう。
「無事、倒せたみたいだな」
 気が付かれないように、ほっと息を吐き出す。いちいち突っかかる相手で、気にいらな
い相手ではあるが、それでも命に関わる事となれば話は別だ。
「そうみたいですね。ほっと一安心です」
 結愛も胸をなで下ろしていた。冴人とは仲がいいみたいだし、心配ではあっただろう。
 しかし、ややなんとなくいらつく気もしなくもない。
「とにかく皆を探そう。話を聞かない事には、何がなんだか……伏せろ!」
 不意に洋は叫んで、結愛の背中をぐっと押しつけるようにして地面に伏せる。
「え? きゃ」
 結愛が軽く叫び声をあげて、それでも抵抗もせずに素直にされるに任せる。
 その背中を、びゅん、と何かが通り過ぎた。
 ジュウ! と嫌な音が響く。
「でかおにっ!?」
 思わず結愛は叫んでいた。
 目の前に、巨大な身体の鬼が立っている。かつて対峙したよりも、さらに強い威圧感を
感じる鬼が。
「違う。こいつ、さっき術で見た鬼だ。――冴人の奴が倒したんじゃなかったのか」
 しかしこの鬼がここにいるという事は、恐らく冴人は。
「く。結愛! いくぞ。全力だ!」
「は、はいっ」
 突然の洋の鋭い声に、結愛が慌ててこくりと頷く。
「羅刹、か。大鬼よりも強い鬼」
 洋はかみしめるように呟く。
 大鬼を一人倒した事もある。あの時は、術を見つけたばかりで妙な自信もあった。
 だが、本当はあの時、勝てたのも幸運だという事を、今はよく知っている。
 たまたま魔力の鎧で、相手の攻撃を防ぐ事が出来た。力がほんの僅か勝っていたから。
 だけど、もし鬼の力の方が少しでも勝っていたら、洋は逆に倒されていただろう。
 今は、それにかける訳にはいかない。自分が倒れたら、約束をもう守れない。
「まずは炎だ!」
「はい!」
 洋の言葉に応えて、結愛が呪文を唱え始める。
 ぐぉぉぉぉん、と羅刹の叫び声が聞こえた。
「けんだり、しんそん、かんごんこん。八卦より選ばれしもの、我は汝を使役せす。いっ
ちゃえーっ! 離(り)!」
 結愛の炎が羅刹へと襲いかかる! 結愛は数ある八卦の中でも、離。つまり炎の術をもっ
とも得意としている。他の八卦を使役する際と比べ、その威力は特に強い。
 だが。
 羅刹の口から、それを軽々とうち破る炎が吐き出されていた。
「なっ……! 俺の魔力よっ、力の限り広がれ!」
 洋がとっさに魔力の壁を作る。羅刹の炎は、ことごとく魔力の壁にうち消されていく。
 これが洋に出来る唯一の魔法。現(うつつ)の術だ。
 もっとも基礎的な術であり、魔力を直接扱う為に効率が悪い術だ。だが洋にはこれ以外
の術を唱える事が出来ない。
 ただ洋には他の誰にも優る魔力があった。その多大な魔力を介して、この術で闘う事を
可能としていた。
 ただこの術で今の炎を防げたのは、あくまで結愛の呪文で威力が弱まっていたからにす
ぎない。洋がただ一人で壁を作っていたとしたら、突破されていたかもしれない。
 大鬼とは確かに違う力。見た目はよく似ている。だが、その力は格段に強い!
「だが。勝てない相手という訳じゃあない」
 洋は呟く。
 洋も少しずつ戦いになれてきた。相手の力を見抜く力、自分達の力を理解する力。そん
なものがいつのまにか身に付いてきていた。
 智添らしく。
 智添らしく、だ。
「結愛。あいつも炎が得意みたいだ。力押しじゃ分が悪い。炎に対抗する術を使おう」
「わかりました! 負けませんよっー。えっと、えっと。炎に対する呪文なら。水の魔法
を使いますっ。五行で言うところの、火剋水ですっ。いきますよっー」
 結愛が大きく答え、そして呪文を唱え始めようとした、その瞬間。
 風。が吹き荒れていた。
「え!?」
 結愛が思わず声をこぼす。
「ぐぅぉぉぉぅ!?」
 羅刹が苦悶の声を上げる。
 その瞬間。風は羅刹を切り裂いていたのだ。
「遅い。遅すぎるぞ」
 後ろから響いた声に、二人は振り返る。
 そこには一本の刀を携えた咲穂と、冴人の姿があった。
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