不思議の国の異邦人 (12)
「ま、まて!?」
 ポチが慌てた顔を向けるが、その瞬間。ありすはにっこりと微笑んだ。
「やだ」
 その言葉を合図に、ありすの一撃が思い切りポチに向かって飛んでいく。
「う、うわぁぁぁ!?」
 ポチの悲鳴があがると同時に、ずぅんっと鈍い音を立てて火の柱が上がり、そのままポ
チが吹き飛んでいく。
「ぎゃーーーーー」
 ポチは大声で叫ぶと、そのまま壁に激しく打ち付けられていた。
「決まった! ぶいっ」
 ありすはにこやかに呟くと、くるりと振り返り高人の方へと駆け寄る。
「これでNo1もNo2もいなくなった。闇の組織ももうおしまいだね」
 ありすはぺしぺしと倒れたポチの頭を叩いていたが、ポチは完全に気を失っているのか
もう何も答えなかった。
 実際ポチは力を込めた仮面をはがしてしまえばそれで役立たずだ。残った力も高人に奪
われてしまい、もう使う事は出来ないだろう。

 そもそも真理の言葉によれば、闇の組織はNo1のラインハルトとやらが加入した事に
よって大きく育ったと言う話だ。それならば主力が二人もいなくなれば、ほぼ崩壊といっ
ても良いのではないだろうか。
 そもそも勢い込んでやってきたのはいいものの、どうすれば組織を崩壊させられるのか
なんてわからなかった。もしも根こそぎ力を奪い取る事が出来れば、それで済むのかもし
れなかったが、いくら高人の力が強大とはいえそこまでの事は不可能だ。
「まぁ、これにこりたら俺達を襲おうなんて思わない事だな。次は容赦しないからな」
 高人はとりあえず言い放つと、辺りを見回してみた。
 力を使えるようになってからと言うものの、他人の力の多寡までわかるようになったが、
もはやこれといった術者の姿はない。
 いまこの場にいる人間の中では、ありすや梨花の方がよほど大きな力を持っている。こ
れでは組織を存続させる事も出来ないだろう。
 高人はそのまま振り返る。
 だがその瞬間、思わぬ姿を見つけ、息を飲み込んでいた。
 梨花と玲央の二人が、いつの間にか捕らえられている。黒服が二人を数人がかりで押さ
え込んでいたのだ。
 そしてその黒服達の前に、以前もみた男、利根の姿があった。
「梨花っ、玲央!? 何をするんだっ。二人を離せ!」
 高人は思わず叫ぶが、利根はゆっくりと首を振るう。
「悪いが、素直に返す訳にもいかないな。俺にも事情ってものがあるんでね」
 利根は呟くように告げると、それから高人とありすの二人を見つめていた。
「なるほど、さすがに真理が目をつけていただけの事はある。大した力だな。でもな、悪
いがそんな力を放っておく訳にはいかないな。これでもいちおう闇の組織とやらの一員っ
て事になっているんでね」
 利根は飄々とした口調で告げると、軽く手を広げてみせる。
「な……お前、真理の部下じゃなかったのかよ!?」
 高人は驚きのあまり思わず声を上げるが、利根がゆっくりと首を振るう。
「違うな。俺やエルは元々どこの組織にも入っちゃいないし、そのつもりもない。二人だ
けでやってきたのさ」
 利根は両手を広げて呟くと、それから高人とありすの二人をもういちど見返す。
「しかしある事件の時、たまたま真理と敵対する事になってね。その戦いで俺達は争いに
負けた。その時に魔法の契約を結ばされて、一時的に真理に従う事になったのさ。魔法の
契約って奴は非常に厄介で、従わざるを得なくてね。でも、俺達はそれに納得はしていな
い。だからずっと真理との契約を解く方法を探していたんだ。エルはあんたに挑む事で解
決しようとした。俺は、闇の組織の力を借りる事にしたのさ」
 利根はつまらなそうに告げると、腰元から何かを引き抜くような動作を見せる。
 だが利根の腰には何も無い。ただそう動いたような動きをしただけ、そのはずだった。
 しかし次の瞬間、利根の手の中に光り輝く剣が現れていた。
「闘気の剣、とでも言おうか。これが俺の力だ。こいつは並の刀なんかよりよっぽど切れ
