不思議の国の異邦人 (08)
「やだっ、やめて!」
 ありすの声が部屋の中に響いた。
「いいえ、やめませんわ」
 真理は冷たい声で告げると、そのまま手を大きく振り上げて一気に降ろす。
 バシンと小気味のいい音が、ありすの身体から発せられていた。
「いたぁっ!? くそうっ、次こそ真理の番だからね。あたしのしっぺは、むっちゃ痛い
んだから」
 ありすは叩かれた左腕を抑えながら、ムキになってトランプを掴んだ。
 二人は何故か部屋の中でトランプをして遊んでいた。真理とありすの前にトランプが再
び配られていく。
「しかし、そろそろ時間的に高人様がいらしていい頃だと思うのですけども。遅いですわ
ね。やはり、あれじゃないですの。貴女の事をあんまり大切に思っていないから、ほっと
こうっていう魂胆ですわ。そう、つまり高人様の愛はわたくしにだけ向かっているのです
わね」
「そんなことないし! つか、たかくんは私のおもちゃなんだから、おもちゃは主人の為
に働くべきだし!」
「まぁ、高人様に働かせるなんてそんなことしてはいけませんわ。高人様はわたくしのそ
ばで、わたくしの事を思いながら詩を歌っていてくればいいのですわ」
「うわー。たかくんには似合わない、それ」
 ありすはぱたぱたと手を振るうと、それからゆっくりと立ち上がる。
「けどさ、なんであたしはここでトランプで仲良く遊んでるんだろ」
「あら、わたくしと遊んでもらうといったじゃありませんか」
「そーだけどっ。なんか普通と意味がちがくない? まぁ、あたしは危害を加えられない
なら別にいーけど」
 ありすは眉を寄せながら呟くが、真理は全く気にした様子はない。配られたトランプを
手にしながら、ゆっくりとした声で答えていた。
「あら、わたくしは初めから怪我をさせたりするつもりはありませんでしたわ。エル達に
だって高人様をお連れするようにと命じただけですし。まぁ、絶対に来てもらうようにす
るのですわよ、とは付け加えましたが乱暴な手段でまでとは言ってませんわ」
「ふうん。ま、いいけど。たかくんはあたしのだから、勝手な事したらだめだかんね」
「まぁ! 高人様はわたくしの夫となるべき存在ですもの。ですからもちろん、あんなこ
とや、こんなことをしたり……」
 どうやら真理は想像の世界に旅だってしまったらしく、どこか遠い目をしていた。
「駄目。たかくんはあたしの。どーしてもというなら、一回貸し出す毎に千円だからね?」
 ありすはありすで勝手な事を呟いていた。
「それは安すぎだろ!? つかお前のじゃねぇっ!」
 と、不意にありすの背後の扉が開いて、聞き覚えのある声が響く。
「おおっ、たかくんっ。はばないすでー?」
「すごーい鬱な気分だっ! なんで人が決死の思いで助けにきたのに、仲良く敵とトラン
プして遊んでやがる! おまけに勝手な事をほざきやがって!」
 高人は声を思い切り張り上げながら、ありすの元へと駆け寄っていく。
「いやぁ、だって真理が部屋につくなり、それではトランプでもしましょうかっていうか
ら。つか、罰ゲームのしっぺはこれで私が五連続っ。絶対、次こそ真理にしっぺしないと
気がすまないんだからっ!」
 ありすは手を握り締めながら主張すると、確かにしっぺで真っ赤になった腕が見て取れ
た。
 高人からは本当に痛々しく見えた。いろんな意味で。
「まぁ、高人様。少し落ちついてくださいませ。わたくしも、わたくしに非があった事を
認める事はやぶさかではありません。しかしわたくしの話を聞いて欲しいのも確かですの」
 真理は静かな声で、まるで諫めるように高人へと告げるとゆっくりと顔を向ける。
