僕まほ2「昨日の夢を見つけたら」 (06)
「話したい事がある」
「話したい事があるんです」
 二人は同時にそう告げていた。
 お互いの顔を見合わせて、一瞬躊躇する。しかしすぐに結愛が口を開いていた。
「えっとえっとえっと。洋さんからどうぞ」
 結愛が両手を洋へと向けて、話を促す。洋も特には異存はなく、ゆっくりと話し始めて
いた。
「ちょうど二時間ほど前か。俺のところに小鬼が現れた」
「ふ、ふぇ!?」
 思いがけもしない洋の言葉に、結愛は思わず声を上げる。
「ぷちおにですかっ。ふぇ、大丈夫でしたか、洋さん」
「ああ。俺ももうぷちおに、じゃなくて小鬼ぐらいにはやられはしないさ」
 不意を付かれない限りは、と内心続ける。
 結愛達、天守はどうなのかわからないが、洋にとっては小鬼の気配を捕らえるのは勘だ
けでしかない。たまたま今回は避ける事が出来たが、次も避けられるとは限らない。
「よかったですー。洋さんがぷちおにに食べられてしまったら悲しいですから。うう、薄
焼きせんべいのようにぱりぱりと。洋さん塩味だからさぞや美味しく食べられてしまうで
す。ううー」
 結愛が悲しんでいるのだかなんだか良くわからない声を漏らす。他の相手が言っている
んなら、からかわれているか、あるいは馬鹿にされているかと思うところだが、結愛は真
剣にそう思っているのだから余計、質が悪い。
「あのな、俺は薄焼きせんべいじゃないし塩味でもない。いいかげんそこから離れろ」
 以前、洋が一人で鬼に襲われた時、結愛の中ではそう決まってしまったらしい。
 その頃はまだ洋も術を身にはつけていなかった。例え小鬼と言えど、倒すのは不可能に
等しかった。
 たまたま現れた救援――もっとも今にして思えば、あれは見張られていたのだろう――
のおかげで何とか事なきを得たが、もしも彼が現れなかった場合には、そんな運命を辿っ
ていたかもしれない。
「でもぷちおにですか? 式神ですか?」
 結愛はまっすぐな瞳を洋に向けている。
「いや、式神じゃなかった。倒した後に紙には戻らなかったし、手応えも違った」
 洋は思い起こしながら、静かに答える。式神とは力のある術士が、媒介を通じて鬼を使
役する方法だ。多くは人型に切り抜いた紙を使い、そこに鬼の精神だけを宿らせる。
 式神は実体がそこにはない為に、打撃にするダメージは殆ど期待できない。その代わり
に術、それも元が紙である為に特に炎の術に対する耐性が低いという傾向がある。もちろ
ん術士の腕にもよるのだが。
 一方、召還術で呼ばれた鬼は実体を有する為に打撃も有効である。しかしその分、術に
対する耐性が強い。
 洋が相手をした鬼は間違いなく実体を持っていた。その為、式神では有り得なかった。
「ふぇ。なら召還術ですか。だとしたらかなり力のある術士が襲いきたのでしょうか。で
も、なぜ洋さんのところに? びっくりですびっくりですー」
 結愛は大きく声を上げると、洋を心配しているのか近くによって、その回りをくるくる
と回り出す。どうやらあちこちを観察しているらしい。
「それはわからない。でも、その後に地守の男が現れたんだ。十六夜って名乗っていた」
「ふぇ。地守の人ですかっ!」
「ああ。そいつの言う事によると」
 洋はごくりと息を飲み込む。
 洋にとって状況はよくわからない。しかし何か大きな問題が起こりつつあるのは、それ
でも想像がついていた。
「天と地のバランスが崩れつつあるのだと。だから鬼が現れた、と」
 洋はゆっくりとそう告げた。
 十六夜に言われた台詞。その時は特に何も思わなかった。
 だけどこうして自らが口に出してみると、何か禍々しい事が始まったかのような、そん
な気すらする。
「それが本当だとしたら、問題ね」
 不意に声が響いた。
 声の方へと振り返る。ウェーブヘアの少女が、いつのまにかにこやかにこたつでお茶を
啜っていた。
「ああっ。またか!? またなのかっ。あんたの登場パターンはそれしかないのか!?」
 洋は大きく叫んでいた。
「綾ちんっ」
 結愛が嬉しそうに彼女の名前を呼ぶ。
「たまには玄関から普通に訪問しろっ」
 洋の叫びをよそに、飄々として綾音はお茶をすする。
「急いでいたからね」
 不意に告げて立ち上がった。
 その時、始めて気が付いたのだが、綾音も結愛と同じく巫女服のようなものを身にまとっ
ていた。
「その格好……?」
