文化部!? 死神撃退倶楽部
「あ、そこのキミっ。キミね、このままだと七日以内に死ぬよ」
 少女は不意に佑に告げた。
 白のジャケット。白のホットパンツ。太い茶色のウェストベルトを締めている。
 やや白に偏ったファッション。それ以外はさほど変わった様子はない。
 しかし今の台詞の後では、違った目で見ざるを得ないだろう。
「はぁ? あんた何言ってんだ? だいたい何だよ、あんた」
 思わず言葉を返してから佑(たすく)は、しまったな、と内心思う。
 新手の宗教勧誘かキャッチセールスか。ろくでもないものにひっかかったに違いない。
最近の駅前は、この手の変な奴が多い。
 しかし返答しておいて、いきなり無視して立ち去るのも何だとは思う。
 まぁ、急ぎの用事がある訳じゃないし、少しくらい話を聞いてやってもいいか。
 やや葛藤しながらも、そう結論づけると佑は少女をじっと見つめる。すごく可愛らしい
子だとは思う。開いた目がくりくりとしていて、どことなく幼い雰囲気も残っている。
 歳の頃は一五、六歳というところだろうか。祐より一つか二つくらい下に思えた。
「ボク? ボクはこーいうものだよ」
 不意に名刺を差し出してくる。
 ……ゲーセンで作ったキャラものの名刺だという事は、とりあえず置いておくとして。
「なんだよ。この『死神撃退倶楽部』ってのは!?」
 名刺には『死神撃退倶楽部 柊 真冬』と書いてあった。ちなみに今時、なぜか携帯で
なくPHS、さらにポケベルの番号までもが書いてあるのが気になると言えば気になる。
しかしこれに比べれば些細な事だ。
「よく聞いてくれたねっ。そう、死神撃退倶楽部とは、読んで字のごとく死神を撃退する
クラブ活動だよっ。人呼んで死神ハンター! わ、格好いい!」
 真冬とか言う名前の少女は、高らかに告げる。どこか誇らしげですらある。
「ああ。かっこいい、かっこいい。じゃ、そういう事で」
 いかん、やっぱり変なものに引っかかった。可愛い子だと思って付き合ったのが馬鹿だっ
た。佑は内心そう思いながら、片手を上げてきびすを返す。
「ああっ。待ってよっ。ボク、まだ話の途中だよ」
 真冬は慌てて佑を追いかけてくる。走れば振り切れない事も無いだろうが、それも疲れ
る。無視していればそのうちいなくなるだろう。
「キミねっ。今日から七日以内に死神が襲ってくるんだよ。何もしないでいると死ぬよ。
マジでマジでっ」
 真冬は必死で佑の横でわめいていたが、佑は気にしない事にして、すたすたと先を急ぐ。
「でもそんな時でも、ご安心! このボクっ、柊真冬が襲ってくる死神を撃退します!」
 楽しそうにぬけぬけと言い放つ。佑にしてみれば、楽しげにろくでもない事を言ってい
るところが、頭にくるのだが。
「うるさい。帰れ!」
 顔も合わせようとせずに、すたすたと家路を急ぐ。
「むー。信じてないね? 信じてないね? そんなんいうんなら証拠みせたげるよ」
「いらん!」
 大きく怒鳴る。話を聞くのも嫌になって突然、全速力で走り出す。
「ああ! キミっ、危ないよっ。もう死神はキミを狙ってるんだよ。かむばーっく」
 大声で呼びかける声が聞こえてきたが、無視して家へと急いだ。

「はぁ。ただいまー」  玄関の扉を開けて告げると、だだだだだっとものすごい勢いで駆けてくる音が響く。 「お兄ちゃんっ。お帰り! カステラ買ってきてくれた?」  由奈は靴を脱いでいる佑に向けて、ちょこんと手を差し出していた。 「ああ。ほら、これでいいんだろ?」  佑はつっけんどんに答えると、手にした大きな箱を手渡す。 「うん、これこれ。ありがと、お兄ちゃん」 「はぁ。なんで俺がお前の買物をしなきゃいけないんだか」 「ええー? そりゃもう愛する妹の為なら、出かけたついでにカステラの一つや二つ買っ てくるのが正しい兄の姿ってものじゃないの? お兄ちゃんのお金で」  とんでもない事をさらりと告げると、由奈はにこにこと微笑んでいる。 「なんでだよっ。そもそもお前なんか愛してないって」 「おお。言ったね!? じゃ今日の夕ごはんは愛情たっぷり込めたから、お兄ちゃんの分 だけ抜きね」 「ぬお!?」  思いがけない反撃だった。佑は思わず声を上げていた。 「そりゃないよ。