僕まほ2「昨日の夢を見つけたら」 (02)
「十六夜」
 咲穂は傍らに立つ青年の名前を呼ぶ。
 十六夜はやる気もなさそうに「へぃへぃ?」と答えると、ふぁと大きくあくびを漏らす。
「俺はいく。止めてくれるな」
 そう告げた時には咲穂はもう背中の物干し竿を抜きはなっていた。
 ぎらりと銀色の刃が光る。
 十六夜が何を言う間も無く咲穂は走り出していた。
「天守の一族! 俺は許さないぞ!」
 咲穂は叫びと共に、バス亭に立っている洋めがけて走り出していた。
「な!?」
 洋は思わず声を上げると、慌ててその身を翻していた。
 つい今し方まで洋の身体があった場所を刀が一閃していた。そこにあったベンチがまっ
ぷたつに裂ける。
 もし避けなかったなら、こうなっていたのは洋自身だっただろう。
「なんだ、何が!?」
 左手にぎゅっと力を入れる。その瞬間、ぽぅっと光が放たれていた。
 現(うつつ)の術。術としては初歩の初歩でしかない術。そして洋が唯一使える術だ。
洋には術を使う力がない為、この術以外は使えないのだ。
「まさか鬼か!?」
 まだ何が起きたのかはっきりと分からずに、辺りを見回した。
 不意に剣を構えている少女の姿が見えて、洋は唖然として口を開ける。余計に何がどう
したのかわからなくなっていた。
「天守! 許さないぞ。俺達が飢えに苦しんでいる最中だというのにっ」
 咲穂は強く叫ぶと、洋へとその剣の先を向けた。
「なんだ、お前?」
 洋は思わず呟いていた。やや言葉が荒かったのは驚きのあまりかもしれない。
「俺は咲穂。地守……いや、地守候補生だ」
 剣を突きつけたまま咲穂は名乗る。その視線は強く洋を睨み付けたままだ。
「その地守が俺に何のようだ」
 咲穂と名乗った少女を困惑した瞳を向けながら、洋はそっと見つめている。
「天守の一族はいつもそうだ。俺達、地守の事なんて気にしてもいない」
 しかし何気ない洋の言葉は、咲穂の逆鱗に触れたらしい。その目が先程より明らかに据
わっている。
「俺達が豆粥を食べてる時に、天ぷらだの魚の煮付けだの食べてるなんてっ。許さないぞ
!」
 咲穂の台詞は完全に真剣なものであった。
「咲穂ちゃん。それ、間違ってないけど、ちょっと言い方ってものがあるんじゃないかい
?」
 ふと陰にいたやや歳のいった青年、十六夜が口を挟む。
 確かに真剣ではあったが、端から聴くとただの食べ物の恨みにしか聞こえない。
 しかも理不尽な。
「うるさい。十六夜。俺は怒ってるんだっ」
 咲穂はしかし全く聴いていない。
 刀をさっと振り上げると、一気に洋めがけて斬りかかる!
