さよならの鎖 (03)
 放課後。
 すでに帰宅した人や部活に出た人、委員会に向かった人もいて、教室の中からはかなり
人数が減っている。
 それでも話したりない数人は残っていて、くだらないお喋りに熱中していた。
 もっとも克己もその中の一人ではあったが。
 と、克己が一人で教室に残っているのをみつけて、寛二がそばによってきていた。
「あ。克己、今日は部活いかなくていいの?」
 寛二はにこやかな笑いながら訊ねると、期待に満ちたような目で克己を見つめている。
 寛二もクラスメイトの一人で、クラスのムードメーカーの一人だった。もっともお調子
者でにぎやかだと、言い換えてもいいかもしれないが。
 克己も決して大人しい方ではなかったけれど、寛二と比べれば物静かな方だと言えた。
 何かあればクラスで真っ先に発言して、くだらない事を話しては場を盛り上げる。寛二
はまさにそういうタイプだった。
「いや、今いくと練習試合の準備を手伝わされるからさ。その辺は、みんな下級生に任せ
ようかと」
 言いながら、グラウンドを横目で見つめてみる。確かにサッカー部の活動場所の辺りで
は、ゴールを用意したり、ビブスを用意したりと数名がばたばたと駆け回っていた。
「ふぅん。サッカー部は人数少ないもんねぇ」
「少ないいうなよっ。事実だけどさっ」
 寛二の一言に思わずつっこみを入れてしまう。野球部と比べてサッカー部が弱小クラブ
で、人数も少ないという事は確かだ。しかしそれをことさらに言われては、あまりいい気
はしない。寛二に悪気はない事はわかっているのだが、それだけに対処に困るのも事実だっ
た。
「まぁまぁ、そんなことはいいとして。きいてくれよーっ、俺、携帯買ったんだよ。しか
も、なんとテレビが見られる」
 しかし寛二はそんな克己の内心をよそに、嬉しそうに携帯電話を取り出していた。
 克己はそんな事呼ばわりされた事に、少しは腹がたたなくもなかったが、とりあえず聞
き流す事にする。
 クラスメイトの中には携帯電話を持っているものも何人かはいるし、克己も親のお下が
りで型はかなり古いものの一応持ってはいる。しかしまだクラスの中ではそれほど多くは
ない。
 寛二にしても今まではずっと親に反対されていたらしく、いろいろな交渉の末にやっと
買ってもらったらしかった。
 それだけに手に入れた喜びもひとしおで、今の寛二にとっては携帯以外の事は目に入っ
ていないのだ。そう思えば多少の事は許せなくもない。
「それ昼間も聞いた。つか、お前、今日そればっかいってんな」
 寛二は昼休みの終わり間際にもそうやって大騒ぎして、担任の近藤先生に怒られていた。
 その時、たまたま近くにいた克己まで巻き込まれて怒られたから、いいとばっちりを受
けたと思う。そう思うと、本当に軽くではあるものの叩かれた頭が、もういちど痛むよう
な気がしていた。
 しかし本来は携帯電話は持ち込み禁止だった。なのに没収したりしなかったところは、
近藤先生らしく柔軟な対応をしてくれたと思う。これ以上に騒ぐなよ、とも言っていたが、
それが無理な事も恐らくはわかっていただろう。
 実際今も寛二は騒いでいるし、近藤先生もついさっきまで教室に残っていた。これだけ
騒いでいれば気が付いていないはずもないのだが、黙認しているという事なのだろう。
「まーねっ。でもさー、さすがに放課後まではテレビなんかつけらんないからさ。他のせ
んせにばれて没収されんのもやだし、充電もそんな持たないし。だから、まだ今日はテレ
ビつけてないんだよ。ってことでこれからテレビ鑑賞会といこうかと。さぁ、皆のもの、
近くよれい」
 寛二が携帯を頭上に掲げて、クラスの中をぐるりと一瞥する。
「お、なんだなんだ」
 隆史が真っ先に聞きつけて近づいてくる。他にも数人が物珍しそうに集まってきていた。
