不思議の国の異邦人 (11)
 三人は太郎の案内で、山の麓までやってきていた。
 もっとも山とはいってもごく小さなもので、本格的な山というほどのものではない。
 と、いうよりも、ここは宝探しにきた山だったのだ。
「なんか見たことある風景だっ」
 ありすは辺りを見回しながら、むぅ、とうなり声を上げていた。
 それもそのはずだろう。一行がいるのはちょうど、エルに襲われ逃げ出した時の場所だっ
た。
 それにしても、宝探しなどといってこの山に踏み込んだのが、もうずいぶん昔のような
気もしていた。
 しかし実際には、まだ数日前の出来事に過ぎない。
 あまりにもいろいろな。その多くはろくでもない事が起きすぎて、すっかり目に見える
風景が変わってしまったような気もする。
「なんか、ここにきたのずいぶん前のようだ」
 高人はしみじみと呟くと、それから前を見つめる。
「そうだな。私もそんな気がする」
 梨花も同じように呟いていた。
 梨花にしても今まで隠していた力を、見せつける事になった。いろいろと変わってしまっ
たように感じても不思議ではない。
 高人も力を手にいれて、使いこなせるようにすらなってしまった。元々生まれ持った才
能によって使える力だからか、案外と簡単に修得する事が出来たが、しかしそれまで見え
ていた世界とは異なるような気もする。
 そして目の前の太郎のような存在がいる限り、高人には再び元いた場所には戻れないの
だろう。
 だから闇の組織を打ちのめさなくてはならない。
 そうして元の平穏な生活を取り戻すんだと、そこまで考えてから、はたとありすの顔を
見つめていた。
「つか、こいつがいる限り、絶対元にもどらねぇ!? お前、疫病神か!? そうだろっ、
そうにちがいねぇ!?」
 思わず叫びだしていた。思えばありすと出会ってから、ろくでもない事ばかりだ。愚痴
の一つも言いたくなる。
「疫病神って……そんな、ひどい」
 しかしありすはいつもと違い、どこかほんのりと涙すら浮かばせて、じっと高人を見つ
めていた。
 その瞳に胸が急激に揺れた。
 高人はどうしていいかわからずに、あたふたと辺りを見つめる。いつものありすであれ
ば、間違いなく反撃してきただろう。
「たかくんにとっては、あたしなんてどうでもいいんだ。いない方がマシなんだ」
「い、いや。そんなことはないけどよ」
 高人が慌てて否定すると、ありすは微かに上目使いで高人を見つめてきていた。
「あたし、ここにいていいの?」
「も、もちろん」
 高人は大きく頷くと、胸の中が大きく痛んだ。
 どうしても忘れがちになってしまうが、ありすも中学生の女の子なのだ。そんなに強い
存在でもないし、自分を否定されれば悲しくも感じるだろう。少し言い過ぎたかもしれな
いと高人は思う。
「よかった。じゃあ、これで思う存分たかくんをいじめられるね!」
 だが次の瞬間には急激にいつものありすに戻って、嬉しそうに高人の肩をぽんぽんと叩
いた。
 それから何事もなかったように、すたすたと奥へと向かっていく。
 何があったのかわからなくて、高人はあ然とした顔でありすを見つめていた。
「高人くん。ありすちゃんにまたからかわれたんだよ」
 後ろで玲央が笑いながら、お腹を押さえていた。
 そして梨花が高人の肩に手を置いた。
「高人。いいかげんありすのやり方に慣れろ」
 梨花は呆れたとすら言っていい表情で、大きく溜息をつく。
 どうやらありすの新しいからかい方のようだった。
 高人はがっくりと肩を落として、それからすぐに首を振るって立ち上がる。
 いちいちありすのやる事を気にしていても仕方がないのは、今に始まった事ではない。
それよりもまずは闇の組織を打ち倒すだけだ。
