僕まほ2「昨日の夢を見つけたら」 (05)
「よっ、咲穂ちゃん。元気してるかい?」
 十六夜は飄々とした口調で、軽くぽんと咲穂の方を叩いた。
「十六夜! あんた今までどこにいってたんだ?!」
 咲穂は大きく叫ぶ。十六夜は昨夜、どこにも姿を見せなかったと思うと、昼間になって
突然、やってきたのだ。
 いつもなら十六夜は殆どの場合、咲穂の傍にいる。未だ地守候補生に過ぎない咲穂の教
育係も兼ねているからだ。
「お前がいないから、今日の課題はまだ何も終わらなかったじゃないか」
 咲穂はぶつぶつと呟きながら、目の前に積まれた課題の一覧に目を通した。
 咲穂が正式な地守になる為には、これらの課題を全てクリアしなくてはならない。しか
しその為には、教育係であり力添でもある十六夜の存在が欠かせなかった。
 地守はその多大な術力を持って、術を使う事が出来る。天守の使う術とはやや異なる術
ではあるが、その基本となるべきところは変わらない。
 しかし地守は術をそのまま使う事よりも、道具を媒介する事が多いのが特徴だった。天
守の術と大きく違うのはその点だ。
 例えば咲穂がいつも背中に刀を背負っているのも、この剣が術を媒介するのに適してい
るからだ。
 咲穂が刀を軽々と使えるのも、もともと剣術に長けてはいるものの、術の力を借りてい
る為もある。
「まぁまぁ。ちょっとばかりね、野暮用でね。ま、それはともかくとして、課題をすまし
ちまうか。まずは基礎の術力集中からだな」
 十六夜は何事もなかったように言うと、課題に目を通す。
 咲穂はそんな十六夜の態度に言いたい事もなくはなかったが、しかしそれでも何も言わ
ずに力を集中させ始めた。
 これ以上、遅れると課題が終わらなくなってしまうし、十六夜はこういう時には何も言
わない事が分かっているからだ。
 頭の中に意識を集中し、自らの術力を集める。自らの、そして添である十六夜の魔力を
感じ取って、自身の内側から放出するイメージを描く。
 この術力集中の瞬間が、咲穂は何よりも好きだった。自分とつながっている誰かの存在。
この場合は十六夜だが、それをはっきりと感じ取れるからだ。
 長老の直系の孫娘と言う事で、何かと特別扱いされる事が多い咲穂にはあまり友達と言
える存在がいない。
 しかしこうしている時は、確かに自分が一人ではいないと感じ取れるのだ。
「なぁ、十六夜」
「なんだい。咲穂ちゃん」
「……その咲穂ちゃんはやめろ。俺はもう一人前の地守候補生なんだ」
「んー、っても俺っちは咲穂ちゃんのおむつも変えた事があるからねぇ。可愛らしい珠の
ようだったよ」
 十六夜の台詞に、かぁぁっと咲穂の頭に血が上る。
「この馬鹿っ。うるさいっ。なにいってるんだっ。くそっ、あんたが俺の力添でなかった
ら、絶対叩き斬っているところだっ」
 鞘に入ったままの刀で、びしばしと十六夜を強打する。
 鞘に入ったままとは言え、真剣である。十分な重みがあり、打たれれば痛いはずなのだ
が、しかし十六夜は平然とそれを受けていた。
「いたい、いたいって咲穂ちゃん。ほら、それよりさっさとやらないと課題もおわんない
よ」
 十六夜がそう言うと、咲穂はやっと彼を打つのをやめて、ふんっといって背中を向ける。
「課題が全て終わったら、また天守のところにいくぞ。今度こそもう一度、はっきり話を
つけてやる!」
 そう言って、山積みになった課題へと向き直る。
「へいへい、わかりましたよ。お嬢さん」
 十六夜は、淡々と言い放つと、煙草をくわえ火をつけた。


「で、話って何かなぁ。冴人くん」
 結愛は静かに言葉をかける。
 しかし冴人は黙して何も言わない。
「ふぇ、冴人くん。なんか変だよ、今日は」
 結愛は首を傾げて、むぅぅ、と唸る。冴人のこんな表情は今までみた事がない。
「変、ですか。そうかもしれませんね」
 冴人は静かに告げると、一旦、視線を落とす。しかしすぐに結愛へと向き直ると、まっ
すぐな瞳を向けた。
「結愛さん、貴方に伝えたい事があります」
 冴人は真剣な眼差しで結愛を見つめる。結愛も冴人の様子に思わず姿勢を正してしまう。
「ふ、ふぇっ。なんでしょう!?」
「……先日、彼と地守とが接触しました」
 冴人はやや考えて、言葉を選びながら話を進める。
「ふぇ。彼……彼……。あ、洋さん?」
 やっと思いついたのか、ぽんと目の前で柏手を打つ。
「ええ。あいつの事です」
 やや眉を寄せながら冴人は呟く。
「ふぇ。洋さんが。地守と? ふぇ?」
「もっとも接触してきたのは地守の方からみたいですが、どうやら私達、天守に対してか
なり不満をもっているようです」
 冴人は静かに告げると、やや思案を巡らせているのか宙を仰ぐ。
「ふぇー」
「十中八九、今後も彼に対して地守から接触があります。彼が貴方の智添である以上、外
から見れば天守の一族に見えるでしょう」
 冴人はじっと結愛を見つめる。
「考え直しませんか? 今ならまだ間に合います。彼はやっぱり只人ですから、僕達の争
いに巻き込むのは……」
 冴人はややその目を俯かせて、それでも再び結愛へと向ける。
 彼の言葉に偽りはない。
「ふぇ。でもでもでも、私の智添は洋さんしかいないもの」
 結愛はやや声を沈ませて、それでもそう告げていた。
 ただ彼女の目に不安がある。迷いもある。
 洋を危険にさらすことになる。それは確かに間違いがない事だ。
 最近、地守と天守の間に緊張が走っている事は結愛と言えど知らない訳ではない。この
ままでは、もしかすると守の民始まって以来の決裂になりかねないほどに。
 今まで天守と地守が闘った歴史はない。ここまでの格差がつく事も無かったからだ。
 しかし現状、外との接触の多い天守は比較的豊かな生活であり、昔ながらの暮らしを強
いられる地守は苦しい生活を行わざるを得ない。そんな状況が続いていた。