ただでさえ今日は嫌な目に合ったというのに」  はぁ、ともういちど溜息をこぼす。 「あれ、どうしたの? 出かける前は上機嫌だったのに」 「なんか変な奴に合ってな。なんでも『死神撃退倶楽部』とかいう訳わかんないのに所属 している奴で、俺はあと七日以内に死ぬとか言われて。はぁ、気分は散々だよ」  佑はふと思い出してさらに大きく息を吐き出した。いかにでたらめでもさすがに『貴方 は死にます』と言われていい気分はしない。 「え? えーっと、もしかしてその子から名刺もらった?」  と、不意に由奈はゆっくりとした口調で佑に訊ねる。 「ああ、もらったぞ。よく分かるな」 「もしかして柊真冬って名前じゃなかった?」 「そうそう。そんな名前だったな、って知ってるのか?」  すらすらと出てきた名前に、もしかして由奈の奴も声掛けられたのかと思う。  しかし返ってきた答えは予想から外れたものだった。 「うん。真冬ちゃん、クラスでは有名人だもの」 「クラスって。お前のクラスの奴なのか?」 「うん。去年の暮れだから、半年くらい前の事かな。いきなり何を思ったのか、『死神撃 退倶楽部』っていう部活を立ち上げたんだよ。と、言っても部員は彼女一人だけど。ほら、 うちの学校は部活作るの簡単でしょ?」  由奈はやや首を捻りながら佑の顔をじっと見つめる。  そういえば、確かにうちの学校は変な部活が乱立していたな、と祐は内心思う。大学で もないのに、由奈は落語研究部とか言うのに所属しているくらいだ。しかし祐は帰宅部だっ たし、あまりに数が多すぎて詳細までは覚えていない。 「主な活動内容は、死神を撃退すること、だって。ちなみに文化部」 「それ、文化部か!? 文化なのか!? 死神退治って、どこの文化だよっ、それ!?  いや、確かに運動部でもないだろうけど!」  佑は呆れながら頭をかきむしる。ろくでもない物に巻き込まれかけたのは間違いがない。 しかも自分の学校という事は、今後もつきまとわれる可能性もある。思わず溜息をついて いた。 「うん。そんな訳で、入部者は誰もいなかったけど、あんまりにも突飛な部活だから、ク ラスの中では真冬ちゃんの名前は有名だよ」 「……変な奴だな。そいつ」 「そうでもないよ。でも、お兄ちゃんってあいかわらずホントについてないんだね」  どこか感慨深く告げると、由奈は佑の奥、玄関の扉をじっと見つめていた。  ピンポン。ドアのチャイムが鳴る。  由奈は玄関の扉を開けて、にっこりと微笑んで告げる。 「いらっしゃい。待ってたよ、真冬ちゃん」  由奈の視線の先にあったのは、確かにあの時出会った少女、真冬の姿だった。――今後 もつきまとわれるどころの話ではなかった。 「ふふふ。やっぱりここでこうして会うなんていうのは運命だね。ボクがキミに取り憑い た死神を撃退しろっていう神様のお告げだよ」  真冬は楽しそうに告げると、ぽんと佑の肩に手を置いた。しかし佑はそれに答えはしな い。キッチンでカステラを切っている由奈に向けて、しみじみと告げる。 「由奈。お前、友達は選べよ。こういうのに関わってるとろくな事にならないぞ」  真冬は「そんなことないもん。ボクは普通だもん」と反論していたが、もちろん聞いて はいない。 「大丈夫だよ。真冬ちゃん、いい子だし」 「そーだよ。ボク、いい子だよ」  由奈の言葉に真冬はうんうんと頷く。自分でいい子いうか、と思うが、とりあえず突っ 込まないでおく。 「まぁ、とりあえずカステラあるから。これでも食べよ――って、あっ!?」  由奈の声。包丁をふるう、ストンという音。しかしその次の瞬間、ビュン、と風を切る 音も響いた。  佑が「え?」と思った瞬間にはもう遅い。包丁の刃だけが、佑めざして飛んでくる! 「おをぁっ!?」  言葉にならない叫びをあげて、慌てて身を翻す。刃はさっきまで佑がいた場所を見事に 突き抜けていく。奥の方でころころと転がっていた。 「ご、ごめん。そんなに力入れたつもりは無かったんだけど」  由奈は柄だけになった包丁を手にしたまま、ばつの悪そうな顔で佑を見つめる。 「……たく。下手したら死ぬとこだったぞ。俺。気つけろよ」  何と言っていいのかもわからない。ただ転がった包丁の刃を見つめていた。もしもあれ がそのまま刺さっていたら、と思うとぞっとする。