 こうして微笑んでいる姿は、どことなく気品も感じさせて、彼女がお嬢様だと言う事を
嫌でも認めさせる。
 もっとも高人の事を考えている時に、涎を垂らして興奮していた姿を見た後では、いま
いち納得出来はしなかったか。
「わかった。俺やありす、梨花や玲央に手を出さないっていうなら、話くらいは聞いてや
る」
 高人は少し呆れながらも、しぶしぶとありすの隣に腰掛けていた。
「真理はたかくんに手だしたりしないと思うよ。たかくんにぞっこんだから」
 ありすは楽しそうにぱたぱたと手を振るが、高人は素直に眉を潜める。
「いや、それもどうなんだ……?」
「ま、とにかくっ。真理の話を聞いてみよう! やってみよう!」
「やるのかよ!? まだ話も聞いてないっつーの!」
「いや、これは言葉のあやというものだよ、武知くん」
「誰だよ!? 武知って!?」
 高人がはぁはぁと息を荒くしているのをみてとると、ありすは本当に楽しそうに高人の
肩に手をおいた。
「まぁ、たかくん。あまりこまかい事いうと早く禿げるよ? もう禿げてるんだし」
「禿げてねぇぇぇぇぇ!!」
 高人の怒号が、部屋中に響き渡っていた。
 もちろんありすには、今自分がとらわれの身であるだなんて認識は一切ない。
「高人様……その年でハゲですか。ああ、なんということ。でもわたくしはハゲでも構い
ませんわっ。ハゲでも!」
 真理がその後から追い打ちをかけるようにハゲを連呼する。
「だからっ、ハゲてねぇっつーのっ!?」
 高人の声は、まるで悲痛な願いのようにも聞こえていた。
 呆然としていた梨花と玲央が、後で大笑いを始めたくらいには。


「まずは皆様にご迷惑をかけた事をお詫び致しますわ」
 真理が深々と頭を下げる。
 どうやら真理も、もともとあまり手荒い真似をするつもりはなかったらしい。エルと利
根の半ば独断で、仕方なくこのような対処になったという話だった。
 それが本当かどうかはわからないが、とにかく今は礼儀正しく乱暴な真似はしていない。
それならば少しくらい話を聞いてやってもいいかと、高人は思う。
「でもどうしても高人様に協力していただきたかったのです。そしてわたくしの夫となっ
ていただき、あんなことやこんなことや、あまつさえそんなことまでっ。ああっ」
「いや、それはもういいから!? つか、何考えてるんだよっ。いやっ、説明はしなくて
いいからなっ!?」
 高人は真理がいちいち語り始めるより先に、前もって静止しておく。こうでもしないと
真理がいちいち騒ぎ出すのは、もうすでに認識済みだった。
「なんだか先に釘を刺されて、言えなくなってしまいました。残念ですわ」
 真理は心底がっかりとした様子で、溜息を漏らしていた。
「それはいいとして。で、協力して欲しい内容っていうのは何だよ」
「あ、はい。それはわたくし達とことある毎に敵対している闇の組織という組織がありま
して、彼らが最近活動を活発化させているのですわ」
「……やっぱり闇の組織なのか」
 ぼそりと呟く。
 エルが言っていた事は、どうやら嘘や冗談などではなかったらしい。あるいは真理と二
人して担いでいるとも考えられなくもないが、それにしてはくだらなすぎる冗談だ。
「ええ。彼らは禁忌とされている魔法でも平気で使うので闇の組織と呼ばれているのです
けども、今まではわたくし達よりも劣る魔法使いしか所属していなかったため、さほどの
驚異にはならなかったのですの。しかし、どうやら最近強力なセレクタを持つ魔法使いが
リーダーにのし上がってきたらしく、組織を急激に大きくしたのですわ。そしてその力を