「まぁ、とにかくだ! 闇の組織をぶちのめそう。太郎! もうこの近くなのか」
「は、はい。この先にあります」
 高人の言葉に応えて、太郎が遠くを指さす。
 いつのまに出来たのか、その先には確かに大きな館が立っていた。以前にはなかった建
物だ。
 もっとも高人もこの山には、最近立ち入っていない。宝探しの時にひさしぶりに入った
くらいだから、館の一つくらい出来ていても全く不思議はないのだが。
 館の方に近付いていく。
 みた感じはやや古ぼけた洋館といった雰囲気だった。ホラー映画にでも出てきそうだと
高人は思う。しかも一部つたが絡まっていたりする辺りが、いかにもといった風情だった。
 しかしここまで古ぼけた雰囲気になるほど時間が経っているとは思えないから、初めか
らこのように作り上げたのだろう。あるいは闇の組織だけに、雰囲気作りという奴だろう
か。
「つか。ベタすぎだろう。これ」
「何をおっしゃる! これぞ闇の組織の誇る本拠地、闇の館ですぞ!」
「……うわー。そのままなネーミング。つかなんだよ。俺は一体、何と戦ってるんだよ」
 高人は呆れて溜息を吐くが、太郎をみていてもこの組織がろくでもないのは、はっきり
と分かる。
 そもそも敵対している真理達ですら、まともとは言い難い。と、いうよりも絶対にまと
もじゃない。
 魔法という存在そのものが、もともと普通には有り得ないものではある。しかしかといっ
て、それを使う人間までまともではないのは、別の問題だろうと言う気はする。
「とにかく、みんないくぞ! 太郎。お前はここでじっとしてろ。もういちいち考えてい
ても仕方ない。正面突破だ!」
 高人は言い放つと正門を開ける。
 目の前に立つ洋館は、静かに高人を迎えていた。
 そしてまるで歓迎するかのように、玄関の入り口が自動的に開くが、中には誰の姿もな
い。
 自動ドアには思えなかったから、魔法の力で開いたのだろうか。
「どうやら、敵さんも大歓迎らしいぜ」
 高人は呟いて、それからまっすぐに向かっていく。
 これが罠だと言う事は、誰の目にも明らかではあったが、虎穴に入らずんば虎児を得ず。
高人は気にもせずに歩き出していた。
 洋館の中は意外にも気品溢れるたたずまいで、どことなく真理のいた屋敷と似ているよ
うにも思えた。この館も真理の屋敷と同じく、かなり大きな館ではあるものの、さりとて
探し回るのに一時間も掛からないだろう。
 敵のトップであるラインハルトとやらは、すでに真理の手に落ちているらしい。だとす
れば歓迎してくれる敵は、どれほどの力なのだろうか。
 太郎をみていれば、さほど力があるとは思えないが、あの真理が全力を持って戦おうと
していた組織でもある。真理の力は高人が力を貸さなくっても、絶大的なものだ。だとす
れば油断して掛かるわけにはいかなかった。
 高人は玄関を潜り、辺りを見回してみる。
 正面は赤い絨毯の敷かれた階段が広がっており、その左右に部屋がいくつかある。
「おー、立派な屋敷だ」
 ありすは感心した様子で、辺りをきょろきょろと見回していた。さすがにこれだけの屋
敷は、そうそう見られるものではない。
 玲央と梨花の二人も後から続いて、屋敷の中に入ってくる。
 その瞬間だった。
 ばんっと大きな音を立てて玄関のドアが閉じる。
 それとともに左右の扉が一斉に開いて、黒服の男達が姿を現していた。
「大歓迎って訳か!?」
 高人が叫ぶと同時に、天井のシャンデリアがぐらりと揺れる。
 見上げるとシャンデリアの上に、誰か見知らぬ金髪の男の姿があった。
 男はしかも銀色の仮面をつけて目を隠していた。まるでどこかのロボットアニメに出て
くる、宿命のライバルのようではあった。