場所によっては命すら危うかっただろ う。  ふぅ、と息をついて佑が再び振り返った瞬間だった。 「ほらっ、これでわかったでしょ? 今のは死神の仕業だよっ。まだキミは死因レベルが 低いからこの程度で済んだけど、時間が経てば経つほど危険は大きくなるよっ」  真冬は真剣な顔で佑をじっと睨むように視線を送ると、うんうんと大きく頷いた。 「偶然だろ。偶然。んな事あってたまるか」  佑は、しかしそう言いながらも背中にぞくりと冷たいものが走るのを感じていた。  もしも。もしも本当に彼女が言う事が本当だったとしたら?  嫌な考えが頭の片隅に横切る。しかし浮かんだ思いを必死で振り払うと、佑は平気なふ りをして包丁の刃を拾って危険のない場所に片付ける。 「あ、でもカステラはちゃんと切れたし。お兄ちゃんには特別大きいのをプレゼントする から。許してね?」  由奈はカステラを皿に載せて手渡す。それから真冬と自分の席にも置いて、紅茶のポッ トをテーブルに置いた。 「おおおーっ。カステラだーっ。カステラー」  真冬はうれしそうに目の前のカステラを見つめている。うるうると涙すら浮かべていた。 「大げさだな。そんなにカステラ好きなのか」 「うんっ。もしも世界が滅びる日が来たら、ボクはカステラと運命を共にするよ」 「そ、そこまでいうか?」  佑は目を輝かせて言う真冬を、一歩下がって見つめる。 「先に食べてていいからね」 「うんっ、いただきまーす」  由奈の言葉に、遠慮なく真冬がカステラを口に運ぶ。その様子をみて、はぁ、と溜息を つく。そして佑もフォークを手にとった。  その時だった。 「はっ、そのカステラ、食べちゃだめ!」  真冬が大きく叫ぶ。 「え?」  しかし時すでに遅し。佑はもうカステラを口にしていた。  ガリ。嫌な音が響く。そして佑の口の中から、だらりと血がこぼれていた。 「お、お兄ちゃんっ。血、血がでてるよ」  由奈が叫ぶが、佑は冷静に血をぬぐって口の中のものを手の中に出す。銀色の刃の欠片 が、カステラの中に混ざっていた。 「包丁の刃、か?」  どうやらこれで唇を切ったらしい。怪我そのものは大したことがないのだが、唇が切れ ると大げさに血が出るものだ。だが口腔の傷は癒えるのも早い。そのうち止まるだろう。 「死神のトラップだよ! しまった。もう罠レベルが一あがってる。思ってたよりも進行 が早いよ。急がなきゃ!」  真冬は大きな声で叫ぶと、反論する間も与えずに佑の手をとっていた。 「お、おいっ。何を!?」 「後でっ。急がないと、キミ、本当に死んじゃうよーっ」  真冬は佑をひっぱると、佑の部屋の扉を開ける。 「おい! 勝手に入るな!」  怒鳴る佑。しかし真冬は全く聞かずに部屋の中へと佑を押し込む。ばたんと音を立てて 扉を閉じ、そして有無を言わさぬ迫力で真冬は物凄い事を告げていた。 「脱いで!」 「な、何を!? はっ。まさか、俺を襲う気か!?」  佑は両手で胸元を抑えると、ずざざざざっと後ずさる。 「襲うかぁっ!? ボクを何だと思ってるの!」 「変人」  ばしっと指さして言う。 「うぐぐぐぐぐ。誰がだよっ。誰がっ。ボクは普通だよ。いい子だもん」 「まぁ、それはそれとして」 「話を流さないでっ」 「で、なんで服を脱ぐんだよ」  まじめな顔で話を戻した佑に、むぅー、と眉根を寄せながらも真冬はゆっくりと口を開 いた。必ずしも納得した表情ではなかったが。  佑も真冬の言葉を必ずしも信じた訳では無かったが、起こった事実に多少不安になった のも確かだった。万に一つの可能性。それでも真冬の言葉に従って命が助かるのだとした ら、付き合ってやってもいいかと思う。よほどろくでもない事を言い出さない限り。 「結界をはるんだよっ。これ以上、死神が近づけないように」 「意味わかんねーよ」 「いいからっ。はやくっ」  急かしてくる真冬に、渋々と上着に手をかける。上半身裸になるくらいどうという事も ないが、女の子の前だと気恥ずかしい気もしなくもない。  佑が上着を脱いでいる最中にも、真冬がPHSを取り出して、どこかへ電話をかけてい るようだった。 「これで結界がはれるはず……」  真冬がそう呟いた瞬間。どこからともなく、ぴーぴー、と大きな音が響く。 「ああっ、間に合わなかった!」  