僕まほ番外編「たった一つの贈り物」
「結愛、宴落(えんらく)だ!」
 洋の言葉に応えて、結愛が八卦を招来する。
 大きな炎が落ちて、森の中にいる鬼を全て焼き払う。
「勝負あったな。この辺で投降しろ」
 敵の術士を追いつめて、洋は言う。
 天守としての仕事の一つだ。天を狙う術士を倒す事。
 今回の仕事は非常に簡単に済み、すぐに敵を追いつめる事が出来た。もう仕事は片が付
く。そう思っていた。だが。
「くそっ。捕まるくらいなら!」
 術士はいきなり自分の魔力を炸裂させていた。
 刹那、術士の身体ごといきなり爆発させる!
「くぅ!?」
 洋が魔力の鎧を広げる。しかし間に合わない!
「ちぃっ」
 なんとか爆風の直撃は避けるが、左腕に大きな傷を負ってしまう。
「洋さん!? 大丈夫ですか!?」
 結愛が慌てて駆け寄ってくる。
「ああ。大丈夫だ。これくらいなら魔力をやれば治るよ」
「私っ、私が治しますから。じっとしててください」
 洋の血の滴る腕をぎゅっと手で包んで、結愛の魔力を送り込む。
 傷が少しずつ少しずつ癒されていく。
「それにしてもこんな傷を受けるのは久しぶりだな。今まで手こずるような相手もいなかっ
たし」
 洋はぽつりと呟く。
「そう……ですね」
 結愛は急に寂しそうな顔を浮かべて。
 そして、でもすぐに満面の笑顔に変えて。
「洋さんが、無事でいてくれた事。とてもとても、嬉しいですっ」
 ただまっすぐに見つめていた。
 その日の、夜の事だった。


 とんとん。ドアをノックする音が響く。
 珍しいな、と内心、洋は思った。
 結愛はいつも部屋のノックなんてした事がないし、ばんっといきなり扉を開く。洋の父
親はノックする時もあったが、今はシリアへと旅だっており、この家にはいない。
「開いてるよ」
 洋はベットの上に寝ころんだまま、ゆっくりと答える。
 かちゃり、と音を立ててドアが開く。ちらりと視線を移すと、いつも通りの結愛がそこ
にたっていた。ただ、いつもよりも真剣な眼差しを向けていたけれど。
 身体を起こして、結愛へと視線を向ける。
「ん、どうしたんだ? 結愛」
「洋さん。お願いがあるんです」

 まっすぐに洋をみつめて、いつもの様に笑ってはいない。
 どこか何かを決心するかのように、身体をぶるぶると小刻みに振るわせている。
「ん、なんだ? お願いって」
 洋は僅かに首を傾げ、それから結愛をじっと見返す。何か本気で告げたい事があるらし
い事を感じ取って、ベットから降りる。
「その前に、一つだけ聞かせてくださいです。私、えっと、洋さんの事好きです。洋さん
は、私の事好きですか? どうですか?」
「え、いや。まぁ、そりゃ」
 突然の結愛の言葉に、洋は口を濁らせる。結愛を意識した事がないと言えば嘘になる。
何度か手を触れ合わせた事もあるのだから。
 だけど、面と向かって好きだと言われると照れもあるし、何より洋はこういった事に慣
れていない。
「私、洋さんの事好きです。誰よりも好きです。洋さんと、ずっと一緒にいたいです。洋
さんは、どう思いますか。私と一緒にいてくれますか?」
 しかし結愛はいつものように笑わなかった。ただ肩を振るわせながら、泣きそうな瞳ど
まっすぐに見つめているだけで。
 洋は、思わず目を逸らしそうになる。しかしそうしてはいけない事も、はっきりとわか
る。
 結愛をじっと見返して。息を大きく吸い込む。