 洋は思わず口に出してしまう。結愛だけならともかく、綾音までもが姿を違えていると
なると、何か深い意味があるのではないだろうか。
「これ? 儀式装束とでもいえばいいかしら」
 綾音は楽しそうに笑う。
「なんでそんな格好なんだ? 儀式って何かあるのか」
「ええ。大祭の儀が明日にも行われるわ。守の民全てが集まる大切な儀式よ。天守も、地
守もね」
 綾音は淡々と告げると、にこやかに微笑んでいた。優しげな微笑み、というよりもどこ
か、何か含んでいるような笑みを。
「ふぇ。そうなんだ? 私知らなかったよ」
 きょとんとした顔で、首を傾げながら告げる結愛に、綾音はくすくすと笑い声を漏らす。
「守の民で知らなかったのは、貴方ぐらいだと思うけどね」
「ふぇ〜。でも私、話ちゃんときいてたよ?」
「……そうね。確かに大祭の儀があるとは言わなかったわね、鷺鳴様は。でもあれで推測
出来ないのは貴方くらいだと思うけど」
 綾音は静かに呟く。
「ふぇ。そうかな」
「そうよ」
 綾音にきっぱりと断言されて、結愛はとりあえず首を傾げていた。
「まぁ、それはそれとして。この儀式には守の民全員が出席するわ。だから」
 綾音はそこまで言うと、一旦、洋へと視線を移す。
 困惑した洋の顔をみてとると、うんうん、と頷き楽しそうに、ゆっくりと告げる。
「洋くん、貴方にも出てもらうわよ」
 どこか意地の悪い笑みを浮かべながら、綾音は洋をじっと見つめていた。
「俺もか? っていうか、そもそも俺は守の民じゃないぞ」
 洋はやや眉を寄せながら、嫌そうに呟く。
「そうね。私達から見れば、そうかもしれないわね。でも貴方は結愛の智添だから。もし
もいないとなれば、端からみれば不審がられるわ。よほどの事情がない限り出席するもの
だからね」
「……わかった。どうせ嫌だと言っても連れて行くんだろ?」
「ん、その通りね。それじゃあいくわよ」
 綾音は簡単に言うと、呪文を唱え始める。
「もういくのか!? ちょっとま――」
 洋が綾音の言葉を遮ろうとした瞬間、しかし時すでに遅し。術は確かに発動していた。


 一陣の風が吹き抜けた。
 そうとしか言い様の無い感覚に囚われて、そして洋は目を開ける。
 つい先程まで自分の家にいたかと思ったのだが、目を開いた瞬間にはすでに見たことも
ない風景が広がっていた。
 例えて言うならば、田舎の農村だろうか。ところどころにぽつりぽつりと茅葺きの家が
建っているのが見えた。
 ただ一つ違うところといえば、田畑が少ない事かもしれない。全く無いという訳ではな
いのだが、農村で見受けられる一面の田畑という事は無い。
 むしろ家庭菜園に近いレベルではないだろうか。ある程度の収穫はあるのだろうが、そ
れだけで生活出来るようには思えなかった。
「ここが天守の隠し里よ。普通の人には入る事も出来ないわ。結界が張ってあるから。立
ち入ろうとしても、別の場所に抜けるようになっているの」
 綾音は辺りを見回した後、洋へと視線を合わせる。
「みゅう」
 と、その瞬間。みゅうが小さく鳴いていた。どうやら洋の背中に張り付いていたらしい。
「あら、君までついてきたの。まぁ、でも君は小さいとは言え、雪人の欠片なんだから一
匹で放っておくよりはいいかしらね」
 綾音は洋の背中にくっついて鳴く、
 みゅうはただの仔猫ではない。意志を持つ力。かつての天守達、その魂の集合体である
雪人の欠片である。
 みゅう自身にその意識はないが、雪人はその力を得たものは世界をも牛耳る事が出来る
と言われている大きな力なのだ。その一部であるみゅうは、欠片とは言え強い力を持って
いる。
 みゅうが持っている力だけでも手に入れる事が出来たなら、強力な術を容易く使う事が
出来るだろう。
 もっともその力は安易に手にいれられるようなものでもないし、みゅう自身がその気に
ならなければ普通の仔猫と違いはない。

「みゅう!」
 元気良く答える。
 この明るい仔猫の様子をみていると、つまらない事で悩んでいるのがばかばかしくなっ
てくるような気すらしてくる。
「まぁ、とにかく。儀式は明日の朝から始まるわ。今日はゆっくり休んでいて頂戴」
 綾音はにこりと微笑みかけると、洋と結愛の二人を置いてすたすたと歩き出す。
「あ、ああ」
 洋は思わず返事をしてから、はたと気が付く。
「おいっ、ちょっとまて。休むって俺はどこで眠ればいいんだよ!?」