るぜ。別にあんたに恨みはないが、これでも一応闇の組織にゃ契約を解いてもらった義理
があるんでね。死にたくなかったら、真理に与えた力を解除してもらおうか」
 利根はまっすぐに高人に刀を向けていた。
 今までの相手とは違い、強大な力を感じる。心の底からにじみ出る力が、危うい均衡を
保って何とか目の前で留まっていた。
 高人は僅かに額に汗を漏らしていたが、それを拭う事すら出来なかった。一瞬でも気を
抜けば、その場で切り落とされそうな、そんな無言の圧力すら感じていた。
「利根。あんたの言い分はわかった。あんたにはあんたの理由があるんだろ。でもな、俺
も簡単に殺されてやる訳にはいかないし、俺が真理に与えた力を戻せば、闇の組織がまた
俺を狙うんだろ。だったらどちらにしても同じ事だ。力は渡せない」
 高人は言い放つと、それからちらりとありすの方を見つめていた。
「それに、こいつにも迷惑かけちまうしな」
「なるほど。女の為なら命もかけるって事か」
 利根は微かに口元に笑みを浮かべていた。
 ただその笑みは嫌らしいものではなく、どこか親しみすら感じさせるものだ。
 しかしそれが高人にはむしろ、気恥ずかしく感じさせて、慌てて声を漏らす。
「ち、ちがっ!? そういうんじゃねぇ!?」
 高人は思い切り否定すると、いちどありすの方を眺めてから、利根へと向き直る。
「こんな奴の為に命はかけられねぇって。いや、マジで! 本気で!」
「むー。たかくん、それ言い過ぎ」
 ありすが眉をひそめていたが、この際気にしない事にしておく。
「……そうか。まぁ、理由は何でもいい。いちおう義理を果たしておかないと、目覚めが
悪いんでね。ちゃっちゃと済ましてしまおうか」
 利根は光の剣を構えると、高人へとまっすぐに向ける。
 剣先が完全に高人の喉を捉えていて、高人は背中に冷たいものを感じていた。
 しかし高人には相手の力を奪い取る絶対的な能力がある。利根の力も奪い取ればそれで
終わりのはずだ。
「っ。王者の権力!」
 高人は力を発動させる。これで利根の力は失われ、戦う事が出来ない。そのはずだった。
 だが状況は何も代わりはしない。高人の力は、利根の力を奪い取る事は出来なかった。
「なっ。王者の権力が通用しない!?」
 高人は思わず叫ぶ。
 絶大的な力であるはずの高人の力は、先ほどからことごとく防がれている。その事が高
人の中で押さえつけていた不安を、少しずつ呼び戻していた。
「残念だったな。お前の力は俺には通用しない。こいつで願いを叶えたからな」
 利根は呟きながら、懐から輝く宝玉を取り出していた。ピンポン玉くらいの大きさのそ
の宝玉は、どこか不思議な輝きを放っている。
 願いを叶える宝玉などというものは、以前の高人であれば鼻で笑ったところだが、今な
ら確かに不思議な力がある事はわかる。
「願いをかなえた?」
「ああ。契約を解除する方法を望んだ俺に、闇の組織は呪いで裏山にある宝の地図を探せ
とお告げを出した。半信半疑で探してみたところ地図をみつけ、そしてこいつを見つけた
のさ。俺はこの力で誰にも邪魔をされない事を望んだ。だから、お前の力は通用しないの
さ」
「……宝の地図?」
 どこかで聞いたような単語に、高人は思わず目を寄せる。どこで聞いたのだったろうか。
つい最近、聞いたばかりのような気がする。
「ああ、こいつさ。誰が何のつもりで置いたのかはわからないが、確かに占いの通り裏山
に落ちていたのさ。でも神でも悪魔でもかまいやしない。俺の自由を保証してくれるって
んならな」
 利根はそう言いながら、宝の地図を取り出していた。
 そしてその地図には確かに見覚えがある。
「そ、それは。ありすが駅前の古本屋で一〇五円かっこ税込み現品限りで売ってたのを買っ
てきた地図!?」
「おおっ。たかくん、確かに駅前の古本屋さんで一〇五円かっこ税込み現品限りで買って