真冬が叫んだ刹那。  ドン! と強い音が響いた。  同時に佑の頭上にぼんっと何か大きな塊が落ちる。 「ぐわっ。な、なんだ!?」  思わず跳ね除ける。 「きゃっ」  その何かは、小さく叫び声をあげる。  現れたのは十六歳くらいの麗しい少女だった。ウェーブのかかった髪の、まるで人形の ように整った容姿の。ただフリルのついた黒いドレスが、どこかのビジュアル系バンドの おっかけのようでもある。 「いたたたた。ちょっと、痛いじゃない!」  少女はつんとした声で言い放つと、ばしばしと佑を叩きつける。 「うわっ。いててっ。なんだっ、あんた!」  声を荒げじっと少女を見つめる。何者かはわからない。が、突然現れた彼女が普通であ ろう訳はない。もっとも普通であった方が、嬉しかったが。  あまりの展開に頭がついていけない。どこから現れたのかも気になった。しかしその後 いきなり殴られた現実の痛みに、非現実的な事実が頭に入ってこなかった。 「出たねっ。死神!」  不意に真冬が声を上げた。死神と呼んだ黒いフリルの少女をじっと見つめている。 「あら、あなた。死神撃退倶楽部の真冬ちゃんじゃない。ひさしぶりねー。元気してた?」 「えーっい、馴れ馴れしくボクに話し掛けるなぁっ。今日こそは、彼を守ってキミを撃退 するんだから!」 「無理だと思うけど。今まで一度だって貴女の攻撃が効いた事ないし」 「今度はそうはいかないからね! 今日のボクには秘密兵器があるんだから」  真冬は自分の胸元をぽんぽんと叩く。どうやらそこに秘密兵器とやらが入っているらし い。 「ちょっとまて。そいつ、死神とか呼んでたな。知り合いなのか、お前ら」  なんだか頭が痛くなってくる。もはやこの時点で半ば脳がショートしている。どうにも 正常な判断ができそうにない。 「まぁ、知り合いっていえば知り合いかしらね。あまりいい関係ではないけど」  黒フリルの少女は、両手を肩の左右で広げて呆れ顔で答える。 「あたりまえだよっ。ボクは死神撃退倶楽部。キミは死神。古来より戦う運命にある敵同 士なんだから!」 「古来って、貴女の死神撃退倶楽部が出来たの半年前じゃない」 「う、そうだけど。それはおいといてっ」 「それに私、一度も貴女を敵だと思った事ないし。そうねー、例えるならぶんぶんうるさ いハエみたいなもの?」 「ひ、ひどいよっ。もう少しマシなものにして。せめてカタツムリとか。可愛いし」  必死で抗議する真冬。しかし、どちらにしてもあまりろくなものではないのは気のせい だろうか。いや、気のせいだという事にしておこう。そう思い、佑ははぁ、と溜息をつい た。なんだか自分の分からない世界が展開されている事に頭を抱える。 「そうそう。いちおう自己紹介しておくとね、私は死神の紗英っていうの。よろしくね。 短い付き合いになると思うけど」  紗英と名乗った黒いフリルドレスの少女は、にこやかな笑みを浮かべながら、手を差し 出していた。  祐は思わずその手を取ろうとして、手を伸ばす。しかしその瞬間。 「だめ!」  真冬が大きく叫んだ。声に驚いて手を引っ込める。 「あらー、残念。せっかくプレゼントをあげようと思ったのに」  紗英はその手の中から、小型のスタンガンをぽいっと捨てる。小さいながらかなり強力 なタイプだ。もしも電撃を受けていたら、気を失っていたかもしれない。 「な、なにを!?」 「ちょっとしたご挨拶よ。でもざーんねん。ひっかからなかったわね」  紗英は「あーあ」と口の中で呟きながら、しかしさほど残念そうな様子は見せななかっ た。 「だましうちとは卑怯だよ!」  真冬が叫ぶが、紗英は微かな笑みを浮かべるだけだ。ふふん、と不敵な顔を浮かべてい た。 「何にしても、まだ命ポイントが沢山のこってる彼を倒させる訳にはいかないっ。キミの 非道な行動は許せないんだから!」  真冬はビシッと紗英を指差す。そして「決まった」と小さく呟いた。 「だって仕方ないじゃない。こうみえても最近、仕事が忙しいのよ。私だって疲れるしス トレスたまるし。そんな時は新鮮な魂をいただいて疲労回復、リフレッシュしなきゃね」  肩をとんとんと叩きながら「最近、不景気のせいか自殺者が多くて疲れるのよねー」と か紗英は呟いている。 