「空が落ちてくる日」
「そろそろ空が落ちてくるよ」
 ボクは小さな風船のように浮かび上がる空を見上げながら、ちょんと前足を彼女の肩に
乗せた。
 彼女はつまらなそうに鼻を鳴らしながらも、裁縫をしている手を止めて空を見つめてい
た。
 気のないふりをしながらも、やっぱり空が落ちてくるのは気になるのだろう。
 立ち上がりエプロンドレスの裾をはたく。少しだけ埃が舞い上がって、ボクは思わずく
しゃみを一つ。
「ひどいなぁ。ボクの前でやらなくてもいいじゃないか」
 しっぽをぱたぱたとふって、抗議の意を示すけれど、彼女は気がついたそぶりも見せな
い。裁縫針を手にしたままで、落ちてくる空を待ち続けていた。
 空は普段はなかなか落ちてこない。
 でもこうして時々ボク達の元に降ってくる。その時には真っ先に拾って集めなければい
けない。
 それがボクと彼女に課せられた使命だ。
 もっともいつからこうしているのかは忘れてしまったし、そうしている理由も覚えては
いない。
 ただただ長い月日が流れていた事だけは、何となく記憶している。
 空は少しずつ少しずつゆっくりとのんびりと、でも確実にしっかりとボク達へと落ちて
くる。
 待ち遠しいのに。
 もう少し手を伸ばせば届くのに。
 彼女は手を伸ばそうとはしない。
 たっぷりと時間をかけて、目の前を通り過ぎて、胸元まで降りてきたその瞬間に。
 包むように手にして。
 針を突き立てた。
 ぱんっと音を立てて空は破裂。
 そしてそこには何もない。
「違ったんだ」
 ボクの問いかけには彼女は答えない。
 ただ座り込んで、終わらない繕いに戻る。
 いつになればボク達の空は見つかるのだろう。
 あるいはいつになれば彼女の針仕事は仕舞いになるのだろう。
 でもボクにできる事は彼女に空が落ちてくるのを知らせるだけ。
 ずっと空を望む。
 空はあんなにもたくさんあるのに、きっと中にはボク達の空がいるはずなのに、ボク達
には手が届かない。
 まぁ仕方ない。
 灰色の吐息を一つこぼした。
 いつかあの空がすべて落ちてくる日まで、ボク達はただ待ち続ける。
 たいした意味はないのかもしれないけれど。
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