「これがテレビ携帯様だ。みんな、ひかえ、ひかえおろうっ」
「ははーっ」
 寛二が叫ぶと、のりやすい隆史が机の上にひれ伏す。克己もこういうのりは嫌いではな
かったから、どちらかというとわくわくとしながら寛二の携帯を見つめていた。
 しかし、その隣から不意に呟きが聞こえてくる。
「くだらないですね。たかが携帯くらいでぎゃいぎゃいと叫んで、うるさくてかなわない」
 声の主は机に腰掛けたまま、ノートと教科書を一つにまとめていた。やはりクラスメイ
トの一人、森田英司だ。
 英司はクラスの中でも成績優秀で、いわゆる秀才という奴だった。ただそのせいか嫌みっ
ぽいところがあり、比較的取っつきにくい相手でもある。
 克己はあまり英司に対して悪い感情はもってはいないのだが、英司を嫌いな人も多く、
クラスの中ではどちらかといえば浮いている存在だった。
「なんだよー、森田。いいじゃないかよ、放課後なんだし少しくらいさわいだって」
 寛二がつまらなそうにぼやくが、英司はふんと鼻息で答えただけだった。
「森田は相変わらずだな」
 隆史がやれやれと呟きながら肩をすぼめる。しかし英司はまるで気にしていないのか、
一人マイペースに机上の整理を続けていた。もはや無視を決め込んでいるのだろう。
 あまりこのままにしていると雰囲気が悪くなるかと思い、克己はさっさと話を切り上げ
る。
「まぁ、いいだろ。それよりテレビ様といこうぜ」
 克己の声に、皆もテレビの方に関心が移ったらしい。それもそうだと呟きながら、携帯
の方へと集まっていた。それに克己にしても、あまり英司とやりあっていては、時間がな
くなってしまう。練習試合が始まるまでに、それほど大きな余裕はない。
「よっしゃ、スイッチオン」
 寛二が携帯のテレビボタンを押す。
 皆がおおっと声を上げて画面に見入った。
 その瞬間、ざざざっと乱れた画像が映る。かなりのノイズの入りようで、とても正常な
放送とは思えない。
「って、まともにうつってないぞ」
 隆史が文句の声を上げると、皆も追従するように口々に不満を告げ始める。
 寛二は首を捻って携帯を見つめて、画面をみながら調整しているようだった。
 克己も内心は期待していたのだけれど、所詮は携帯で見るテレビなんてこんなものなの
かもしれないなと声には出さずに呟く。
 しかし寛二は納得がいかないのか、ずっと携帯をいじり続けていた。
「あれぇ。おっかしーな。昨日、家で試した時はきちんとうつったんだけどなぁ。アンテ
ナの調子かな。えいえいっ」
 寛二は一生懸命携帯を振っていたが、振ったからといってアンテナが正常になるとは思
えなかった。
 けれどしばらくすると、不意に雑音がとぎれる。
「おっ、うつった」
 寛二が携帯を見つめると、皆もどよめきながら携帯へと近づいていく。
 克己も覗いてみたが、確かに鮮明な画像が映し出されていた。
 テレビの中に見えたのは、どこかの部屋の中で机に座った、軍服姿の知らない中年男だっ
た。ぱっと見た様子だと、何かの映画のようにも見える。
「なんだ、これ。何チャンネルだろ」
 寛二が首を捻りながら、チャンネルを変えていく。
 しかしどのチャンネルにしても、いやそれどころか使われていないはずのチャンネルに
合わせてすらも、全く同じ映像が映し出されている。
 さすがに何か異常を感じて、皆がざわめき始める。
 克己も何か激しい違和感を覚えて、それでも目を離す事は出来ずに食い入るように画面
を見つめていた。
『日本国の諸君』
 テレビの中の軍服の男が、突然話し始める。
 同時に、ブブブブ、と鈍い音を立てて校内放送用のスピーカから、テレビと全く同じ音
声が流れ始めていた。
『我々は人間解放機構。略してHLMの人間だ。条南市周辺のテレビ、ラジオ、有線等全
ての放送は我々が支配している。この機会に我々の主張を聞いていただこうと思う』