「そんなの許さないんだから! 今日こそは死神ハンター、柊真冬が……」 「ちょっとまて」  何か言いかけている真冬の言葉を遮り、佑はふと思った疑問を訊ねる。 「疲労回復っていってたな。じゃ、なにか。もしかして俺は栄養ドリンクみたいなものな のか?」  こめかみをひくつかせながら佑は、紗英を見つめる。 「あ、そんな感じね。疲れた身体に、魂印のリポテミンD?」  さらりと肯定していた。 「そんな訳でひとつ私の為によろしく!」  にこやかに紗英は微笑む。ろくでもない事を告げながら。 「ふざけんなーっ。お前の疲労回復の為に死んでたまるか!」  佑は大声で叫ぶと、真冬の方へと振り返る。  ――いつもの佑なら、ここで彼女達のデタラメに思える言葉を信じたりはしなかっただ ろう。が、こうも矢継ぎ早に異常事態が起きると正確な判断が出来ていなかった。 「任せといて! 今までは結局、やられちゃっていたけど、今日は秘密兵器があるんだか ら! たぶん大丈夫!」  頼りなげな台詞を自信満々に言い放つ。  本当に大丈夫なんだろうな、とは思うものの、ここは真冬に頼る以外に方法がない。  真冬はジャケットの内ポケットをがさごそとあさり、その中から一本の十字架を取り出 していた。 「じゃーんっ。どう!? 教会の神父様に聖水をかけて祈りを捧げてもらった十字架だよっ 。これでキミも撃退されるね!」  自信満々に言い放つ。 「それって吸血鬼とか悪魔とか退散させるものじゃないの? 私、死神だし。教会関係な いし」  しかし紗英は平然とした顔で淡々と告げていた。 「あ、あぅ!? でもでもでも、ほら。死神にだってきくかもしれないよ。てーい、死神 退散っ」  十字架を大きく掲げる。  しーん。何一つ起こらない。 「うんうん、それで?」  憐れむような瞳で、紗英は真冬を見つめる。完全に馬鹿にしていた。 「俺の命がかかってるんだ。もっとマシな何かないのか!」  がくがくと真冬の肩を掴んで揺らしながら、佑は必死で食い下がる。こんな奴に頼った 自分が馬鹿だったとは思うが、かといって自分で死神を撃退出来るアイディアなんてそう 簡単には浮かばない。  佑はいつの間にか、死神の事を信じきっていたが、それには気が付いていなかった。もっ ともこれだけ目の前で不自然な事が起きているのである。信じない方がおかしいかもしれ ない。 「い、いまのはほんの小手調べだよっ。まだこれで終わりじゃない。必殺の呪文があるん だから!」  そういいながらも、額に汗が流れている。 「それはほんとにきくんだろーな!?」 「ま、まかせてっ。いくよ」  佑の言葉に答えて、真冬はなにやら呪文を唱え始める。 「じゃげむじゃげむごこうのすりきれ」 「どこが呪文だっ!」  佑がつっこみを入れた瞬間。 「うぐ!? く、苦しい」 「って、効いてんかい!」  苦しみだした紗英にも思わず突っ込む。  ありゃ、ただの落語のフレーズだろと内心頭を抱える。どうして、俺はこんな変な奴ら と関わっているんだろうと、頭痛が正直とまらなかった。この間抜けなやりとりに俺の命 が左右されるのか、と思うと涙すら浮かぶ。 「や、やるわね。今までで一番の攻撃よ。でも、私はこの程度ではあきらめないわ! そ この彼、美味しそうだし」  紗英は、佑をじっと見つめる。  そして手をぎゅっと握り締めた。ぶぅん、と何かが振るえるような音が響く。 「おいでっ、カマって君2号!」  彼女が大きく叫ぶ、と同時に、その手の中に巨大な首切り鎌が現れていた。よく死神が もっているあれである。  本来なら、そのような武器を目にすれば震え上がってもおかしくはない。しかし二人の 間抜けな少女と、今のよくわからないネーミングが恐怖を全く感じさせない。今までのや り取りで頭が多少バカになっていたのだ。 「なんだよ。そのカマって君2号っていうのは!?」 「いい名前でしょ? 鎌に構われる。カマが二つだから2号。ナイス・ネーミングね」  紗英は楽しそうに言うと、よしよしと首切り鎌を撫でる。まるでペットに対するような 態度である。 「んな変なものにやられたくないつーの!」 「そうだよっ。せーのっ、じゅげむじゅげむ」  真冬の呪文に「うぐっ」と少女が苦悶の声を上げる。  