きた地図だよ! 本物だったんだねぇ。それあたしが山に捨てた」
 ありすが何か心底嬉しそうに頷くと、びしっと宝の地図を指さしていた。
「……まぁ。それはそれとして」
 その指先に利根は、少しあさっての方向を向きながら答える。
 どうやら聞かなかった事にしたらしい。
「とにかくだ。お前の力はもう通用しない。だから出来るなら、いますぐ真理に与えた力
を解除してくれ。俺もお前みたいな子供と争いたくはないんだ。義理さえ果たせば、俺は
闇の組織に組みするつもりもないしな」
 利根の剣がきらりと輝きを放つ。
 だが高人もこの言葉を、簡単に聞き入れる訳にもいかなかった。
 真理との約束もある。高人が約束を違えたなら、真理も約束を守ろうとはしないだろう。
そうすれば、もういちどありす達の身にも危険が迫る事になる。ありす達の身柄を補足し
て、今度は強制的に高人に力を使わせる事だって考えられた。
 かといって能力が使えないのに、勝てる相手とも思えない。利根の実力は以前争った時
に、はっきりとわかっていた。高人はもちろん、ありすや梨花でも敵う相手ではない。あ
の時、利根は力を使わずしてありす達をあしらってみせた。
 高人が一瞬だけ迷いを見せる。
 そして高人が答えを出すより前に、ありすの方が先に叫んでいた。
「そんなことより、梨花ちゃんや玲央くんを離して!」
「あいつらか? ま、別に離すのは構わない。人質にとるつもりもないしな。しかしその
前に真理に与えた力を解除してもらわなきゃならないんでね。その邪魔はされたくない」
 利根は光の剣をもういちど高人へと向けると、やや険しい瞳で高人を見つめていた。
「で、どうする。無駄とわかっていて俺と戦うか。それとも真理に渡した力を戻すか。ど
ちらを選ぶ」
 利根の言葉に、高人は頷こうとしていた。
 真理との約束は違える事になる。しかし今そうしなければ高人のみならず、ありす達に
も危険が及ぶかもしれない。そうなれば本末転倒だ。この場を切り抜けるのには、力を戻
すしかなかった。
 だから真理へ渡した力を戻そうと、自分に向けて意識を集中させようとした。力を与え
るには近くにいなくてはいけないが、戻すのはどこにいても出来る。
 約束を違える事への罪悪感を感じて、ぎゅっと目を瞑る。
 真理の声が聞こえたのは、まさにその瞬間だった。
「お待ちになっていただけるかしら?」
 思わぬ声に、高人は後ろへと振り返る。
 梨花や玲央を捉えている黒服の向こう側に、確かに真理がたっていた。
「その子達を離してくださります? もっともどちらにしても、わたくしの言う事は絶対
なのですけどね」
 言いながら真理は指先を振るう。
 同時に黒服達は自然と二人を離し、それからこの場から離れていく。体が勝手に動いた
事に、黒服は何が起きたのかもわからずに目を白黒とさせている。
 しかしさすがに利根は真理の力を正確に理解している。全く驚きも見せずに、真理へと
振り返った。
「皇帝の指揮か、確かに厄介な力だが。しかしそれはもう俺には通用しないぞ」
 利根は光の剣を今度は真理へと向ける。梨花や玲央達が離された事など、気にも止めて
はいなかった。
 実際、利根にとってみれば、梨花や玲央などものの数にも入らないのだろう。ただここ
に来る時に、邪魔だったから捕らえたに過ぎない。
 高人とありすはとりあえず二人の方に近寄る。
 二人は気を失ってはいるようだが、特に外傷などはないようだ。ほっと息を吐き出す。
 だがその瞬間にも、真理と利根の間には大きく火花が飛び散っていた。
「利根。わたくしは、貴方が裏切ったなどとは言うつもりはありませんわ。もともと貴方
達は私の力との争いに破れ、仕方なく従っていただけですもの。どんな形にせよ契約を失っ
た以上、もはや従う必然性もありませんものね。でも」
 真理は一気に言い放つと、それからにっこりと微笑んでまっすぐに指先を向ける。
「かといって、いまわたくしに与えてくださった、高人様の力を奪おうとしている事は見