 彼はシャンデリアから飛び降りると、そのままくるりと回転して、猫のように軽やかに
着地する。
 そして前髪を払うと、きざったらしい笑みを浮かべていた。
「ふ。君が藤村高人くんか。私は腐敗の魔術師ヤブ・ウェンリー。この闇の組織のナンバー
2だ。ラインハルトが真理の手に落ちた今、私が実質的にこの組織を仕切っている」
 ヤブ・ウェンリーと名乗った男は、きざったらしく笑っていた。しかも名前がどこかの
銀河戦記小説のパクリのようだった。
 見た目も名前もパチモンくさくて、それだけで十分に泣けそうになる。
「さっそく藤村高人をやっちまいましょう! ポチさんっ」
 左右から入ってきた黒服の一人が、ヤブ・ウェンリー向けて叫ぶ。ポチと。
「私をその名でよぶなぁぁぁっ!?」
 ヤブ・ウェンリー……いや、ポチがいつの間にか手にしたスリッパを、思い切り投げつ
けていた。スリッパは黒服の頭のすこーんと激突し、黒服は頭を抱えてうずくまる。
「す、すみませんっ。ポチさん!」
「だからっ、呼ぶなっつーのに!? 死にたいか!? 死にたいのか!?」
 ポチは黒服の方へと駆け寄ると、うずくまっていた黒服を何度も何度も足蹴にしていた。
 高人はあ然として、目の前のポチを眺める事しか出来ないかった。
 ポチはしばらく男を蹴りまくって落ち着いたのか、再び高人達へと向き直って前髪を払
う。
 しかし蹴りすぎで息が上がっていて、全く格好ついていない。
「失礼した。改めて、私の名は腐敗の魔術師ヤブ・ウェンリー。この組織を実質的に仕切っ
ている」
「んで、そのポチがわざわざ出迎えてくれたって訳か。ご苦労さんなこった」
「ポチいうな!? ヤブ・ウェンリー! ヤブ・ウェンリー! ヤブ・ウェンリーで一つ
よろしくお願いします!」
 選挙カーのウグイス嬢のように、ポチは何度もヤブ・ウェンリーの名を繰り返していた。
 もちろん、もはや誰もがその名で呼ぶつもりはなかったが。
「まぁ、とにかく、藤村高人! お前のせいで、ラインハルトが真理の手に落ちた。闇の
組織がこうして大きく成長したのも、ラインハルト有ってのこと。このままでは組織が再
び弱体化してしまう」
 ポチは前髪をもういちど払いながら呟くと、目の前にいる高人達へと一歩だけ近づく。
「それを防ぐ為にも貴様の命を奪い、真理の力を失わせ、ラインハルトを取り返す!」
 ポチは高人を指さして、それからふっと口元に笑みを浮かべていた。
 返り討ちに遭う事など、全く想定もしていない自信満々の笑みだった。
「うわー。ポチの癖に生意気な」
 ありすが呟くと、それに玲央がうんうんと大きく頷いていた。
「ポチちゃん、無理しない方がいいと思うよ」
「ポチ。でかい口を叩くな」
 梨花まで憐れんだ目をポチに向けていた。
「ポチいうなぁぁぁっ!?」
 ポチはぜいぜいと息を荒くしながら唸るが、もちろん誰もきいてはいない。
 頭を抱えるポチの周りに、黒服達が心配そうな顔をしてわらわらとよってくる。
「ポチさん、大丈夫ですか!?」
「ポチ様、しっかりしてください」
「ポチ、お手!」
 最後に何か変なものが混ざっていたが、誰しもがポチと名を呼んでいた。
「うがーーー!? お前ら、まとめて始末してやるっ!? 腐敗の魔術師をなめるなよ!」
 ポチが大きく叫ぶ。
 その瞬間、黒服達が血相を変えて慌てて部屋の中から退避していた。
「なんだ?」
 高人が呟いたその瞬間。
 ポチが大きく天井に向けて手を上げた。
「エルンダムブレイダム。我は求め望みしもの。無よ、我が願いに応えよ!」
 ポチの叫びと共に、手の先に野球ボール大の真っ赤な球体がいくつも現れる。
「ふははは。この腐敗球を生み出したからには、お前達には万が一にも勝機はないぞ! 