なぜか冷静に「でも、この呪文で苦しむのもやだな、俺は」と佑は心の中で呟いていた。 「ごこうのすりきれ……ってこの後なんだっけ?」 「覚えないんかい!?」  思わず声を荒げる。  なんだか紗英に同情している場合ではなくなっていた。 「うん。忘れちゃったー。てへ」  頭に手を置いて、舌を出して見せる。  普通の時に見たのなら、もしかすると「可愛い」と思ったかもしれないが、今は小憎た らしくしか見えない。 「っの、バカ女!」 「ひ、ひどいよ。バカ女なんて。せめてちょっぴりドジっていってよ」 「いうかあほーっ」  大きく叫ぶ。その隣で紗英が嬉しそうに笑っていた。 「ふふふ。呪文を覚えていないとはね。助かったわ。さぁ、カマって君2号。いくわよーっ」  大きく鎌を振り上げた瞬間。 「じゅげむじゅげむ、ごこうのすりきれ、かいじゃりすいぎょのすいぎょうまつうんらい まつふうらいまつ……だよね?」  いつからそこにいたのか、由奈がお茶をすすりながら呟いていた。 「うぐぅ!?」  紗英が苦痛の声を上げる。 「お前、いつの間に!?」  佑は驚きで目を見開いていた。 「えっと、真冬ちゃんが十字架だしたとき? 中に入ったけど誰も気がついてくれなくて、 さびしかったよ」  由奈の言葉によれば、もう殆ど最初からずっとここにいたらしい。  あまりのどたばたに気がつかなかった。しかし、あの状態で何も言わずにずっとみてい た由奈も由奈だ。佑は呆れて何もいえなくなる。 「えっと後は。くうねるところにすむところ やぶらこうじのぶらこうじ、ぱいぽぱいぽ ぱいぽのしゅーりんがん……だったかな?」  由奈の言葉に、いちいち紗英が「うぐっ」「ふぐわっ」と反応して苦しんでいた。みて いるだけでも面白い。 「お前、いつそんなの覚えたんだ?」 「え? 私、落語好きだし。忘れた? 私、落語研究部に所属してるの」  そういえばそうだった気がする。由奈の台詞に内心思う。 「えっと。最初から通すと、じゅげむじゅげむ、ごこうのすりきれ、かいじゃりすいぎょ のすいぎょうまつ、うんらいまつふうらいまつ、くうねるところにすむところ、やぶらこ うじのぶらこうじ、ぱいぽぱいぽぱいぽのしゅーりんがん、しゅーりんがんのぐーりんだ い、ぐーりんだいのぽんぽこぴーのぽんぽこなーのちょうきゅうめいのちょうすけどんが 泣いてるぞー……とかって続くんだよね」  由奈の呪文というか、なんというかに紗英はもはや虫の息と化して落ちていた。これぞ まさに落語ってか、と祐はこめかみを押さえながら口の中で呟く。 「ふふふっ。つ、ついに死神を倒したよ。死神ハンター柊真冬の名がこれで全世界に響き 渡るよっ」 「お前は結局、何もしてないだろーが!」  自信満々に胸をはる真冬に、びしっと裏拳でつっこみをいれる。しかしかなり馬鹿な闘 いだったにせよ、死神が倒れた事で命が救われた為だろう。祐の台詞にもどこか余裕があっ た。 「これは死神ハンターの称号は由奈にやんなきゃな」 「え? 私が死神ハンター。やだよ、なんかかっこわるいし」 「由奈ちゃん、ひどいよ。ボクの立場がないよ、それ」  ぷー、と口を膨らませていた。しかしそれでもうれしそうに微笑んでいる。 「でも、これで初めて死神から人を守る事が出来たよ」  感動の為か、うるうると瞳を潤している。 「うんうん。おめでとう」  紗英もぱちぱちと手を叩いて祝ってくれていた。 「って、お前!? 気がついていたのか!」  佑は思わず声を上げる。いつの間にか紗英は気を取り戻して、にこやかに隣で微笑んで いる。 「やぁね。あの程度で倒される訳ないでしょ」  紗英はカマって君2号を構える。きらんと刃が光った。 「むむむっ。えーっい、ならもういちど! じゅげむじゅげむ」  真冬が大きく呪文を唱えはじめる。  しかし、紗英はすばやく懐からティッシュの塊を取り出して耳をふさぐ。 「さっき倒れてる間に耳栓を作っておいたのよ。これでもう呪文を聴かずにすむわ」 「ええー!? そんなのあり? あり? ボクは認めないから!」  真冬が抗議の声を上げていた。が、もちろん紗英は訊いてもいない。耳栓で耳をふさい でいるのだから、当然かもしれないが。、 「ふふ。何をいっているかわからないけど、これで勝負あったわね。