過ごす訳にはいきませんわ。これ以上、高人様にご迷惑をかける訳にもいきませんし、何
と言っても高人様にいただいた力ですもの。ええ、奪われる訳にはいきません。そんな訳
で、貴方とはしっかり片を付けさせていただきますわ」
 真理がもういちど指先を振るう。皇帝の指揮を使おうと言うのだろう。
 しかし利根は全く動こうとすらしない。やはり宝の力で、利根には効果がなくなってい
るのだ。
「いっただろう。その力はもう通用しない。この願いの宝玉を手にいれたからな」
「なるほど。確かにセレクタは通用しないようですわね。でも、わたくしとてセレクタだ
けの存在ではありませんのよ」
 真理は言いながら、再び指先を振るう。
 しかしその指先は、今度は利根に向けてではなく、宙へと振るわれていた。
 小さな円を何度も描くようにくるくると回すと、その指先が描いた円の中から、一本の
ステッキが現れる。
 真理はそのステッキを手にとると、もういちどゆっくりと微笑む。
「わたくしは、ありすさんと同じ四元魔法の使い手ですからね。魔法を使うには杖がある
方がやりやすいのですわ」
「そういえばあんたの異名は氷の魔術師、だったな」
 利根が忌々しそうに呟く。
「ええ。氷の術はわたくしのもっとも得意とするところ。貴方にはしばらく氷に閉ざさせ
てもらいますわ」
 真理は言いながら杖を振るう。
「マリクト・イヴ・ラーグ・デルシャ。氷よ、かの者を撃て! アイス・コフィン!」
 真理が叫んだ瞬間。
 百は下らないだろう氷のつぶてが、真理の前に現れていた。その氷のつぶては、一斉に
利根に向かって降り注ぐ。
 だが利根も全く慌ててはいなかった。光の剣を構え直し、まさに神業としか言い様のな
い速度で、全てのつぶてを払い落としていく。
「その程度の術で俺を倒せると思ったら大間違いだ」
 利根の声が激しく響く。
 まさに魔法使い同士の争いという様子で、真理が派手な術を繰り広げては、利根が払い
落とす。利根が剣を振るえば、その前に魔力の壁が現れた。
 もはや高人には何もする事も出来ずに、外から眺めているだけだった。
 だが真理の力は高人によって高められている。次第に利根の方が圧されていた。
 利根の剣は真理の魔法によって、少しずつ削られていく。初めの大きさから、かなり光
が小さく変わっていた。利根の闘気の力が弱まっているのだろう。
「マリクト・イヴ・ラーグ・デルシャ。氷よ、かの者を撃て! アイス・コフィン!」
 真理の氷の術が再び放たれる。氷のつぶてが幾重にもなって、利根へと襲いかかる。
 利根は何とか剣でたたき落とそうとするが、剣には初めの時の威力はない。つぶてをた
たき落としていく途中、キィンと甲高い音を立てて、利根の剣が完全に打ち砕かれていた。
「ぐぅっ」
 利根が呻きを漏らして、衝撃で地面へと倒れる。その前に真理が立って、大きく杖を振
り上げていた。
「それでは、これでとどめですわ!」
 真理が強く言い放つ。
 そして次の瞬間。
 ギシッ、と鈍い音が響く。
 同時に空から巨大な蛸が降ってきていた。
「蛸ぉぉぉぉ!?」
 高人は叫びながら、慌てて奥の方へと逃げ出す。ありすもいつの間にか隅の方に退避し
ている。
 しかし全力で戦っていた真理と利根には避ける余裕すらない。
「うぎゃーーーっ!?」
「いやですわぁぁぁぁっ!?」
 二人はあらんばかりの悲鳴を上げるが、避けきれない。あわれ蛸の真下につぶされてい
た。
「ふはははははっ。みたか、園部真理めっ。蛸太郎の一撃はきいたろう。きいたろうが」
 そして現れたのは予想通り太郎の姿だった。
 さっきまでのシリアスな空気が一瞬のうちに砕け散っている。
 みると真理と利根の二人は蛸の下敷きになって、完全に目を回して気を失っていた。
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