 洋の台詞にしかし綾音は答えない。ふりかえって、にこり、と微笑んだだけだった。
「ふぇ〜」
 と、今まで黙っていた結愛が不意に呟く。
「あ、わかりましたっ!」
 ぽんと目の前で柏手を打つ。
「洋さんと私は、一心同体ですから、うちに来ればいいんですね!」
 結愛は嬉しそうに、うんうんと頷いていた。
「お前の家にか? いや、そりゃあまずいだろ」
 洋はぽりぽりとこめかみを掻く。
 結愛には家族がいない。その事は洋も重々承知している。幼い頃に彼女は両親共に亡く
していたのだ。
 洋が幼い頃に母を亡くしているように。
 結愛と始めて出会った、幼い頃。忘れていて、そして思い出した記憶。
 だけど洋はまだ知らない。彼女がどうして両親を失ったのか。あの時、一人、あの草原
で泣いていたのは何故だったのか。
 ふと物思いに耽りそうになった洋は、しかし意識を戻す。ともかく結愛には他に家族が
いない。すなわり二人きりになってしまう。若い男女が二人という状況はあまり良くない
のではないだろうか、と。
「大丈夫ですっ。平気ですっ。さぁ、そんな訳で、れっつごーです。いきますよーっ、は
いはいっ」
 せかすように背中を押され、仕方なく洋もゆっくりと歩き出す。
 考えてみれば、洋の家にいる時にも結愛は勝手に住みついていたのだから、二人だった
事には代わりがない。
 俺が気にしなければ問題ないだろ、と思い直し、結愛の家へと向かった。
 もっともその判断が間違っている事には、もちろん洋は気が付いていなかった。

「じゃーんっ。ここが私の家ですーっ。ぱふぱふぱふぱふー」
 結愛は本当に嬉しそうに告げると、家の扉を手で指していた。
 田舎風景なら、ごく普通のどこにでもありそうな純和風の家。結愛は何も考えずに、が
らがらと扉を開ける。どうやらカギは掛かっていないらしい。
 田舎の家は誰もカギを掛けないというが、この里も同じなのだろう。恐らく全員が顔見
知りで、盗みに入るような人は誰もいない。
「平和な里だな」
 洋は呟いて、手招きされるままに家の中へと入る。
「二階の隅が私の部屋です。えーっと、洋さんはその隣に寝てください。この廊下の奥が
台所で、左手が居間、右は洗面所とお風呂です。自由に使ってくださいね!」
 結愛はにこにこと微笑みながら、家の構造を説明していた。
「うちと似たような作りだな」
 洋はぽつりと呟く。もっとも洋の家と比べると結愛の家の方が、より広い。
 しかし逆にこの広さは、一人でいると寂しさを増すだろうなと思う。
 家に帰りたがらなかった結愛の気持ちが分かるような気がする。同じ一人でいるもの同
士だから。
 それでもまだ洋には父親がいる。たまにしか帰ってこないとは言え、もう会えない訳で
はない。
 しかし結愛にはもうここには誰もいないのだ。他に帰ってくるものがいない家。なのに
家族の想い出が詰まっている場所。そこに一人戻る事は、やはり苦痛だったに違いない。
 結愛は自分の部屋へと一度戻ったようだ。洋はとりあえず居間へとお邪魔する。
 田舎の家にはよくある風景ではあるが、能面が飾ってあって、少し不気味な気もしてい
た。
「ん……これは」
 不意に一枚の写真が目に入った。写真立てに入れられて、大切そうに飾っている古びた
写真。
 優しそうな女性と逞しい男性。そして女性の手の中に、一人の赤ん坊。
「私のお父さんとお母さんです」
 ふと背中から声がかけられた。
「そうか」
 洋は何も言えずに、ただそれとだけ答えていた。振り返りもせずに。
「えへへ。私もこんなに立派になりました」
 結愛は静かに呟くと、どうやら向こうのちゃぶ台の前に座っているらしい。
 洋も振り返り結愛の向かいに腰掛ける。
「明日の大祭の儀っていうのは、どんな事をするんだ?」
 なんとなく写真の話に触れるのを避けて、そう訊ねていた。
「大祭の儀ですか? えーっと、簡単に言えば新しい守の誕生を報告し、使命を新たに認
識し、えっとえっと……なんでしょう?」
「あのな、それは俺が訊いてるんだよ」
 どうやら今ひとつ理解していないらしい結愛に、洋は呆れて声を漏らす。
 しかし結愛はそれでいいのだろう。このまま変わらずにいて欲しい。洋はそう思ってい
た。
 何故かはわからないけれど。
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