遊園地のディドリーム (13)
 そうは言ってもあてなんかない。もともとくるみの存在そのものが不安定なものだ。幽
霊ではないらしいが、しかしそれは逆に彼女を謎に包んでいた。どこにいけば見つかるの
か。全くわからない。
 それでも二人でただ歩いていた。アトラクションには乗らなかったけど、そこに誰かい
ないかはじっとみてまわった。
 もっともくるみが一人でアトラクションに乗っているはずもないのだから、乗る必要性
なんてなかったけども。
 ファンタジーランドはこの辺りで最大の遊園地だ。歩き回るだけでもそれなりの時間が
過ぎる。
 コーヒーカップの影。お化け屋敷の裏。ジェットコースターの下。様々なアトラクショ
ンの傍には、くるみの姿はない。
 レストランの中。売店のベンチ。いくつものショップの中にも、姿はない。
 どこにいるんだ。
 どこにいけばいいんだ。
 二人の中に焦りもうまれていく。だけど、それでも確かに俺は信じていた。
 必ずみつけだせるって。
 俺は、信じていた。
 必ず、探せるからって。
 だけど時間は一つずつ過ぎ去っていて。アトラクションの灯火もだんだんと消えていく。
遊園地に終わりの時間が近付いているんだ。
「和希くん……。もう、いいよ。帰ろう」
 菜摘が不意に呟いていた。
 もう、遊園地は終わりの時間だった。まもなく閉園ですと言うアナウンスがすでに流れ
ていた。
 だけど。
「くるみは……楽しい事を探していた。楽しい事をずっと。探していたんだろ? なら、
いまだってきっと探しているはずだ」
 俺はなぜか強く確信していたんだ。
 くるみがこの中のどこかで、俺達がくるのを待っている事を。
 待っている。
 ……ふと俺の心の中に何かを思い出す。
 何か約束をしていた。クリスマスイブの夜。俺の誕生日。プレゼント。
 そう、だ。俺は約束をしていた。夏樹からプレゼントをもらう約束。
 クリスマスイブの夜。バイトが入った事ですっかりと忘れていたが、でも確かに交わし
た約束があった。
「じゃあ、クリスマスの夜はかずちゃんに大空をプレゼントするよ」
 夏樹はそんな事を笑いながら言っていた。
 空なんかいらねーよっ、と俺は答えて笑っていたが、でも夏樹の事だから冗談じゃなく
て本気だったんだろう。
 大空をプレゼントする。
 大空。
 ……そうか。何かが見えてきた気がする。
 くるみが俺達の前に現れた理由。初めから不思議なものが見える菜摘の前だけじゃなく
て、俺と夏樹の前に見えた理由。
 そして、俺と夏樹があの子とふれあえた理由。
 やっと。わかった。
 俺は。
 ……素直じゃないから。
「わかった。菜摘。くるみのいる場所」
「え?」
 菜摘は俺の台詞にきょとんとした顔を向けていた。
「ごめん。俺、先にいかなきゃいけないんだ。だから後からおいかけてきてくれ。あそこ
に、俺達はいる」
 菜摘に向けて、俺は大きく指を差す。
 そして、次の瞬間。かけだしていた。
 間に合うだろうか。
 俺は、何をやっていたんだろう。
 こんなにもいくつもの欠片が、俺を近付けてくれたっていうのに。
 はやくいかなくては。
 大空は、俺を待っている。
 だから。
 だから、まだ終わりにしないで欲しい。

 閉館のアナウンスが流れ、アトラクションの灯が一つずつ消えていくいま。
 俺はただ走っていた。まっすぐに走っていた。大空を――観覧車の前を目指して。
 その観覧車の前に辿り着いた瞬間。じっと立っている夏樹の姿が見えた。
「かずちゃん」
 夏樹は大きく俺の名前を呼んで、そしてにっこりと微笑んだ。
 たぶん、仕事が終わってからずっと待っていたのだろう。ここで。
