僕まほ2「昨日の夢を見つけたら」 (14)
「洋さーん。これっ、これ乗りましょう!」
 結愛ははしゃぎながら、目の前にあるアトラクションを指さしている。
「スペースコースター?」
 結愛が示していたのは、屋内式のジェットコースターで、屋内の壁面に宇宙が描かれる
タイプのものだった。宇宙遊泳のような気分で楽しめるという訳だ。
「ああ。俺は構わないよ」
 洋はあまりこういった場所にはこない。どういう乗り物が面白いのかもわからないし、
言われてもピンとこない。
「おお。いいじゃないか。いこういこう」
 亮が楽しげに告げる。
 一同がしばらく列に並んでいた瞬間だった。
 トゥルルル。
 亮の懐から聞き慣れた電子音が響く。携帯電話の着信音だろう。
「はい。む。なに? そうか。ふむ。わかった。すぐいく」
 携帯の相手先と幾ばくか喋った後、電話をきり懐にしまう。
「あー。洋、結愛ちゃん。すまんな。私は突然用事が入ってしまってな。急いで研究室に
行かねばならん。だが、せっかくだ。二人は楽しんでいってくれ。では」
 告げるが早いか、脱兎のごとく駆けだしていた。
「お、おい。親父!?」
 洋が声をかける間もなく、亮はすでに姿が見えなくなっていた。
「ふぇ。お父さん、どうしたですか? 何かあったですか?」
「なんか仕事が入ったとかなんとか。よくわかんなかったんだが、そういう事らしい」
「ふぇ〜。じゃ、私達も帰った方がいいですか?」
 結愛が首を傾げながら訊ねる。その問いにどこか寂しそうな気持ちを感じたのは洋の気
のせいだろうか。
「……その必要はないだろ。せっかくだから、な」
 照れくさそうに告げると、結愛の目がぱっと大きく輝く。
「はい! 私、こういうとこくるの。初めてですから、沢山沢山沢山楽しみたいです」
 天守になる為に。ただ天を、そして天から守るために生まれたきた少女。その彼女にほ
んの少し楽しみをあげたい。ただ、洋は強くそう思った。自分の出来る事なら、なんでも
してあげたいと。
「ああ。存分に楽しもう。何かやりたい事があったら言ってくれ。出来る範囲で叶えてや
るから」
 洋は大きく頷いて、結愛をじっと見つめる。
「ほんとですか?」
 結愛は珍しくゆっくりとした口調で訊ね返してくる。
「ああ、ほんとだ」
「ほんとのほんとですか?」
「ああ。ホントのホントだ」
「……じゃあ」
 結愛はじっと洋を見つめる。
「私。私も、他の人達と同じようにしたいです」
「他の人達?」
 ふと結愛の視線の先を追うと、そこにはいくつものカップル達。楽しそうな顔をして、
ゆっくりと歩いている。その手を、ぎゅっとつないで。
「え? いや、それは」
 思わず口ごもってしまう。顔が僅かに熱くなっているような気もする。
「ダメ、ですか?」
 結愛は再び洋へと視線を向ける。まっすぐな眼差しが、洋の胸をどきりと鼓動させた。
「…………」
 洋は何も言わず、くるりと結愛に背を向ける。
「ふぇ」
 結愛がやや寂しそうに声を漏らした瞬間。
 背を向けたまま、洋はすっと左手を差し出していた。
「……ほら、列が進んでる。早くいかなきゃな」
「はい!」
 背を向けたままの洋の手をとって、結愛は満面の笑顔を向けていた。
 ぎゅっと握った手の温もりを感じながら。


「ふぇ〜。すごいですすごいですー」
 アトラクションが終わった後、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら結愛がはしゃぐ。
「そうか……」
 反対に洋はややぐったりとして疲れが隠せない。今まで殆ど乗った事がなかったので気
が付かなかったが、どうもこの手の乗り物は苦手だったらしい。
 別に怖い訳ではないのだが、どうも反射的に身構えてしまい、おかげで体の節々が痛い。
「じゃ、ま、次いくか」
 それでも、結愛の喜んだ顔をみていると、その疲れもどこかに飛んでいくような気がす
る。ただ今まで、あまり馴染みのない感情にとまどいを感じながらも、洋はゆっくりと歩
き出す。
 左手から感じる温もりが、暖かくて不思議な感じがする。こんな風に手をつないだのは、
子供の時、母親とつないで以来かもしれない。
 と、ふと視線を感じて辺りをきょろきょろと見回してみる。しかし特に変わったところ
もなかった。
「……気のせいか」
 洋は呟いて、また再び歩き出す。
 柱の陰にいた視線の主には気が付かずに。
「よしよし。この調子だ」
 亮が物陰からそっと覗いていたのだった。


 灰かぶり城や、クマのぷーちんゾーンなどを回りながら、二人は歩いていく。
 いつの間にかつないだ手に違和感もなくなっていた。そうしているのが、ごく自然であ
るような、そんな意識。
「あ。」
 ふと結愛が声を上げていた。
 覗いたその先に、一組のカップル。ぎゅっと抱きしめ合って唇を合わせていた。
「あっ、あれはダメだ!」
 大きく叫んで、洋は思わず手も離してしまう。
「ふぇ。私、まだ何もいってないです」
 結愛がきょとんとした顔をして、首を傾げている。そのまま体ごとゆっくりと傾けていっ
ていた。
「変な洋さんですね。どうしたですか? 顔、赤いですよ」
 きょとんとした顔のまま結愛は傾げた体を元に戻す。
「……いくぞっ」
 洋は手を離したまま、やや小走りで歩き出す。
「あ。洋さん、待ってください。早いです、早いですー」
 結愛が後を慌てて追いかけていく。
 陰から覗いていた亮が、ちぃぃと声を漏らしたのは気が付かずに。
「洋め。そこはぎゅっと抱きしめて、ちゅーっだろっ。くぅ。ここは俺が一肌脱ぐしかな
いか」
 亮は勝手な決心を秘めて、にやりと口元を歪ませる。
「よし。まずは急接近作戦からだな」
 さっとフードで顔を隠し、後ろからゆっくりと気が付かれないように近付いていく。
 そして一気に、だんっと洋めがけて体当たりしていく。
「うわ!?」
 洋が大きく声を上げる。
「あ、洋さんっ。洋さんっ、洋さんっ」
 よろめいた洋を、結愛が支える。
 二人の顔が、思い切り近付く。
「どぅわ!? わ、悪いっ」
 大きく叫び声を上げると、佳絵のように顔を真っ赤に染めて、洋は結愛から離れる。
 背中を向けたまま、はぁ〜、と大きく息を吐き出していた。
「ち、もうちょっとだったな」
 亮が呟くが、二人には聞こえていない。
「なら、次はもう少し……ん?」
 亮がふと目をこらす。
 しかし、そこには先ほどまであった二人の姿がない。突然、消えてしまったかのように。
 ここには、誰もいなかった。
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