不思議の国の異邦人 (04)
二.お嬢様は絶対の魔法

 目を覚ますとベッドの上で横になっていた。
 ベッドは今まで経験したことがないほど、ふかふかでかつ豪奢なものであり、部屋の中
にある調度品もそれに負けないほど立派なものばかりだった。
 高人にはよく分からないが、壁際には大きな絵画が高そうな額の中に飾られている。
「いったい、ここはどこだ?」
 高人は呟くが、もちろんそれに答えるものは無い。しかし殺されていない事だけは確か
で、ほっと息を吐き出していた。
 ベッドから起きあがろうとして、しかし身体が重くすぐには立ち上がれない。なんとか
身を起こすものの、ここから抜けだそうというような気力は浮かんでこなかった。
 その時、不意に扉が開く。
 高人は思わず身構えようとするが、身体がまるで言うことをきかない。仕方なく首だけ
をそちらの方へと向けていた。
 入ってきたのは、年の頃で言えば高人と同じくらいの少女だった。ありすや梨花と違い、
しとやかなお嬢様然とした雰囲気が一種独特の世界を作り出している。そこに彼女がいる
だけで、世界がしっとりと色づくような、そんな少女だった。
 少しフリルのついた黒いワンピースが、彼女をどこか大人びて見せる。
「あら、お目覚めになったのですね、高人様。とても残念ですわ。ああ、わたくし、寝て
いる高人様にあんなことや、こんなことや、あまつさえそんなことまでしてしまおうと思っ
ていましたのに」
 しかし口を開いた瞬間、高人の考えは一気に崩れ去っていた。確かに喋り口調は、お嬢
様風のところもないではない。けれど言っている内容は、ありすと比べても遜色ない、い
やむしろ勝っているほどろくでもないものだった。
「どんなことだよっ、いったい!?」
 思わずツッコミを入れるが、残念ながら身体がうまく動かないので手までは動かせない。
「まぁ。淑女に口にさせるおつもりですか。わたくし、恥ずかしくて顔から火が出そうで
すわ。でも、高人様がお望みとあれば。ええ、まず高人様の胸のぼた……」
「いうな!? いわんでいいから!?」
 彼女の口から、本当に聞きたくもない台詞が飛び交いそうで、慌てて静止する。
 高人はもはや溜息をつく事すらおっくうで、ガンガンと鳴り響く頭を抑えるだけでも精
一杯であった。
「……そうですか」
 素直に頷く彼女だったが、その顔にはっきりと落胆の色が見てとれる。何を言うつもり
だったのかは気になるものの、恐らくは聞いた方が後悔する事になるだろうから、敢えて
触れないでおく。
「それよりあんた誰だよ。つか、ここはどこだ。俺はなんでここで寝てるんだ」
「まぁ。質問は一つずつにして頂きたいですわ。高人様」
 ほんわりとした口調で、けれど彼女はいたずらに微笑みかけてくる。
「……じゃあ、まずあんた誰だよ」
 高人は眉を寄せながら訊ねかけると、もう少し身体を起こそうとして手をつくが、なか
なか動かない。
 そんな様子をみて目の前の少女は、口元に手を当てながら呟いた。
「まぁ、高人様。まだ体調が優れないようですから、無理されない方がいいですわ。あっ
と、わたくしは園部真理と申します。以後よろしくお願い致しますわ」
「あ、ああ。よろしく。って、そうじゃないだろ!? あんたが、俺をここに連れてきた
のか!?」
 高人は思わず叫ぶが、真理は何食わぬ顔でそうですわと頷いていた。
「いちど高人様とゆっくりお話がしたかったんですの。だからエルと利根に命じて、高人
様を拉致……じゃなくて、誘拐……じゃなくて、ご招待したんですわ」
「って、どこが招待だぁぁぁっ!? あんたがいま先にいった方が合ってるだろ!?」
「まぁ!? そのような事をおっしゃるなんて、ちょっとばかり言葉面が違うだけではな
いですか」
「全然違うわっ!? つーか、あんた何で俺と話したいんだよ!?」
 高人はぜぇぜぇと息を荒くして真理の方を見つめる。
 少し身体も楽になってきたのか、多少は自由が聞くようになってきていた。もしかする
とエルや利根と歩いていた時に、抵抗しないように薬か何かを使われていたのかもしれな
い。その効力が切れだしてきたのだろう。
「まぁ、それは高人様に興味があるからですわ」
 真理は呟きながら、それからぽんと手を打って目を輝かせながら傍に近付いてくる。
「え?」
 思わぬ一言に、胸がどぎまぎと波打つ。
 きょ、興味があるって一体? と動揺しながらも、なんとか落ち着かせようとして胸元