 俺よりも夏樹の方が仕事を終えるのは遅かった。だから初め観覧車の前を通り過ぎた時
にはまだ夏樹はいなかった。ファンタジーランドの一番奥に位置するこの場所は何度も訪
れる場所じゃないから。
 そして仕事を終えた後、俺がもういない事に気がついた夏樹は、ほんの少しの確率にか
けて、ずっとここで待っていたんだ。俺がこの場所にやってくる事を。
「かずちゃん、今日も遅刻だよ」
 夏樹は文句の一つも言わずに笑っていた。
 本当に大きな大きな笑顔を浮かべ、嬉しそうな瞳で。
 俺の胸の中に、ずきん、と痛みが走る。
「悪い」
 一言だけ呟くと、俺は夏樹の傍に駆け寄る。約束はしていなかったけど、約束していた。
ここで会う確約はなくても、俺はわからなくちゃいけなかったんだ。
「乗ろう」
 俺は夏樹の手をとって、観覧車へ向けて歩き出す。だが夏樹がそっと首を振っていた。
「残念だけど、もう終わっちゃったよ。仕方ないけど諦めよ」
 夏樹は微笑んだまま、静かに告げた。確かに観覧車にはすでに列がなくなっている。も
う誰も待ってはいない。
 だけど俺はそれでも夏樹の手を強引にひっぱっていた。
「いいからっ。絶対今日のらなきゃだめだ」
 俺は叫んで、そしてスタッフのところまで駆け寄っていく。ちょうど降りてきた客を見
送っている最中だった。
「あ、有原くんと結宮さん」
 送迎を終えたスタッフの太田さんが、俺達を迎えてくれる。
「あ、もしかして乗りにきたの? 残念ながらもう終わっちゃったんだよ。悪いね」
 太田さんは軽く両手を広げてみせていた。
 だけど。
「そこを何とかっ。お願いだっ、乗せてくれ」
 俺は必死でくらいついていく。ここであきらめたら、全てが終わってしまうから。
「そうはいっても、規則は規則だし。いくら結宮さんがオーナーの娘だからって例外は認
められないよ」
 太田さんは首を振って、それから降りてくるお客の為に扉を開けていた。中から幸せそ
うなカップルが現れる。
「お願いだっ。そこをなんとかっ。今日。今日じゃなきゃだめなんだよ。頼みます。何で
もするからっ。太田さん、お願いだよ」
 俺は両手を合わせて、拝み混んでいた。どうしても、どうしても今日のらなきゃいけな
いんだ。今日じゃないと、もうおしまいなんだ。また一年またなきゃいけない。
 本当は俺がもっと早く気が付いていれば良かったのに。ずっとずっとチャンスはあった
はずなのに。
「うーん、今日はイブだし。確か有原くんは誕生日なんだよな。乗せてあげたいけど。で
もな、次ので最後の客なんだよ。他は誰も乗っていないから、一周の間、余分に動かし続
けなきゃいけないし。悪いね」
 そう告げて、降りてきたゴンドラの扉を開けた。中から親子連れの客が降りていく。
 その瞬間だった。
「夏樹、走るぞっ」
 夏樹をひっぱるようにして俺は駆けだしていた。夏樹が「えっ、えっ」という声を漏ら
しながらも俺についてくる。
「あっ、こらっ」
 そして太田さんの隙をついて、勝手にゴンドラに乗り込む。夏樹も手をひいて無理矢理
ひっぱりこんでいた。
「太田さんっ。ごめんっ。お詫びは何でもするから」
 俺は中から大きく頭を下げる。ひきずりだされないように、しっかりと中のシートにし
がみついていた。
「ああっ。もうっ。しょうがないな。君には負けたよ」
 太田さんはしぶしぶといった感じではあったが、ゴンドラの扉を閉める。開きっぱなし
では危険だと判断したのだろう。
 とはいっても止めようと思えば緊急停止のボタンもある。いま押せば間に合ったはずだ。
 無茶苦茶な俺の行動に対する太田さんの善意に、俺は本当に感謝していた。
 そして二人きりの空中遊泳が始まる。