 そして自分の中の気持ちを、ゆっくりと覗き込んでいた。
 結愛の事を、どう思っているのか。
 ずっと大事に思ってきた。忘れていた気持ちを取り戻して。そして触れあってきた。心
も、通じていると思う。
 失いたくない、と思う。大切な想いが確かにあるから。
「……ああ。俺も結愛の事が。好きだ」
 洋はまっすぐに答える。今までうやむやのまま、はっきりさせないでいたけれど。いつ
かは伝えなければいけない気持ちだと。
「嬉しい、です。嬉しい……です」
 結愛が瞳のふちに涙を浮かべながら。ゆっくりと告げる。
 でも、軽く涙を拭って。再び目線を合わせた。
 小さく肩が震えている。伝えたかったのは、その事ではないといわんばかりに。
「なら、お願いがあるんです」
 ぎゅっと目を瞑って、そして一歩だけ洋へと歩みよる。
 それからいつもの赤いセーターに手をかけて、すっと脱ぎ去っていた。
「結愛!?」
 洋は思わず声を荒げていた。目の前には、黄色のキャミソール姿の結愛がセーターを胸
の前で抱えて立っている。
 結愛は何も告げずに、ぶんぶんと顔を振るって。それからゆっくりと、静かにその手を
開ける。ぱさっと軽い音が響いて、セーターが床に落ちる。
「お前、何を!?」
 洋はあたふたとして、辺りを見回していた。しかしここには洋と結愛の二人以外には誰
もいない。いるはずもない。
 結愛はスカートのホックも外す。白いスカートが、足下へと降りて。
 小さなリボンのついた青いチェックのショーツが露わになる。
 じっと洋を見つめて。静かな声で、ただ。まっすぐに告げた。
「私からのお願いです。私を抱いてください」
 小刻みに肩が震えている。覚悟を決めてきたのだろう。いつものようにはしゃいだ声を、
全く出さずに。ただ思い詰めたような声で告げる。
「結愛! 俺は……その。お前の事好きだ。でも、それはまだ早いんじゃないか。いや、
したくないって訳じゃないけどな。って、何いってんだ俺」
 しどろもどろになりながら、洋は結愛へとちらりと視線を移す。
 白く整った素肌と下着姿が目に映る。胸がどきどきと強く鼓動している。
「でも、綾ちんは。いなくなってしまったです。私も……もしかしたら洋さんも、いつい
なくなってしまうか……わからないからっ」
 結愛は強く叫ぶように告げると、ぎゅっと胸の前で手を握りしめる。
「今日、洋さんが怪我してるのをみて。私、耐えられなかった。いなくなってしまうんじゃ
ないかって。だから、だからっ。私、今できる事、しておきたい。洋さんに……抱かれた
い」
 結愛は、ただまっすぐな瞳でしっかりと洋を見据える。
「私、子供みたいだけど。もしかしたら子供だけど。でも何も知らない訳じゃないです。
だから、私のお願い、聞いてくれますか?」
 結愛は、ただ洋を見つめ続けるだけだ。瞬きする暇すら惜しいといわんばかりに。
「でも、もし洋さんが嫌だっていうなら。無理にとは言わないです。私、子供みたいだし、
胸もないし、お腹もちょっとでてるし。こんなのじゃ、そんな気持ちにならないかもです
し」
 えへへ、と小さく笑みをこぼして。でもどこかその瞳は寂しげで。
 洋は、ゆっくりと結愛へと歩み寄っていた。
 そして軽くその肩を包み込む。
「洋さん」
 結愛が驚いて、顔を見上げる。
「好きな女の子にそこまで言われたら、俺だってその気になるよ。でも、いいんだな? 