この腐敗球に触れたものは、全て腐り果てるのだからな!」
 ポチは高らかに笑うと、そのまま手の高人へと向ける。
「くらえっ、腐敗球!」
 ポチの合図に従って、赤い球の一つが高人へと向かう。
 だがそのスピードは遅くもないが早くもない。運動神経抜群の高人にとってしてみれば、
この程度の速度であれば簡単に避けられる。
 高人は軽く右手に避けると、赤い球は床へと落ちる。しかしその瞬間、じゅうじゅうと
音を立てて床が腐食し始めていた。あっと言う間に溶けて、巨大な穴を穿っていた。
「げ!」
 その威力に、高人は思わず絶句してしまう。
 床がこのように腐り始めるのだ。人間の体に当たったとしても同じように効果があると
すれば、触れればどのようになるのか、想像すらしたくもない。
「ふっ。みたか、腐敗球の威力を。しかもさっきのはほんの小手調べだぞ。本当の威力は
ここからだ!」
 ポチの合図に応えて、今度は複数の赤い球が揺れ動く。
「マジかよ!?」
 高人は叫ぶと、それからポチへと意識を集中する。
 一つの球ならそれほどの速度でなくとも、数が多くなればそれだけ避ける事も困難にな
る。高人といえども、簡単に避け続けるという訳にはいかなかった。
「これは遊んでらんねーなっ。俺の力を受けてみろ! 王者の権力!」
 プランタンにダサイと言われたネーミングを思い切り叫び放つと、高人はポチの力を奪
おうとして試みる。
 だがしかし、なぜか殆ど力は集まってはこない。微かに力を奪った実感はあるのだが、
目の前にいるポチの見せた力と比べて少なすぎるのだ。
「え!?」
 思わず声を漏らしてしまう。
 真理の話を信じれば、高人の力は絶対的なものだ。どんな相手にでも必ず通じるはずだっ
たのだが、しかし今、実際にポチには通用していない。
「ふっ。力が奪えないのが不思議かね? 私はお前の力は既に見切っていたのだ。確かに
お前は魔法使いの力を奪う事が出来る。しかしすでに発動した呪力に対しては通用しない。
つまりっ、私の力を一度別の器に移しておけば、お前から力を奪われる事はない!」
 ポチは大きく笑いながら、銀色の仮面の位置を合わせる。
 仮面がきらりと輝きを放っていた。
「むーっ。その仮面に力を封じ込めたね!」
 ありすがポチの仮面をじっと見つめて叫ぶと、その瞬間ポチは口元に不敵な笑みを浮か
べていた。
「その通り! 私ほどの高等な魔術師になれば、物質に力を移す事くらい何という事はな
い。この方法では腐敗球を操る以外の力は使えぬが、しかしこれだけあれば十分! さぁ、
腐れ、腐りまくるがよい!」
 ポチが両手を掲げて合図をすると、それ合わせて無数の球が高人へと降り注ぐ。
「うわたたたたっ!?」
 高人は慌てて球を避けるが、あまりの数に右往左往するばかりだ。
 とにかくここに留まっていては、やられてしまう。何とか活路を見いださなくてはなら
ない。そのまま一目散に走り始める。
「ふっ。さぁ、逃げろ。逃げるがいい! しかし、もはやどこにも逃げられんぞ」
 ポチは完全に勝利を確信した様子で、不敵な笑みを浮かべていた。
 高人は部屋の中を大きく回るように逃げると、その後ろを赤い球が追いかけていく。
「くっ。このっ、逃げるな!」
 ついさっきの言葉と全く違う台詞を呟く。ポチは必死になって球を操るが、高人は右に
左にステップを踏みながら、何とか球の直撃を避けていた。
「ありす!」
 高人は同時にありすの名前を呼ぶ。
 その瞬間、ありすは大きく頷くと懐からキーホルダーを取り出して呪文を唱え始める。
「開けゴマたまご!」
 ありすの呼び声に応えて、キーホルダーが一本の杖へと姿を変える。相変わらず呪文の
内容はよくわからなかったが、この際気にしない事にした。
「まりくと・れい・いるあねす・ぬる。黄昏より来たりし金色よ! あたしの声に応えな
さいっ。えいっ、ふぁいやーぼーるっ!」
 ありすの呼び声に応えて、目の前に大きな火の球が浮かび上がる。
「さて、こっちの球とそっちの球。どっちが強いかなー?」
 にやりと口元に笑みを浮かべて、ポチの方を不敵な顔で見つめていた。
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