に手を当てる。
「お話はすでに聞いていると思いますが、高人様はとても大きな力をお持ちなんですよ。
その力を取り出して引き出せば、平凡な魔法使いが天才の名を欲しいままに出来るほどの
力ですの。そんな力を使わずに眠らせている高人様にとても興味をもっておりますの」
 真理はにこりと微笑んで、それから陶酔しているかのように目を虚空に彷徨わせる。
「それと高人様の、その肉体美はそれはもう美しいと思いますの。わたくし、もう涎が溢
れそうで、じゃなくて、なで回したい、でもなくて……ええと、観賞させていただきたい
と思っておりますわ」
「どんなだよっ!? つか、どっちだよ!? って、いうか、お前は変態か!?」
「まぁ。変態だなんて。そんな。でも、高人様がお望みなら、わたくし、変態でも構いま
せんわ」
 顔を赤らめながら言う真理に、ぞくりと身体が震える。こいつは真正の変態に違いない
と高人は心から確信していた。
「俺は変態はいやだ!」
「まぁ。照れてらっしゃるのですね?」
「違う! 絶対違う! 天と地と神に誓って違う!」
 真理と話をしているだけで、意識が遠くなるような気すらする。目の前にいる少女は、
一体どこの地球外生物だろうと頭を抑えずにはいられなかった。
 しかし高人のそんな思いに気が付いたのか、真理はこほんと小さく咳をして、再び高人
へと向き直る。
 その瞬間、真理の周りの空気が一変したようにも感じられた。
 先程までののほほんとした雰囲気が、一気に冷たく染まったような、そんな感覚が高人
の中を包み込む。
「まぁ、それはさておき。こうみえても、わたくしも魔法使いの端くれですから。高人様
の力には大変興味を持っておりますの。やはり魔法使いとして生まれたからには、どこま
でも高みを目指し、魔導師の位を手にしたいと思っているものですわ」
 真理の言葉に再び身体が震えていた。
 ありすが言っていた霊核とやらの事だろうかと思考を巡らせる。
 もしも目の前の少女が、それを目的としているのであれば、高人は殺される。恐らくは
抗う事は出来ないだろう。抵抗しようとしても高人ではエルや利根には敵わない。
 もしかすると華奢な体つきの真理にすら、対抗する事は出来ないのかもしれない。
 高人は今までありすと争って勝利した事がない。今日の巨大な雪玉攻撃のように、いつ
もありすの行う予想外の攻撃にしてやられていたのだ。
 真理も聞けば魔法使いだという。どんな力を持っているのかは分からないが、見た目だ
けでは判断が出来ないだろう。
「俺をどうするつもりだよ?」
 まるで肉食の獣を前にした小動物のように、警戒し、そして怯えずにはいられなかった。
けれど少しでもそれを隠そうとして、視線を逸らさずにいる。それがいま高人の出来る精
一杯の虚勢だった。
「まぁ、どうもしませんわ。高人様にはわたくしの傍にいてもらうだけです。ずっと、ずっ
とね?」
 真理の言葉は、今まで通りどこか世間ずれしたような口調ではあったが、それなのに鋭
さと冷たさがにじみだされていた。
 高人は何も答えられない。
 どうしていいのかもわからなかった。


「たかくんがっ。たかくんがさらわれちゃったよ。どうしよう、どうしようっ。ぷらんた んっ、どうしよう!?」  ありすはひとり置き去りにされた場所で、右往左往するばかりだった。  プランタンが、キュー、とどこか心配そうな鳴き声を漏らす。ありすの頭の上をくるく ると回って、それから大きく羽ばたいてありすの肩に止まる。 「たかくん」  寂しげに高人の名を呟いた瞬間、不意に背中側から聞き慣れた声が掛けられていた。 「高人は、さらわれたのか?」  振り返ると梨花がいつの間にか立っていた。  いや梨花だけではなく、玲央も梨花の隣で佇んでいる。  しかし二人がこれだけ近くまで近付いてきたというのに、動揺していたせいか、ありす は全く気が付いていなかった。  魔法使いであるありすは、鋭敏な感覚を備えている。従って普段のありすならば絶対に 有り得ない事で、いかに動揺しているかを如実に表していると言えた。 「う、うん。たかくんが、たかくんがっ。どうしようっ、どうしよう!?」 「まぁ落ち着け、ありす。お前は以前、高人のいる場所はどんなに離れていてもわかるっ て言っていなかったか?」  梨花の一言に、ありすはあっと小さな声を漏らしていた。  