後悔しないな?」
 洋は僅かに包み込んだ手に力を入れる。
 結愛の顔がそっと胸の中に埋まる。
「はい」
 小さな声で。だけどはっきりと答えていた。

 ベットへと結愛を横たわらせる。
 ぎゅっと結愛が力を入れているのがわかった。緊張しているのだろう。固くなっている
のがはっきりと感じられる。
 洋は軽く結愛の髪に手を触れさせた。いつも通り、軽く頭に手をおいた。
「えへへ。暖かいです」
 結愛は小さな声で呟く。ちょっとだけ緊張もほぐれたのか、僅かに身体がほぐれる。
 そっと洋は結愛へと顔を近付ける。
 微かに、本当に微かに唇が合わさる。触れたかどうかも分からない程に。
「は、恥ずかしいですー。洋さん」
 顔が微かに朱に染まっていた。
 可愛い。素直にそう思った。
 もういちど、唇を合わせる。今度はしっかりと触れさせて。
 そのまま何も言わずに求め続ける。
「ん……ぅん」
 微かに結愛が声を漏らした。
 ただ唇が触れただけのキス。だけどまるで電撃が走るように囚われていた。
 洋の左手が、そっと結愛の腕に触れる。軽く撫でるように上を這わせていく。
「あ……洋さん、洋さん。くすぐったいです……」
 顔を赤らめたまま、結愛がもぞもぞと身体を捻らせる。しかし洋の腕の中からは抜け出
す事が出来ない。
 右手が結愛の太股の上にのびる。
「あ、えっと。えっと、洋さんっ、洋さんっ」
 結愛が慌てて洋の名を呼ぶ。しかし洋はただ何も答えずに、そっと手をまさぐるように
動かす。
「あ……だ、だめです。だめですよ、洋さん」
 結愛が慌てて告げる。
 だけど手は休まる事もなく、つつっと足の上を触れさせていく。
 左手が腕の上から、ゆっくりと胸元へと延びた。確かな柔らかな膨らみの上でぴたりと
止める。
「……小さい、ですよね。ごめんなさいです」
「馬鹿だな。そんな事気にする必要ないのに」
 洋は呟くと、少し自分の台詞に恥ずかしくなって顔を赤らめる。
 赤面症の友人の顔を思い出して、これだと久保さんみたいだな、と思う。
 そっと手でなだらかな丘陵を包み込む。
「……ぅん」
 結愛が小さな声で、洋の動きに応えて、そしてさっと顔を背けた。声を出してしまった
事が恥ずかしいのだろうか。
 その瞬間。もう一度、その声を聞きたい。そう思って洋は腕を動きを早めていた。
 我慢しているのか、口元と目がきゅっと閉じられる。
 指先を、結愛の腹部へと触れさせる。ぴくん、と結愛の身体が跳ねる。
 ゆっくりとそのまま指先を下へ下へと降ろしていく。そしてショーツの上に指先が触れ
た瞬間。
「あっ」
 結愛が声を漏らしていた。かぁっと結愛の顔が赤く染まる。
「……恥ずかしいです。恥ずかしいです。洋さん。お願いです。明かりを、消してくれま
すか?」
 結愛はぎゅっと洋の服を掴んで、上目遣いで見つめていた。
「そうだな。悪い」
 洋はベットを降りて、部屋の電気を消した。
 部屋の中が暗闇に包まれる。


「なぁ、結愛。大丈夫か?」
 洋は優しく声を掛ける。
「えへへ。もう大丈夫です。……ちょっとまだ痛いですけど。なんだか変な感じしますけ
ど」
 洋の腕の中で、結愛はそっと呟く。
「でもそれ以上に嬉しいです。私、洋さんと一つになれました」
 満面の笑顔を浮かべて、結愛は洋にぴたりとくっつく。
 触れた肌が、とても暖かくて優しい気がする。
 包み込むように結愛を抱きしめて、軽く笑う。
 なんだかすごくほっとした気分だった。胸の中につっかえた何かが取れたような、そん
な気持ち。
 たぶんこれからも、こうして二人でいるのだろう。
 洋はそう思う。
 これからもずっと抱きしめていたと願う。
 誰よりも大切に思いながら。
 幼い頃に出会い、そして触れあった約束。
 再び出会って、そして忘れずにいた約束。
 これからも。その約束を抱きしめていよう。
 ただ強く胸の中で思った。
「ああ。これからも、ずっと一緒だ」
 洋は一人呟くように告げると、そっと笑顔で結愛を包む。
 これから何があるかわからない。二人がどうなっていくのかも。
 でも。ただ今は。
 この手で受け取っていたかった。
 手の中にある結愛からの、たった一つの贈り物を。
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