「まてっ、おいっ!?」
 洋は慌てて避けるが、そこにあったバス亭がまっぷたつになっていた。
「殺す気か!?」
 洋は咲穂から距離をとって叫ぶ。
「問答無用!」
 目にもとまらぬ連続技とはこのことであろう。すさまじいスピードで刀が振るわれてい
く。
 それを何とか避けられたのは本当に幸運だったとしか言い様がない。いかに洋が空手の
黒帯とは言えど、いつまでも避けきれるような攻撃ではなかった。
「ちょっと待て! おいっ。俺が何をしたと」
 洋の言い分にも、しかし咲穂は耳を貸そうとはしない。じりじりと開いた間合いを詰め
ていく。
 追いつめられていく度に、洋の額に汗が滲んでいた。鬼を相手にしていた時とは違う緊
迫感がある。
 そこに、感情があるからだろうか。洋はふと思う。しかしそれを追求する時間はもらえ
そうもなかった。
 そしてやがて必殺の間合いまで追いつめられていく。汗がにじみ出ているのを感じてい
た。
 そして咲穂が刀を振るおうとする。
 その瞬間だった。
「はい。そこまで」
 十六夜が呟いたかと思うと、物干し竿の切っ先を指先で抑えている。
「離せっ」
 咲穂が叫ぶが、しかしぴくともしない。
「ほらほら。顔を見るだけじゃなかったっけ? 咲穂ちゃんが問題起こすと俺っちも怒ら
れるんだよねぇ」
 十六夜は全く緊迫感の無い声で飄々と告げると、軽く微笑んでみせる。もっともにっこ
りというよりも、にへら、という方が似合うような笑みではあったが。
「十六夜っ。離せ!」
 必死で振るいはがそうとするのだが、しかしどこにそんな力があるのか完全に刀は押さ
え込まれていた。
「はいはい。それでは、ご迷惑をおかけしましたね。俺らはこれで帰らしてもらうよ」
 十六夜は口元に笑みを浮かべたまま、洋に向けてゆっくりと語る。
「でもね。あんたの態度は確かにいただけないね。天守に対していい感情をもってないの
は俺っちも同じ。よく考えておいてくれよ」
 煙草を口にしたまま告げると、それから十六夜は抑えていた刀を離す。
 咲穂の怒りも多少は治ったのか、刀はそのまま背中に収めると、ふん、と僅かに鼻を鳴
らす。
「天守の一族! 俺は許さないからな!」
 咲穂はそう呟くと、ゆっくりと印を切り始めた。
「巽(そん)!」
 そして呪文を唱えると、その瞬間、風が巻き起こり姿を消していく。
 後には壊れたベンチとバス亭。そして洋が残るだけであった。
 洋は未だ何がなんだかわからないまま、ゆっくりと口を開く。
「俺は天守じゃねーっ!?」
 大きく叫んでいた。


「たく。なんだってんだよ」
 洋は思わずぶつくさと文句を言いながら、家の玄関を潜る。
 靴も揃えずに脱ぎ捨てると、やや早足で居間へと向かう。
 ばたん、と大きな音を立てて扉を開け、炬燵へと入り込む。
「まぁ、そんなにいらいらしてないで、蜜柑でも食べたら」
「そうする」
 差し出された蜜柑を受け取って、皮をむき出して。そこではたと気が付く。
「どっから湧いてでた!?」
 大きく叫んでいた。
「いやね。そんな人をぼうふらか何かみたいに言わないで」
 そう告げたのは綾音(あやね)だった。ずずっと音を立ててお茶をすすっている。
 結愛の友人であり、天守でもある。
 始めて彼女と出会ったのもここ。洋の家の居間だった。いつの間にか勝手に入り込んだ
上に、茶を飲みながら蜜柑を食べていたのだ。
「言われたくなかったら、勝手にあがりこんで蜜柑食うなっ。茶のむなっ」
 彼女達の唐突な出没には、もうすでに慣れてきてはいたのだが、それでも叫ばずにはい
られない。
「相変わらずケチね」
 綾音はふふんと声を漏らして笑うと、小さく微笑む。
「ああ、ケチでいい。それより何の用だよ」
 ぶつくさと言いながらも、仕方なく綾音へと顔を向ける。
「教えにきてあげたのよ」
 綾音はじっと洋を見つめていた。先程までのどこかいたずらな瞳と違う、真摯な強い眼
差しで。
 その視線に、思わず洋はしっかりと目を合わせる。
「地守について。それから、天守についてね」
 綾音はゆっくりと告げていた。
「教えてくれ」
 真剣な表情でこくりと頷く。
 二人とも炬燵の中なので今ひとつ決まらないが。
「いいわ。それじゃあ、まず何から話しましょうか。そうね。まずは私達、天守について
話しましょう」
 綾音はゆっくりと告げると、ずずっとお茶をすすっていた。
 今ひとつ緊張感は無かった。
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