僕まほ2「昨日の夢を見つけたら」 (08)
 カッ!
 強い光が放たれたかと思うと、大きく音が響いた。まるで稲光のように。
 会場がざわめく。何が起きたのかわからないという様子で。
「今のは?」
 洋も思わず声に出していた。それほどに強い光と音だった。
『キィィィ!!』
 叫びが聞こえる。
 甲高い、この世のものとは思えない叫び。
 声の方向へと振り返ると、そこには多数の鬼達が現れていた。
「ばかな! この隠し里に鬼だと!?」
 誰かの声が響く。有り得ない事だと。
「結界をかいくぐってきたというのか!?」
 再び、また声が聞こえた。
 隠し里には幾重にも結界が張ってある。その結界を越えない限り鬼が現れるはずはない
のだ。
 しかし現実、ここに多数の鬼が現れていた。鬼達は宙に浮かびギラリと鈍い眼光を放っ
て目の前の獲物達を物色している。
「キィィ!」
 一匹が鳴いた。
 それが合図だったかのように、一斉に鬼達が散らばり始める。
「きゃああ!?」
 誰か女性の悲鳴が上がる。
 女性に向けて鬼が今にも襲いかかろうとしている!
「ちっ、俺の魔力よっ。この手に収束しろ!」
 強く叫ぶ。その瞬間、魔力を込めた光が手の中に集まってくる。
「くらえ!」
 その刃へと強く念じる。
 それと同時に刃が手の中から撃ち出される!
「キキィ!!」
 鬼が大きく叫び声を上げた。そして、地面へと打ち付けられる。そのままぴくりとも動
かずに、そして姿を消した。
「やったか! 早く逃げろ!」
 震えていた女性へと声をかける。
 守の民と言えども全ての人間が闘える訳ではない。むしろごく一握りの人間だけが闘え
ると言ってもいい。
 天守の一族でも、まがりなりにも闘える術が使えるのは十数名に過ぎないのだから。
 しかしそれに対して鬼は百近い数が現れている。それぞれが好き勝手に動いている為に、
少しずつ倒されてきてはいるが、数が多すぎる。
「けんだり、しんそん、かんごんこん。八卦より選ばれしもの、我は汝を使役せす。いっ
ちゃえーっ!! 震(しん)!!」
 不意に結愛の声が響いた。その瞬間、いくつかの雷撃が生まれ、数匹の鬼をうち倒して
いく。
「いえーーい。ぷちおに三匹! 3点げっとです」
 こんな時でも緊迫感のない結愛の声に思わず洋は苦笑する。しかし結愛も確実に鬼を少
しずつ減らしてはいた。
 綾音や冴人も術を振るっているのが見えた。また他の天守達も術を使い、鬼達を追い払っ
ていく。
「キキィ!」
 不意に洋の目の前で鬼が鳴いた。ふと気が付くと身の回りを数匹の鬼に囲まれている。
「ち。数が多すぎるんだよ」
 洋は叫ぶと、ぐっと拳に力を入れる。魔力の刃が生み出されていく。これが洋が唯一使
える術だ。
 しかしこの術はあくまで体術と組み合わせて使うものである。数を相手にするには向い
ていない。
 前から襲い来る鬼をなんとかやり過ごすと、拳を振るう。一匹の鬼が撃ち落とされて地
面へと倒れる。
 しかしすぐに左右から、鬼が猛烈な勢いで飛びかかる!
 それをなんとか後転して避けると、鬼が目の前をすれ違っていく。
 だが、その瞬間。再び目の前から鬼が飛びかかってくる。後に飛んだばかりの洋には避
けきれない!
「く!?」
 慌てて全身に光を張り巡らせる。魔力による守りだ。
 だが、間に合わない!?
 しかし!
「くらえ!」
 不意にその声は響いた。
 ザン!