使って世界征服をしようとしていますの」
「は?」
 高人は間抜けな顔で訊ね返していた。
 いま何といったのか、耳では聞こえていたが頭が拒否していた。
「まぁ、ですから。世界征服ですわ」
「どこのアニメの話だよ!?」
「アニメでも漫画でもなくて、現実の話ですわ、高人様。例えばわたくしのセレクタ、皇
帝の指揮を例にとればそれが不可能ではない事を感じさせませんか。私の力は本気で操ろ
うと思えば、精神までも操る事が出来ます。このような力で総理大臣や大統領を裏から操
作したとしたらどうです。世界征服にも等しいと思いませんか」
 真理の一言に、今度は高人が言葉を失っていた。
 確かに政治家を裏で操るような事が出来たら、それは世界を自由に動かせるということ
なのかもしれない。そして真理の力を見た後では、あるいはそれも可能なのかもしれない
とも思わせる。
「魔法というは、私のような魔法使いですら全てを把握していない力ですわ。そもそも魔
法使いというのは、いろんな力を持つものの総称ですから。例えるなら、いわゆる超能力
だって魔法と言えるかもしれませんもの。だから何が出来ても不思議ではありませんわ」
 真理の言葉に、高人は思わず納得してしまう。
 魔法なんて言う存在が、そもそも常識の範囲から外れているのだ。そこに世界征服を企
む闇の組織だとかが加わっても、どれほどの不思議もないだろう。
「おおおっ、世界征服。男の浪漫! ビバ、世界征服っ!」
 隣でありすが突然、声を上げていた。
「びば言うな!? つかお前女だろ!」
「まぁまぁ、たかくん。細かい事いうと禿げるよ。つーか、もう禿げかけてるのに」
「禿げてねぇ!? つか、そのまたそのネタかよ!?」
 高人は思わずつっこみを入れると、ありすはふふんと鼻で笑う。
 高人の肩に手を置いて、がんばれ、とだけ呟いていた。
 梨花と玲央が後でくすくすと笑っている。真理は憐れみを含んだ瞳で、じっと高人を見
つめていた。
「ああ、高人様。大丈夫ですわ。部下に命じて、禿げに良く利く魔法薬を開発させましょ
う。ですから、安心なさってください」
「だから禿げてねぇ!? 俺はまだ中学生だぞ!? 禿げてたまるか!?」
 高人が大声で叫ぶと、梨花が含み笑いを残しながら高人へと向き直る。
「いや、若ハゲという言葉もあるからな」
「だから、ハゲじゃねぇ!?」
 高人は荒い声で叫んで、それから真理の方へと向き直る。
「もうハゲはいいからっ。話をいいかげん進めてくれっ。この世界征服を企む組織がいる
として、そこでどうして俺が出てくるんだよ!」
「はい。そうでしたわね。高人様には、魔法の力を強める力があります。そこでわたくし
の力を強めて頂きたいと思っていますの。高人様によって強められた、わたくしの力なら、
どんな相手でも自由に操る事が出来ます。そうしたら、まずは組織の下っ端を捕らえ、組
織のリーダーが誰かさえ聞き出しますの。そうすれば、あとはリーダーを操るだけで事足
りますわ。わたくし一人の力では、リーダーの能力がわからないだけに、どうなるかわか
りませんが、高人様の協力があればまず操る事に失敗はしませんもの」
 真理はにこやかな顔で、高人へと微笑みかけていた。
 ただその微笑みの中に、どこか冷たいものを感じるのは、高人の気のせいなのだろうか。
 それとも真理もこの若さとはいえ、絶大な力を持ち、部下を多数抱える組織の頂点なの
だ。あるいは人の上に立つものというのは、そうした冷たさをどこかに備えているものな
のかもしれない。
「それだけか? 俺はよく使い方もわかっちゃいないが、力をあんたに渡せばいいのか?