 一触即発。そう言っても不思議ではない。そしてもし何かが起きるとすれば、まず洋の
身に降りかかるのは間違いがなかった。
「……洋さん。迷惑かな。私と一緒にいたら、迷惑かな」
 結愛は顔を伏せて、静かに言葉を紡ぐ。
 いつもうるさいくらいの結愛がこんな表情をしているところを、冴人は殆どみた事が無
かった。
 ただこうした反応をする事は、冴人には十分予想がついていた。あまり言いたくはない
言葉ではあった。
 だけど、その中にどこか違う感情がふくまれていないとは、冴人自身にも言い切れない。
 どこか感じている罪悪感からか、冴人は結愛をまっすぐ見つめる事が出来なかった。
「どちらにしても、結愛さん一人で決める訳にもいかないでしょう。彼の元に行ってくだ
さい。手遅れになる前に」
 冴人は視線を合わせないまま、静かに告げる。
 ただ結愛自身も俯いて、目を合わせようとはしていなかった。だからその事には気が付
いてはいない。
 ただ自らの迷いに囚われているだけで。
 でも、二人は知らない。
 すでに時は確かに流れていた事に。



「みゅうっ」
 みゅうが大きく叫ぶ。
 だだだだーっと廊下を走り抜けると、居間へと駆け込もうとする。
 しかし扉が閉まっている事に気付いて、壁の隅に身体を寄せていた。
「仔猫のくせにすばしこい奴だな。ん、仔猫だからか? まぁ、いい。さ、大人しくしろ」
 洋は目の前で何とか逃げ出そうとチャンスを伺っているみゅうをじわじわと追いつめて
いく。
 みゅうが通った後にはてんてんと水滴がしたたり落ちている。
「お前、なんでそんなにドライヤーが嫌いかな。かといって、そんな濡れネズミであちこ
ち歩かれても困るんだよ」
 洋の台詞にみゅうの目がきらんと光る。隙を見つけたのか、一気に洋の足の間を駆け抜
けようとする。
「甘い!」
 しかしそれを見透かしていたように、洋は足をきゅっと閉める。
「み、みぎゅう!?」
 足に挟まれたみゅうが情けない声を上げる。同時に洋の手が、がしっとみゅうを捕まえ
た。
「よしよし。さぁ、乾かそうな」
 暴れるみゅうを押さえつけながら、洋は洗面所へと戻っていく。
 あれから何となくすっきりしない気分を変えようと、軽くシャワーを浴びていた。
 ついでにみゅうもお風呂にいれたのだが、かなり嫌がっていたようだ。さらにドライヤ
ーをかけようとした瞬間、思いっきり暴れて逃げ出したのだ。
「みゅうはドライヤー嫌いだもんね」
「前もこいつ逃げ出していたしな」
「そうですよー。でも、あの時は私もなぜか怒られました。うう」
「あれはお前があんな格好でうろつくからだ」
 洋は淡々と答えて、何事もなかったようにドライヤーをかけ始める。
「うう。いきなり後から声かけたのに、ぜんぜん気にもしてくれない」
 結愛は寂しそうに、後で「の」の字を書き続けいた。
「いや、もう慣れたし」
「ふぇ。そうですかー、残念です残念です」
「って、お前、今まで脅かすつもりだったのか!?」
 洋はふと気が付いて、ぱっと振り向く。
「って、わっ。なんだ、その格好!?」
 思わず驚きの声を上げていた。
 何と言えばいいのだろうか。着物、いやむしろ神社の巫女に近いだろうか。いつものミ
ニスカート姿ではなかった。
「ふぇ、この服ですか? 儀式用の装束です」
「なんでそんな格好なんだ? 何かあったのか?」
「別に意味はありませんですー」
「……そうか」
 洋ははぁ、と溜息をついた。
 と、その瞬間。洋の手を振り払ってみゅうが逃げ出す。
「こらっ、待て、みゅうっ」
 いつも通り、なんだかんだでばたばたと駆け回る事になっていた。
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