 テレビの中の軍人は、挑戦的な目を液晶の向こうから投げつけてきていた。
 校内放送でも流れている為か、このクラスのみならず、隣の教室や外からもどよめきが
聞こえてくる。
『我々は主張する。この国は腐っていると。腐敗を繰り返す政治家、利益の為なら倫理を
覆す企業、法に守られて重犯罪を起こす少年、そしてそれらをみてみぬふりをする腐った
市民ども。
 全ては許されるのか? 否! この国はもはや滅びるべきなのだ。そして我々が全てを
握り、この国を立て直す。それが我々に課せられた使命である』
 テレビの中の軍人達は、大仰な身振り手振りを繰り返しながら、過激な主張を告げてい
く。
 しかし克己には、いや恐らくは他の皆にとっても男が何を言っているのかわからずにい
ただろう。あまりにも唐突な話過ぎて、全く理解する事が出来なかった。
 それでも軍服の男は、滑稽な演説を止めようとはしない。
『そこでまず手始めに、人民の選抜を行おうと思う。まずはこの条南市を舞台に我々は特
殊なウィルスを散布した。
 人間寄生排他ウィルス、Human Only Parasitism Exclud
e Virus。略してHOPE。我々にとっての希望だ。
 このウィルスは人間にのみ寄生し、二十四時間を限度にして宿主を急激に死に至らせる。
 感染方法はすでに感染している人間からの接触のみ。空気感染などはせず、あくまで肉
体同士が触れる事によって感染する。
 ただし感染しても、発病するまでは全く普通の人間と変わりがない。
 つまり、いま隣にいる人間がウィルス保持者かもしれない。そいつに触れられれば、接
触から二十四時間以内に死ぬ。そういう事だ。参考までにこの映像をみて欲しい』
 軍服の男が合図をすると同時に、また別の映像が流れ始める。
 映像の中に映っていたのは、一人の若い男だった。何もない部屋の中で拘束され、自由
を奪われている。映像の左上には現在時刻らしいものも映っていた。
 そこに真っ白な服に包まれた別の男が入ってくる。そしてなにやら薬品のようなものを
塗り始めていた。
 男はしばらくの間は喚いていたが、その後映像は急激に早送りされていく。そして映像
の中でほぼ二十時間が経過したころ、男の息づかいが突然荒く変わっていた。そしてびく
んっと大きく体を揺らしたかと思うと、男はそのまま全身の力を失っていた。
 死んだ。男はぴくりとも動こうとしないし、よくみると体がやや黒く変色しているよう
にも見える。
『ウィルスの効果はみての通りだ。
 このウィルスの感染率は非常に高く、触れれば八十パーセント以上の確率で感染する。
また発症していなくとも、保菌者であれば感染源となりうる。
 すでに条南市の住民の二十%近くが感染しているはずだ。さて、この状態でどれだけの
人間が生き残れるか、検討を祈る。
 なお我々はこのウィルスの散布を持って、日本国政府に即時政権を明け渡す事を要求す
る。
 繰り返す。我々は人間解放――』
 そこまで告げると、軍服の男は再び同じの内容を告げ始めていた。
 あまりの事に克己も他の皆も、お互いの顔を見合わせて『冗談だよな』『ありえない』
と口々に否定しあう。
 にわかには信じられずにいた。いや、嘘であって欲しいと誰もが思いこもうとしていた。
 その瞬間。
 激しく耳を裂くような声が鳴り響いた。同時にガラスが砕ける音と、力一杯の悲鳴。
 先ほどの音は銃声のようにも聞こえた。しかし自分の耳が信じられなくて、克己は耳を
両手で押さえていた。
「テロリストだ!? みんな、逃げろ」
 同時にその声はどこからともなく聞こえてくる。克己にははっきりとは聞こえなかった
が、皆にはこれが引き金と変わっていた。
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