 鈍い音が聞こえる。刹那、目の前にいた鬼がまっぷたつに切り裂かれていた。
「天守の添というのはこの程度なのか?」
 呟く声に顔を向ける。
 そこには咲穂と名乗った少女が、刀を抜いて凛として立っていた。
「なんだと!?」
 洋が強く叫ぶ。
「言われたくなかったら、必死で鬼をなんとかしてみせろ」
 咲穂は言うだけ言うと、さっときびすを返してまた新しい鬼へと向かう。
「くそっ」
 洋は呟くと、しかしそれ以上は何も言わずにただその手に力を込めた。
「洋さんっ」
 同時に結愛が駆け寄ってくる。その顔はいつものように笑ってはいなかったが、しかし
焦りが見える表情ではない。
 洋はこくりと頷いて、そして鬼へと向き直る。
 洋は一人では殆ど闘えない。唯一使える現の術は魔力の消費も激しいし、刃を撃ち出す
事が出来るとはいえ、基本的に体術と組み合わせて使わなければならない。こう言った数
を相手にするには向いていない。
 しかし本来、洋は智添である。智添は天守に力と知恵を貸すのがその役目だ。結愛がこ
こにいるのだから、洋自身が無理に倒す必要はない。
「結愛、いくぞ。崩撃だ!」
「はい! 洋さんっ」
 洋の指示に従って、結愛が術を唱え始める。
 結愛の術が鬼を何匹もうち砕いていく。
 確実に少しずつ鬼の数は少なくなっていた。


 咲穂は力を込め刀を振るう。鬼がだんっとまっぷたつに裂かれた。
 この刀はただの一撃ではない。術を込めた刀だ。鬼とは言えど、小鬼程度であれば簡単
に切り裂く力がある。
「……十六夜。これがお前の言っていた面白いものなのか?」
 咲穂は苦々しく、しかし声には出さないように呟く。
 なるほど確かに天守達は慌てふためいている。だが咲穂が望んでいたのは、こんな事で
はない。
 それにどうして十六夜は鬼がここに現れると分かったのだろう。鬼が現世に彷徨い現れ
る事は全く無いとは言えない。
 しかし結界のある天守の里に現れる事など簡単にあり得る訳がない。
 現れるとすれば、天と地のバランスが崩れ結界が用を為さなくなったのか。それとも。
 結界の中で呼び出すか、だ。
 元から結界の中に居るならば、鬼を呼び出す事は不可能ではない。結界は元来は里の中
と外とを遮るものだ。地の底、鬼の棲む場所に対しても効果はあるが、万全ではない。
 例え結界があろうとも多大な術力をもってすれば、呼び出す事は出来る。もっともそれ
を可能と出来る術士は一握りではある。しかし不可能ではないのだ。例えば、十六夜のよ
うな熟練の術士であれば。
「まさか!?」
 面白いものがみられる。そう言った十六夜。まるでこの事態が起きる事を知っていたか
のような台詞。
 天守と地守を合わせても、恐らくは数名しかいないであろう、この里で鬼を呼び出す事
の出来る術士。
 そしていま、彼はここに姿を見せていない。この里の中に確実にいる筈なのに。
 条件は揃っていた。
 十六夜がここで鬼を呼び出した事への。
 辺りを見渡す。力無きものは避難し、力有る者は戦っている。鬼から里を守る為に。
 天守は確かに憎い。だが、禁忌である鬼の召還を行ってまで波乱を起こそうとは思わな
い。ましてや、罪なきものを傷つけようとも。
 この事実を知られてはならない。
 天守に、そして地守の一族にも。
「とにかく鬼を倒す。そして十六夜の奴を見つける」
 問いたださなくてはならない。何が本当なのかを。
 違っていて欲しい。そう願った。
 だが。その瞬間。
 舞台の上に、彼は現れた。
「この場に鬼が現れる! これは天と地との関係が崩れたという事だ。私は守の民として
天と地が直る事を望む」
 真剣な表情で高らかに告げる十六夜。
 しかし、その口元がどこか歪んでいるように見えたのは、咲穂の気のせいだったのだろ
うか。
 何もわからなくなっていた。
 十六夜はそれだけ告げると、さっと姿を消す。
 これが十六夜の狙いだったのか。それとも偶然なのか。
 いくら天守が憎いと言えど、十六夜がここまでするとは思えない。
 しかしこの状況下では十六夜が呼び出したとしか考えられなかった。
 証拠は何一つない。ただの推測でしかない。そして確かにこれで天守との関係は良くな
るかもしれない。
 だがもしもこの事が天守にばれたとしたら。決定的に関係が壊れてしまうだろう。
 咲穂の背中に冷たいものが走る。
 咲穂は直情的なところがあり、思わず突っ走ってしまうこともある。しかし今、冷静な
目で見れば、天守との関係が壊れる事になればどういう事になるのか。それははっきりと
分かる。
 天と地の関係が本当に壊れた時。地の封印は解け、地より鬼が現れるだろう。
 それでも治らない時。天の封印も解ける。
 その時、どんな事態が起きるのか。それは誰もしらない。
 天使、あるいは精霊と呼ばれる存在。天に棲む者達。
 しかし彼等は決して全てが善なるものではない。悪しきもの達も存在する。
 そして鬼よりも強い強い力を持っているのだ。
 もしも彼等が現れたなら。天守だけでは防ぎきれないだろう。
「顔色が悪いですね」
 ふと声が聞こえた。
 見上げると、眼鏡姿の賢げな青年が一人立っている。
「地守……候補生ですか。始めての実戦で臆しましたか? 無理して戦う必要はありませ
ん。辛いなら下がっていてください。闘えないのにここにいるなら怪我人が出るだけです
から」
 眼鏡の青年――冴人は、冷たく告げると印を結び、そして術を解き放つ。
 雷撃が鬼を撃ち、消し去っていく。
 かと思うと冴人はぷいと背を向けて、次の鬼へ向けて歩き出していた。
「……くそっ」
 言われて咲穂は刀を構え直す。
 十六夜の事も気になるが、今はとにかく鬼を倒さなければ。
 思い直し、力を込める。
 剣にすぅ、と術が込められていく。
 地守の術は、道具を媒介して使うものが多い。本来、道具に魔力を込める術は難しいも
のなのだが、地守はそれを可能とする術を多く身につけている。
 その為、咲穂のように武器を身につけている事も多く、術そのものよりも体術で戦う事
になる。
「俺は闘える!」
 大きく叫んで、ざんっと、鬼を切り払う。
 冴人は、ふん、と小さく鼻を鳴らしていた。
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