「かずちゃん。もう、いつもいつもこうなんだから。迷惑だよ、いけないよ」
 夏樹はいつものように小言をいいながら、それでも今日は嬉しそうだった。
 それはそうだろうな。夏樹はこの瞬間をずっと待っていたはずなのだから。
「こうして観覧車に二人で乗るのなんて、いつ以来だろうな」
 俺は真面目な顔で訊ねる。
 いつもと違う俺の表情に、夏樹はやや慌てたように答えていた。
「そう、だね。うん、中学一年の時が最後かな。だから三年前になるよ。あれ以来だね、
ここにお客さんとして二人でくるのは。ひさしぶりだよ、ご無沙汰だったよ」
「そうだな。ひさしぶりだ。この遊園地は俺達は大好きだったのに、いや大好きなのに。
だけど、なぜか離れていて。そして、三年か。長いような短いような。あっという間だっ
たけど。楽しかったよな」
「うん。かずちゃんは変わらずいつも馬鹿ばっかりしていたから、世話する私は大変だっ

たけどね。あ、そういえば最後にここに乗ったのも、ちょうど三年前の今日。かずちゃん
の誕生日だったよね」
 夏樹はにこやかに微笑みながら言う。
「そうだ。誕生日おめでとう。この観覧車の上で言いたかったんだよ。それと、プレゼン
ト」
 夏樹は俺に向けて、包みを差し出してくる。可愛らしい柄の紙袋に大事そうに入れられ
た、夏樹からの十回目の誕生日プレゼント。
「ありがとう。開けてもいいか」
「うんっ」
 夏樹が大きく頷いたのを確認して、俺は包みをあける。
 真っ白なマフラーが、その中には入っていた。でも、ところどころやや不格好な編み目
のそれは、いかにも既成のものと違う手編みのマフラー。
「これ、お前が編んだのか」
「うん。私、不器用だからあんまり上手じゃないけど。下手くそだけど。それでも一生懸
命編んだんだよ」
 手編みのマフラー。
 いつのまに、そんなものを作ってくれていたのだろう。ちょっと、照れくさくなって。
でもそのままそっと首に巻いた。
「似合うか」
 ぶっきらぼうに聞いてみる。
「うん、似合うよ。かずちゃん、白が似合うと思っていたんだ」
 夏樹は嬉しそうに、にこやかに微笑む。
「ありがとう夏樹。大切にする」
「うんっ。大事にしてね。……でも、どうしたの、かずちゃん。いつもだったら『編み目
がほつれてる』とか『太さが不揃いだぞ』とかもっといろいろ言うのに」
「……なぁ、夏樹」
 照れくさそうにちょっとだけ話を逸らした夏樹に、俺はまっすぐに視線を向ける。
「うん。なぁに」
「みろよ。外、雪が舞ってる」
「あ、ほんとだ。うん、綺麗」
 外を夏樹がみつめる。あいかわらず素直な奴だな、と心の中で思う。思わず笑みを漏ら
して、そして。
 その、瞬間だった。
 俺はそっとシートに置かれた夏樹の手の上に自分の手を重ね合わせる。
「かずちゃん?」
 夏樹が不意に僅かに驚いた声で呟く。きょとんとしたまなざしでじっと俺を見つめてい
た。
 手をつないだ事なんて、もう数え切れないほどある。ついこの間だって、夏樹に手をひ
かれたばかりだ。だけど、いまこの重ねた手は。
「夏樹。ありがとう。俺、本当に嬉しかった。そしてごめん。約束、すっぽかしてて」
「う、うん。でも、ちゃんときてくれたし。観覧車にも乗れたよ。それに、ちゃんと約束
してた訳じゃないよね」
 夏樹が僅かに震えた声で告げる。確かにただの口約束で形のあるものではなかった。で
も、これは俺達二人の見えはしない決まりごと。
 もうすぐ観覧車がてっぺんに上がる。
「違う。いや、それも違わないけど。俺、ずっと前に約束していただろ。また一緒に観覧
車にのって、ここから」
 外を見つめながら、じっと言う。
「遊園地を、楽しい事をみていようって。ここから楽しいことを探そうなって」