さぁ、カマって君2 号、いくわよー」  紗英は、カマを大きく振り放つ。がんっと大きな音が響いて、真冬へと直撃する。 「む、むぎゅう。やられた〜」  情けない声を上げて、真冬はそのまま気を失っていた。しかし刃のついてない部分で叩 かれたのか、特に斬られた様子はない。 「あ、真冬ちゃん。そんなところで寝たら風邪ひくよ」  由奈がずれた答えを返す。 「ちがうだろ?! そんな悠長な事いってる場合じゃ」  祐は焦りを隠せずに、ひどく狼狽してあたふたと辺りを見つめる。しかしこれといって 武器になりそうなものは見つからない。 「さぁ、次は貴方の番よ。お待たせしたわね」  祐の前に紗英がゆっくりと迫ってくる。  祐はじりじりと後ずさるが、ベットにつまづいてよろめいた。  それを好機と見たのか、紗英は大きく鎌を振り上げる。 「くそっ!」  祐は鋭く声を上げると、ベットの上の枕を掴み、一気に投げつけていた! 「きゃっ」  これには意表をつかれたのだろう。紗英は小さく悲鳴を上げてひるんだ様子を見せる。  佑はその隙を逃さない。紗英に飛び掛って押し倒すと、その手をばんと叩いて鎌を手放 させた。 「ちょ、ちょっと放しなさいよ!」 「いやだね。放したらお前、また襲い掛かってくるだろ。なら二度とそんな気が起きない ようにしてやるよ」  祐は冷たい視線を投げなかけながら、紗英の手を押さえる。完全に馬乗り状態になって、 紗英の動きを封じていた。 「わー。お兄ちゃん、なんか暴漢が女の子襲ってるみたいー。上半身裸だし」  由奈がきゃいきゃいと黄色い声で告げる。 「あ、あのなぁ。由奈」  こっちは命がかかってるんだぞ、と呆れて呟こうとした瞬間。突然、ものすごく力で紗 英が祐を押しのけていた。 「残念だったわね。でも死神である私を襲おうなんて、いい度胸してるわ」  ふふんと鼻で笑うと、紗英はすくっと立ち上がる。 「違うっ。そういうつもりじゃねぇぇぇ!」  思わず絶叫していたが、しかし紗英も由奈も聴いてはいない。 「私、犯罪者のお兄ちゃんは嫌だなぁ。考え直そうよ、お兄ちゃん。強制わいせつは罪重 いんだよ」 「あほかー! こいつは死神だろうが!」  由奈までもがろくでもない事を言いだして、佑は頭を抱える。  どうしてこうろくでもない奴ばかりが揃ってるんだと内心思う。その中に自分の妹が含 まれているのが、また頭痛の元だ。 「そっか。死神と人間の道々ならぬ恋なのね。いいなぁ、ロマンティックだわ」  由奈はぽぅとして虚空を見つめていた。どうやら妄想モードに入ったらしい。と、その 瞬間。 「なんで私がこんなのと恋に落ちなきゃいけないのよ!」  そう叫んだ紗英が大きく鎌を振るう。  ガン! と大きな音が響いて、由奈へと直撃していた。 「はぅぅ」  なんだか情けない声をあげて、由奈も倒れる。 「由奈!」  佑は大きく叫ぶ。しかし由奈はぴくりともしない。 「大丈夫よ。気を失っているだけだから」  紗英はにこにこと微笑みながら告げると、再び鎌を構える。さきほど佑と由奈が話して いる間に、しっかり鎌を拾っていたらしい。 「そうか……」  ほっと安堵の息を付く。あんなのでもたった一人の妹だ。 「私は死を司る死神だしね。関係ない人をむやみやたらと殺したりはしないわよ」 「そうか。それならよかっ……! って、俺はいいのかよ!?」  ふと事実に気が付いて大きく叫ぶ。  紗英はにっこりと微笑みながら。 「いいじゃない。私、疲れてるし、貴方美味しそうだし」  ろくでもない事を告げていた。 「いい訳あるかーっ!?」  思わず佑は大きく叫ぶ。 「ふふ。何にしても、もうこれで貴方には打つ手がないわね。さぁ、覚悟はいいかしら」  ギラン、と鎌が光る。さっきまではあまり恐怖を感じない刃ではあったが、こうして対 峙してみると、鋭利に研ぎ澄まされた刃はいかにも鋭利に切れそうだった。  佑の体くらい、簡単にまっぷたつに出来そうなほどに。 「ま、まてっ。話し合おう? なっ?」  ここにきて初めて佑は恐怖に駆られていた。がくがくと足が震える。  由奈も、そして仮にも死神撃退倶楽部の真冬は気を失ったままだ。  手近にあったものを片っ端から投げつける。  しかし紗英は、軽々と鎌で打ち落としていく。  そしてもはや投げる物も失っていた。 「くるなっ、やめろっ。助けてくれ!?」  佑は恥も外聞も捨てて叫び続ける。しかし紗英は、口元に笑みを浮かべて、一言。 「いっただっきまーす」  刃が、振り下ろされていた――――