玲央がその後でぽんっと手を合わせて頷く。 「うん、そうだよね。玲央ちゃんも、前に聞いたことある。ありすちゃんと高人くんは波 動がすっごく近いから、それを辿ればどこにいるかわかるんだよね」  玲央の言葉に、ありすは大きくうんっと声を上げて頷く。  それから玲央と梨花の手をとって、ぶんぶんと大きく振るった。 「そうだった! 探してみるっ。みるみるみちる」  ここに高人がいたならば、それはちるちるみちるだろっと思わず叫んでいただろうが、 今は誰もつっこむ人がいない。ありすの戯言はそのまま聞き流される。  ありすもつっこみがない事に少し寂しげではあったが、今は集中する方が先だとばかり にぎゅっと目を瞑った。  人、いや生物は全て誰もが微弱な電磁波を発している。しかしその中でも特別な波長の 電磁波を発している者だけが、魔法使いとしての素質を備えている。  ありすももちろん他とは違う特別な波長を発していたが、高人はそのありすとほぼ同じ ような波長を生み出していた。  似たような波長の人間同士は、どこかで引き合うのか、離れていてもその存在を感じ取 る事か出来た。ただしそのような波長を持っている存在は、世界に一人いるか否かで、同 じような波の人間は滅多にいないのだ。  すなわちありすと高人も、見えないところで結ばれているとも言えた。  ありすは意識を一点に合わせる。この波動はあくまでも微弱なものだ。完全に意識を一 つにして捉えない限りはわからない。  暗闇の中で不思議な揺らめきを感じる。それは自分の発している波長だ。その波長を少 しずつ少しずつ辿りながら、同じ波長を発して共鳴している存在を追いかける。  しばらくすると、自分と同じ波長を感じ始める。そのはずだった。  しかしどれだけ集中して意識を合わせても、高人の存在を感じ取れない。まるで世界中 どこまで追いかけていっても、高人はいないかのように。  もちろんあまりにも遠く離れすぎていれば、感じ取れない事はある。実際、ありすは外 国からこの街に転校してくるまで、高人という存在を知らずに生きてきたのだから。  それでも一度感じた存在はそう簡単に見過ごす事はないし、そもそもまだあれからさほ ど時間はたってはいない。仮にジェット機に乗ったとしても、そこまで遠く離れていると も思えなかった。  なら波長がないという事は、素直に考えれば高人は死んだと言う事だ。命がなくなれば、 どんな波も発する事はない。 「たかくんが……いない……」  だからこそ、ありすはぽつんと小さな声で呟いて泣き出しそうになる。  しかしすぐに大きく首を振るうと、ぎゅっと手を握りしめる。 「そんなことない。そんなことあるはずない。たかくんをいじめていいのは、あたしだけ なんだからっ」  ありすはもういちど意識を一点に集中させる。単純に捉え損ねた可能性だってある。集 中すれば見つけられるかもしれない。浮かんでくる疑念を何度も何度も振り払い、ありす は高人を探し出そうとする。  けれどどんなに感じ取ろうとしても、ありすには高人の存在が感じ取れなかった。 「……たかくんの声が聞こえない。たかくんは、もう……いない?」  ありすの呟きに、梨花も玲央も答えられない。彼らは魔法使いでもないし、そういった 感覚がわかるわけではない。困惑して、ありすをじっと見つめているだけだ。  しかしありすは一人、ぶんぶんと大きく首を振るって、自分の頬を両手で強く叩く。 「違う。そんな訳ない。たかくんが、いなくなるはずなんてない」  ありすは頷いて、そのから梨花と玲央の方へと振り返る。 「あたしは、たかくんは見つけられなかった。でも絶対どこかに生きてる。だから、お願 い。たかくんをみつけるのを手伝って欲しい」  ありすのいつになく真剣な声に、二人は間をおかずに頷いていた。 「うん、ありがとう」  呟いた瞬間。ありすは急に感じた感覚に驚いて、目を大きく開く。 「ありすちゃん、どうしたの?」  玲央がありすの顔を覗き込むが、ありすはその声が聞こえていないのか、渋い表情のま ま空を見上げていた。 「だめだ、感じられない。いま、たかくんの気配がしたような気がしたんだけど、気のせ いだったのかな」  ありすは日が沈む方向をじっと見つめながら、溜息を一つこぼす。 「そっちから感じたのか?」  梨花もありすと同じ方角に向き直って、それからありすの横顔を見つめる。 「うん。そんな気がしたんだけど」 「なるほど。