 俺はじっと告げる。
 そして、外をみつめていた。
「もう遅くなったけど。でも、こうして楽しい事。みていられた。俺、その時からずっと
本当は願っていた事があったんだよ」
 俺は、胸の中をどきどきとさせながら。ぎゅっと目をつぶって。そして、開いて。
 ゆっくりと告げた。
「お前と一緒に、楽しい事をずっと探していきたいって。そう、願っていた。だけど、俺
は素直になれなかったから。だから、叶わなかった約束が。でも。形になって生まれてい
た。だから、ほら。そこでみてくれているよな。みつけてくれたよな。楽しい事」
 見つめた空に。
 浮かんでいた。
 そっと……空に向かって。少しずつふわふわと。
「うん。ボク、みつけた。楽しい事。みつけたよ。ずっとずっとここで楽しい事を探して
いた二人の思い。いまみつけた」
 くるみが、宙に浮かびながら。そして笑っていた。
 クリスマスの夜の奇跡が。
 いま、ここに見つかっていた。
「ボク。みつけたよ。二人の記憶」
 くるみはゆっくりと告げる。
 冬空の中。そして。静かに舞い降りていく。
「みつけたよ。大好きな人」
 そのまま、くるみは静かに降りていく。
 菜摘の元に。
「菜摘おねーちゃんっ。ボク、みつけた。楽しい事みつけた。空から。楽しい事、みつけ
た。ボク……わかったんだ。ボク。この遊園地を一番好きな人の思いから生まれた。ボク、
そして楽しい事を見つけてもらう為に生まれた。だから。一番、楽しい事を探してる人の
前に現れた。
 だから、ボク。菜摘おねーちゃんに、楽しい事あげたい。菜摘おねーちゃんが一番、探
してた楽しさ。それは」
 くるみの視線の先。そこには俺達二人を乗せたゴンドラがあった。
 菜摘が、探していたもの。
 友達。
 俺達、二人なら。彼女の友達になれる。見えないものを見ることの出来た。俺達二人な
ら。
 彼女の言う事を信じられる。
 だから。
 ゴンドラがおりた瞬間。俺達は飛び降りていた。
「太田さんっ。ありがとうっ。絶対絶対絶対、この埋め合わせはするから。いまは、行か
せてっ」
 大きく叫んで。
 菜摘の元に走る。
「くるみっ。くるみきただろっ。いま」
「うん」
 俺の声に、菜摘が頷く。
 くるみの姿は、いつのまにかもうみえなくなっていた。想いを叶えて、消えてしまった
のかもしれない。
 でも、確かに心にいる。
 三人の心の中に。
 楽しさを探していた、俺達三人の前に。
 くるみは。
 楽しさを俺達にくれる為に現れたんだ。俺と夏樹と、そして菜摘の心の隙間から。
 現れた。
 そして三人を、巡り合わせてくれた。
 夏樹への気持ちを、知らないふりして隠し続けていた俺。
 夏樹の気持ち。俺は本当は知っていたのに、知らないふりしていた。夏樹は、だからな
かなか言えなかったんだろう。
 菜摘は、友達が欲しくても。作る方法がわからなくて。ただ静かにしている事しか出来
なかった。
 俺はそばにいてくれる事が嬉しくて。でも素直になれなくて。だから伝えられなかった。
 だけど。だから。
 くるみが、三人の心を。つなぐために現れたんだ。
 クリスマスの奇跡を。
 ここに訪れて、くれた。
「ありがとう」
 ただ。俺は笑って。呟いていた。
 この、遊園地の中におきた奇跡に向かって。
 三人は、きっと。
 これからも、うまくやっていけるから。
 だから。みつけた楽しさを大切にしていきたい。
 この夜の奇跡に願いを込めて。



                                  了
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