 そうすれば俺やありすに余計な手出しはしないと誓うか?」
「玲央ちゃんと梨花ちゃんは!?」
 高人の台詞に、玲央がつっこみを入れていた。
「いや、まぁ、じゃあついでに玲央と梨花も」
「私達はついでか?」
「ひどいっ、ひどすぎるっ。玲央ちゃん、傷ついた!」
 梨花と玲央が口々に文句を付け始めていた。
「いやっ。だからいちいちちゃちゃをいれるなよ!? 話が進まないだろ!」
 高人は叫んですぐに真理へと振り返る。
「で、どうなんだ? それ以上、俺達に関わらないって約束出来るか?」
「そうですわね。力を貸していただければ、わたくし達はありすさんや他の皆さんにはご
迷惑をかけないと約束しましょう。ただ」
 真理は少し顔を沈めて、高人の方へと振り返る。
「高人様に関わらないなんてことはっ、わたくし出来ませんわっ。力がどうとかでなくて、
高人様はわたくしの夫になるべく生まれてきた方ですからっ。いつもそばにいてほしいで
すわっ!」
 真理は寂しそうな顔で、高人の裾をぎゅっと握る。すがるような瞳をみていると、なん
だかものすごく悪い事をしたかのようにも思えた。
「よっ。たかくん、すごい好かれたね。よかったね」
 と、ありすはけらけらと他人事のように笑っていた。実際、ありすにとっては他人事に
過ぎないのだろうが、なんとなく頭にくる。
 しかしありすにいちいちつっこみをいれていても仕方がない。まずは真理との話を終わ
らせる事を優先させようと思う。
「なんで俺がお前と結婚しなきゃならないんだよ!?」
 高人はとりあえずありすの戯れ言は無視して、真理へとつっこみを入れる事にした。真
理は心底驚いた顔を浮かべて、それから首を傾げる。
「高人様の事が好きだからですわ。高人様の肉体美は、それはもう素敵ですもの。愛さず
にはいられませんわ。もうそれは涎があふれ、じゃなくて、息が荒くなる、でもなくて、
そう。胸がときめくのですわ」
 その真理は心底理解出来ない主張を繰り広げていた。
「なんでだよっ。つか肉体美っつーけど、俺はそもそも特別に鍛えた体じゃねぇぞ!? 
多少スポーツは得意だが、それだけだ!」
「まぁ、それがいいのではありませんか。ぶよぶよの体も、筋肉しかついていない体もど
ちらも願い下げですもの。高人様のバランスのとれた肉体こそ、世界で最高の美なのです
わっ。とにかく、高人様に関わらないという条件だけはのめません。それがどうしても駄
目と言われるなら、力なんてなくてもいいですわっ。高人様のおそばにいますっ」
 真理は真剣な顔で叫んでいた。
 もう、ものすごく趣旨から離れていたが、真理は全く気にしていない。どうやら目の前
の少女にとって、世界征服をたくらむライバル組織と戦う事よりも、高人のそばにいる方
が大切な事らしい。
 そうして振り返ってみると、高人を連れてきたのも闇の組織云々は口実に過ぎなくて、
そばに置いておきたかっただけなのではないかと言う気すらしてきていた。
 しかしこの条件を飲まなければ、ありす達に危害が及ぶ可能性だってゼロではなかった。
もし真理達が何もしなかったとしても、闇の組織やらがどう出てくるかはわからない。あ
りす達に手を出して、高人に協力を願う可能性だって考えられた。
 それくらいなら真理に力を渡して、組織の事は組織同士でやらせた方がいい。真理が闇
の組織とやらに対処すれば、その危険性も少なくなる。
 もちろん真理が嘘をついていて、闇の組織なんてものは、初めから存在しないという事
も考えられた。しかしもしもそうだとすれば、高人は力を奪い返せばいい。
 まだはっきりとは力の使い方を理解してはいなかったが、エルから奪った力をエルに戻
せた事を考えても、与えた力も取り返す事だって出来るはずだった。
「わかった。その条件でいい」
「まぁ、わたくしの夫になると」
「違うっ!? 俺に会いにきたりするのは構わないっていうだけだ!? ただしありすや
梨花、玲央にはいっさい危害を加えたりするな。俺は代わりにお前に力を貸してやる。そ
れ以外の事はいっさい関わらない。お前達で勝手にやってくれ。いいな、それで」
 高人ははっきりと言い放つと、少しだけ真理は寂しそうな顔を浮かべる。
 しかしすぐに高人の目をのぞき込んで、ゆるやかな声で答えていた。
「……わかりました。その条件を飲みましょう」
 真理は渋々ながら呟くと、小さく溜息を吐き出していた。
「高人様が夫になる確約をしてくれなかったのは残念ですが、それはそのうち獲得すると
して、まずはわたくしに力を与えてください」
 真理の声が、どこか寂しそうにも思えた。
 それはそれで、やっぱりろくでもないと思った。
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