なら、一つ心当たりが無くもない」 「え?」  ありすがきょとんとした顔で、しかし期待に満ちた瞳を梨花へと向けていた。  梨花は軽く咳払いをすると、これはあくまでも推測だが、と前置きを置いて話し始めた。 「そちらにある最近出来た大きなお屋敷に、非常に長い黒髪の女性が出入りしているのを 見た事がある。その時は意識しなかったが、もしかすると先程のエルという女性だったの じゃないかと思ってな」  梨花の言葉に玲央は首を捻る。 「それって、ぜんぜん確証もなにもないよね」 「まぁ、そうだな。それだけのことなのだが、心当たりが何もないんだ。小さな事でも探っ てみるしかないのではないかな」  梨花はゆっくりと右腕を上げて、それから眼下に広がる街並みの一点を指さしていた。  ここからでもわかるほど大きな屋敷が確かに見える。この館が梨花のいうお屋敷なのだ ろう。  そこに高人がいるという保証はもちろんないし、ただ髪が長いだけの別人かもしれない。 それでもありすには手がかりがない以上、行ってみるしかなかった。  恐らくは警察などに届け出をしたとしても、信じては貰えないだろうし、ありすとは違 う種類ではあるがエルも魔法使いだ。様々な術を使えば、とても警察の手には負えないだ ろう。自分で高人を取り戻すしかない。 「うんっ。とにかく急ごう! ここから歩いていたら時間がかかるから、しょーとかっと するよ! 待ってて」  ありすはそう叫んで懐をあさる。 「うんと、これじゃないし。これでもない」  いくつかの道具を取り出しては、これは違う、あれも違うと撒き散らしている。 「なんかありすちゃん、未来からきた猫型ロボットみたい」  玲央がぽつりと呟いたが、高人と比べるとやはりつっこみが緩やかで、そこもありすに は物足りない。 「あ、これだ!」 「おおっ!」  ありすの声に玲央が思わず目を見張る。  ありすの手に握られていたのは、一枚の紙切れであった。 「なになに『高い時を告げる独り者が、鳥と一緒に笑うところに金色の想いを込めた』… …って、これ宝の地図だ!」  ありすの一言に、玲央が軽く足を滑らせていた。 「期待してたのに、ありすちゃん。ぼけてる場合じゃないよ?」 「うん。そうだ。これはもういらないや」  そのまま紙くずの様に放り投げると、もういちど懐を探る。 「ほんとはこっちだ!」  ありすは懐からワンドの元になる、小枝のような形のキーホルダーを取り出していた。 さきほど利根にワンドは蹴られて失っていたが、あの後プランタンが探し出してありすの 手元に戻っていた。 「じゅげむじゅげむごこうのすりきれっ」  ありすが不思議な呪文、ではなくて落語の一節を唱えると、その瞬間キーホルダーが今 度はホウキのように姿を変えていた。 「のびろのびーーーろ」  ありすがホウキをさすりながら念じるに応じて、ホウキの柄がまるで生きているかのよ うにうねりながら長さを増していく。  だいたい2メートル近くにまで伸びたところでホウキを撫でるのをやめると、ホウキの 柄を飛び乗るようにしてまたぐ。 「さ、のってのって! 一気にいくから!」 「う、うん?」  ありすの言葉に玲央は少しためらうものの、梨花は気にした様子もなくありすの背中に ついていた。仕方なしに玲央も、その後にまたがっていた。 「じゃあ、いっくよーっ。れっつごー! はいよー、しるばー!」  ありすの声に応えるようにして、ホウキがふわりと音も無く宙に舞う。 「ほ、ほんとに飛ぶの? ね、飛ぶの?」  玲央がやや不安そうに呟くが、ありすはもちろん聞いてはいない。 「たかくん、待っててね! いまいくからね。あたしが必ず助けてあげるから!」  ありすがやや前傾姿勢になったと同時に、ホウキは一気にスピードをあげて木々を飛び 越えていく。 「ほぅ、これはすごいな」  梨花が感嘆の声を上げるが、玲央は顔を歪ませて目を瞑り梨花にしがみついている。  三人を載せたホウキと、その後を必死で追いかけるオウムはハイスピードで屋敷へと向 かっていた。
Back Next
良かったら読んだ感想を下さい!
タイトル
お名前 (必須)
メール

★このお話は面白かったですか?
すごく面白かった  面白かった  まぁまぁ面白かった  普通
いまいち  つまんない 
★好きな台詞があれば


★印象に残ったシーンがあれば


★その他、感想をご自由にどうぞ!