「はぁ。今回も守れなかった」  真冬はさびしげな声を上げながら、学校の屋上に一人佇む。 「由奈ちゃんのお兄さん。ごめんね。君の仇は絶対討つから。次はしくじらないよ」  ボク、必ず強くなってみせるから。そう口の中で続けると、振り返る。  その瞬間。  ガン! と大きな音と衝撃が響いた。 「ふ、ふぇを!?」  言葉にならない叫びと共に、真冬は頭を押さえると、そっと顔を上げてみる。 「こんのーっ、バカ女!」  声は大きく響き渡る。  見ると見たことのある少年が拳を握りしめて、はぁはぁ、と荒い息をついていた。 「おおっ。由奈ちゃんのお兄ちゃん!?」 「なっにが『おおっ』だよ。てめぇ、思いっきりだましやがって!」  佑は目を思いっきりつり上げている。こめかみがぴくぴくと痙攣していた。 「あ、あは。あはははは。ほ、ほらっ。でもこうでもしないとボク死神と戦えないし!」 「んなこと俺が知るか!? 俺が味わった恐怖をお前にも味わせてやるわ!」  目がマジである。かなり怒りに震えているのがわかる。 「あ、あは。あはははは。……逃げるっ」  きびすを返して、一気にダッシュする。 「あ、てめぇ。逃げやがったな! まちやがれ!」  佑は逃げだした真冬を追って走り出していた。  ――佑は死んではいなかった。いや、それどころか今まで一人たりとも死人なんてでて いなかったのだ。  そもそも本当に死人がでているようなら、もっとニュースになっていてもおかしくない はずだ。  由奈はそれを知っていたからこそ、佑が襲われていても平然としていたのだ。むしろ楽 しんでいたらしい。それも思えば頭にくる事実だが、まだ家族だけにマシだ。しかし真冬 の奴の戯れ言は非常にたちが悪い。  たまたま、本当に偶然折り悪く包丁が折れたりしたものだから、佑は真冬の言う事を信 じ込んでいた。しかし「君は七日以内に死ぬ」なんて言うのはまるっきりのでたらめだっ たのだ。 「人がどれだけ怖かったか。あんな恐怖を味わったのは生まれて初めてだ!」  ひくひくと佑のこめかみがひくついている。もう表情がまるっきり笑っていない。 「そ、そんな恐怖、しらないよー。ボクいい子だもん」  全く反省していない声。 「ほぅぅ。いいやがったな、こいつ。ならば今すぐにでも悪い子にしてやる。その恐怖、 いかなるものか、その身をもって知らせてやるわ!」  もはや怒りに我を忘れている。目が完全にマジである。  由奈に聞いた話によると、佑が死神に目をつけられていたのは事実であった。しかし仮 に死神に魂を吸われてもせいぜい風邪をひいて寝込む程度のものだったのだ。それもたい ていは本人が寝ている間にそっと行われる。気が付く事もない。確かに殺すとか死んでと か紗英は一言もいってない。  真冬はある時、PHSでポケベルにメッセージを送ると紗英が突然、姿を現すという法 則を発見した。電波の作用なのだろうか。  これは紗英がそばにいる状態でなければ意味がないが、しかし真冬は生まれつき霊が見 える体質だった。  この万に一つの偶然により、真冬は死神との戦いごっこに熱中する事になる。それが死 神退倶楽部なのだ。  死神の攻撃はせいぜい気を失わせる程度。それを知っていたからだ。  佑は生まれつき運の無い方ではあったが、本当にろくでもない女に目をつけられたもの である。 「くっくっく。そうだ。いい事思いついた。うちの学校は部活を作るの簡単なんだよな。 なら、お前が死神撃退倶楽部なら、俺は柊真冬狩猟委員会を作ってやる!」 「ふ、ふぇぇ。ボ、ボクいい子だよーっ!? ひどいよーっ!?」 「うるさい。だまれ! 俺がどれだけ怖かったか、お前にも味わせてやるわーっ!」  抗議の声を上げる真冬。しかし佑は歪んだ笑みを浮かべながら、さっそく新規部活動申 請手続きに職員室へと向かっていた。  こうしてこの学園には奇妙な部活が山ほど増えていくのであった。 了
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